15.スーリンと話そう
ブックマークして頂いた方、ありがとうございます。
主人公、一向に強くなりません。
相変わらず、文がくどくなり勝ちな作者共々、長い目で見てやってください。
5月4日(月)
15-1.5日後
槍術の職業訓練を受けてから5日経った。
月が、4月から5月に変わり、時折、初夏を思わせる風が吹くことが多くなった。
しかし、俺が置かれた状況に大きな進展もないまま月日が過ぎ去る。
俺は、剣術と槍術に続いて、短剣術と格闘術の講習を受けたが、スキルを覚えた手ごたえが全くない有様だ。ギルドの講習が終わった後に、剣の素振りを続けているが、単に素振りが上手くなっただけだった。
それとは逆に、ボロダー商店での毎日の仕事は、順調に繰り返され、硬貨とギルドポイントが、幾ばくか貯まっていった。銅貨が20枚増え、銅貨38枚と大鉄貨1枚、ギルドポイントは、16となっている。
一方、俺の周囲の人々が置かれた状況は、刻一刻と変化していた。
講習に参加する者は、徐々に減り、新人たちの多くは、自分の得物を何かしらに決めたようだ。顔を見たことのある連中が、ギルドの窓口に並びながら、興奮した様子で倒した魔物について話しているのを何度か聞いた。
ボロダー商店のスーリンには、あれ以来、直接会ってはいないが、ボロダー夫妻の日に日に濃くなる疲労の色を見れば、状況は、悪い方に進んでいるのだろう。
孤児院のアニーは、今月末にも、正式なシスターになれるらしい。ずっと庭で草刈をしていた俺とは、殆ど話す機会がなかったが、忙しく仕事をしているようだ。
一人だけ皆に置き去りにされた感があるが、それでも、焦らずに一日を始めよう。
「行って来ます」
俺は、寝起きのブリジットさんと弁当を渡してくれたスノーさんにそう声を掛けると、ボロダー商店へと向かう。休日明けの今日は、配達量がいつもより多いはずだ、気合を入れて挑ことにした。
15-2.魔道具と魔具
今日の配達先は、16件と一番の多さだった。だが、これまでの経験が生きたようで、午後3時前には完全に配達を終えることができた。取るに足らない事だが、少しずつ前へ進んでいるようだ。
ボロダー商店で遅い昼食を取っているとボロダーさんが、珍しく仕事以外の事で、声を掛けてきた。
「リュウイチ、この後、暇じゃったら、少し娘の相手をしてやってくれ」
俺は、喜んでその依頼を引き受けたが、その前に魔道具について、レクチャーしてもらうことになった。ボロダーさんは、専門外らしいが、何も知らない俺にとっては、貴重な情報源だ。
「魔法の道具は、大きく分けて、魔道具と魔具の2種類があるの。
魔道具は、魔法の効果を持つ魔法陣を、魔核で動かしている道具のことじゃ。
魔具は、魔法陣の代わりに付与した魔法で動くんじゃよ。
知っとると思うが、魔物を倒した後に残るのが、魔核じゃの」
城や教会にある『創造神の瞳』が魔道具で、アイテム屋で売っている『創造神の目』が魔具になるのか。
「どちらも魔力や魔核がなくなると使えなくなるのは、同じじゃが、魔道具は、
魔法陣が壊れん限り、魔核を交換すれば、半永久的に使うことができるんじゃ」
基本的に魔道具は、繰り返し使えるもの、魔具は、使い捨てと考えていいようだ。
だが、何にでも例外があるようだ。
「稀にじゃが、魔核の交換が、必要ない魔道具もある。
リュウイチも知っとるアイテムバッグが、そうじゃ。
大気中や使用者から、魔力を補充しとると言われておるが、詳しくは、わからん。
まあ、他にもあるんじゃが、今は、いいじゃろう」
確かに、使う以上の魔力を取り込めば、交換が必要ないのは自明だな。
だが、稀というぐらいだ、そんな魔道具は、滅多にないのだろう。
道理で、魔核の需要がなくならないはずだ。
「魔核には、階級があっての。階級が高いほど、動力源としては、優秀なんじゃよ。
一度に大きな力を出せたり、長い時間、力を出し続けたりできるんじゃ。
魔核の階級は、その魔核を持つ魔物のランクと大体同じじゃから、
階級が高い魔核ほど、手に入れにくく、その分高価になるのじゃ」
まあ、この辺りは、テンプレというやつだな。
「一口に魔道具と言うがの。大きくは、一般用、産業用、戦闘用類に分かれておる。
その中で、うちの店で扱っとるのは、主に一般用で、戦闘用はわずかなじゃな。
まあ、戦闘用の魔道具は、元から種類が少ないからの」
戦闘用の魔道具は、使い捨てだが、迷宮の一部を崩壊させる程の威力がある。
そのため、迷宮探査を生業とする冒険者は、安価でほどほどの威力を持つ魔具を一般的に好むようだ。
「うちに置いてある魔道具は、そっちの通路にある分だけじゃ」
ボロダーさんが、教えてくれた棚には、日常に使う光源用や着火用、雨水避けや煮炊き用の熱源等と共に、野営用のテント等の魔道具が大部分を占めていた。
そして、戦闘用の魔道具は、魔物忌避剤散布や目暗まし等で、攻撃用は、簡易の手榴弾のような魔道具が1種類あるだけだった。
15-3.スーリンと話そう
「おい、カカア!」
ボロダーさんは、魔道具について一通り説明すると、二階のルネさんを呼び出した。ルネさんが、パタパタと二階から降りて来る。
「なんですか、あなた」
「リュウイチが、スーリンの相手をしてくれるそうじゃぞ」
「……あら、リュウイチさん、こんにちは」
ルネさんは、ボロダーさんに言われるまで、俺の存在に気づかなかったようだ。
寝不足のせいで、注意力が落ちているのだろうか。目の下の隈も深くなっている。
「こんにちは、ルネさん。ご気分は、如何ですか?」
「ええ、お陰さまで、今日は気分もいいようですよ。
ベッドで身体を起しているので、すみませんが、お相手をお願いします」
俺は、ルネさん自身の体調を尋ねたのだが、既に娘の容態しか頭にないのだろう。
この様子では、ボロダーさんの不意の申し出は、ルネさんを休ませるための口実なのかもしれない。俺は、そう考えて、急いで二階にへと移動した。
二階に上り、スーリンの部屋の前まで来ると、俺は、呼吸を整えてから、ドアをノックする。すぐにスーリンからの返事があった。
「はい。どうぞ」
「失礼します」
一声掛けてドアを開ける。俺は、テンションが上がっているのか、ドアの扱いが乱暴になっていた。中に入り、慎重にドアを閉めると、スーリンに声を掛ける。
「こんにちは、スーリン」
俺は、スーリンの傍へと、ゆっくり近づく。
スーリンは、窓際に置かれたベッドに、上半身を起して座っていた。
虚空を見つめる虹彩のない瞳が、俺を一瞬、悲しい気分にさせる。
「リュウさん、いらっしゃい、元気でしたか?」
だが、スーリンの楽しげな口調が、俺を、お気に入りの音楽を聴いているような、そんな楽しい気分に変えてくれた。
「ああ、お陰さまで、身体的には元気だ。スーリンはどうだ?」
「私は、療養中ですけど、精神的には、元気ですよ」
一週間ぶりに見るスーリンは、亜麻色の髪がきれいに梳かれ、きれいな碧い瞳を俺に向けていたが、顔色が悪く、前回より頬が扱けて顔のラインが細りしていた。
「リュウさんは、どうして元気がないんですか?」
俺の本音が透けた微妙な言い回しにスーリンが、気付いたようだ。
「ああ、恥ずかしい話なんだが、才能がないようでな。
ギルドの講習を受けても、武器系のスキルがさっぱり習得できないんだ。
それでも、諦め切れなくて、たまに練習場で、剣の素振りをやっている」
楽しげな気分も手伝ったのか、誰にも話せないような愚痴が、客観的な現状報告のように口から出てきた。スーリンは、俺の話を聞くと少し考えてから口を開いた。
「リュウさん、そういう人って、何か1つのスキルに秀でていたりするんですよ。
武器がダメなら、今度は、魔法を習ってみたらどうですか?」
「そうだな。スーリンに迷宮の素材をたくさん持って来てやるって約束したからな」
「そうですよ。期待してるんで、頑張って下さいね。」
二人で、声を合わせてクスクス笑いあったが、この時の俺の微笑は、少しだけスーリンの微笑とは、違っていたのかもしれない。
「う~ん、魔法か……」
「私が聞いた話では、まず、基本魔法のスキルを覚えるそうですよ」
「基本魔法?」
「確か、火と氷と雷と風だったはずです」
テンプレだと、五行や七曜等が属性としてよくあるが、火、氷、雷、風というのは、あまり聞かないな。と考えているとスーリンが意外な事を話し始めた。
「昔から、すべての物質は、5種類の基本物質でできていると言われてました。
その5種類の物質は、火、水、木、金、土のことなんですが、その基本物質も、
本当は、もっと多種多様な更に小さな粒子が集まってできているんですよ」
スーリンが、言っているのって、物理学の原子モデルのことだよな?
俺は、相槌を打って、話の続きを促す。
「なるほど。それで?」
「そう考えると、火は高速で、氷は停止して、雷は不規則に、風は規則正しく、
粒子がそんな風に動いているって考えるとわかり易いんですよ」
「要するに、基本魔法の属性は、その粒子の動きが変化しているだけってことか?」
「流石、リュウさん! だから、基本魔法っていうのは、魔力を使って
粒子を操作するための基礎訓練じゃないかと思うんです」
剣術では、素振りを最初に習うように、魔法では、魔力を使って、粒子を様々な軌道や速さで動かす方法を最初に習うってことか。
「なるほど、基本魔法の習熟で、上位の魔法を使う土台を作るわけだな」
スーリンは、意を得たように、うれしそうに頷く。
この後もしばらく、基礎魔法の話をしていたが、気がつくと西向きの窓から見える時計台の針が4時半を示していた。幾分、風が冷たくなってきたようだ。
スーリンのパジャマの上に羽織ったストールが、小刻みに揺れている。
「窓、閉めるぞ」
「お願いします」
俺は、窓の方に回って、少しだけ開いていた窓を閉じた。鐘の音が一度だけ響く。
「冷えてしまったか? 俺は、もう行くから横になって休んだ方がいい」
「熱いぐらいです。だから、お願い……、もう少しだけ……付き合って下さい」
スーリンの縋りつく様な調子の声に、俺は、頼みを断ることができなかった。
「……わかった。その代わり、横になってくれ」
スーリンは、俺の手を借りてゆっくりと横になる。
ふと触った手は、氷のように冷たく、触り続ける事が難しかった。
スーリンに布団を掛け直すと、スーリンが、話しかけてくる。
「リュウさんが、受けたギルドの武器術の講習って、ネル兄が担当ですよね」
「そうらしいな」
ネルさんは、ルネさんの実の弟であり、スーリンにとっては、叔父さんにあたる。
武器術の講師という名目だが、俺は、講習で一度もその姿を見たことがなかった。
「その口ぶりじゃ、ネル兄、またサボってるんですね」
「はははは……」
「ネル兄は、私に甘いから『スーリンが……』って言うと話を聞いてくれますよ」
少女に甘い三十路男って、少し危なくないか? 姪だからギリギリセーフ?
何れにしても、スーリンの名前で釣れることは覚えておこう。
俺たちは、ネルさんの噂話に花を咲かせたが、やがて話が尽きて、沈黙が生まれる。
「リュウさん、あの……、少し寒いんで、手を……」
布団の中のスーリンの手は、まるで極寒の屋外に放置された金属のようだった。
俺は、放り出したくなるような冷たさのスーリンの両手を自分の手で包み込む。
体中の熱を手に集めるようにイメージして俺は、スーリンの両手を温めた。
「あっ、ありがとうございます。熱ったかいです」
スーリンは、幾分照れた感じでお礼を言ってきたが、まあ修行の一環ということで我慢しよう…… 等と考えていると、唐突にそれはやって来た。
「!! なんだ? これは……?」
日が傾き、時計台の傍まで移動した太陽が、スーリンの部屋の西向きの窓から、室内に光を射し入れる。その時、部屋の中は、虹の七色の光に溢れ返った。
「今日は、リュウさんと一緒に、これを見たかったんですよ」
スーリンは、いたずらっぽく声を掛けてきた。
「どうです? きれいでしょ?」
スーリンの盲いた目には、もうこの七色の光は映っていないはずだ。
だが、今そんなことは、ほんの些事に過ぎない。
「ああ、とてもきれいだ。そして、幻想的だ」
部屋を満たす七色の光が、スーリンの瞳に映るのを見ながら、俺は、そう思った。
「喜んで、もらってうれしいです」
スーリンは、満足したようにそう言った。
俺は、太陽が時計台の陰に隠れ、光が完全に消えるまで、それを眺めていた。
その間、ずっと握っていたスーリンの手は、少しだけ、暖かくなっていた。
「スーリン、またな」
「はい。今度は、リュウさんの故郷の話をして下さいね」
「いいぞ、楽しみにしてな」
「約束ですよ」
約束してから、気付いたが、俺の故郷の話として、日本のことを話しても問題ないのだろうか? そんなことを考えながら、俺は、ルネさんと交代して、一階に降りてきた。
「おお、リュウイチ、ありがとさん。これは、今日の分じゃ」
ボロダーさんは、依頼達成書と一緒に何か丸めた紙を渡して来た。
受け取って、広げて見てみると、少し黄ばんで所々小さな穴の開いた羊皮紙だった。
「それは、この前言っていた『創造神の目』の売れ残りじゃ。
スーリンの話し相手になってくれた礼じゃから、遠慮なく受け取ってくれていい。
でも、スーリンはやらんぞ」
俺は、ボロダーさんにお礼を言うと、その巻紙をリュックにしまい店を後にした。
日が残っているうちに、ギルドへ着く。銅貨8枚とギルドポイント2を加え、サイフの中身は、銅貨46枚と大鉄貨1枚、ギルドポイントは、18となった。
大分薄暗いが、これなら、日が完全に落ちる前にブリジット家に帰れるだろう。
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まとめ
月が変わって5月になったが、俺は、相変わらずスキルが覚えられない。
他人と比べても仕方がないことだ、気にしないことにしよう。
でも、スキル以外では、俺も成長しているようだ。
ボロダーさんに今日は、魔道具について説明してもらった。
そして、一週間ぶりにスーリンと面会する。
少しやつれているけど、やっぱりカワイイな。
俺の愚痴も聞いてもらっちゃって、逆に励ましてもらっちゃたよ。
ついでに、スリーンが行き着いた基本魔法の解釈が聞けたのは、後々大きいかも。
さて、寒くなってきたし、帰るとするか……、え!? もう少し一緒にいたい?
なんだか、照れるな~
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・・・・・・・・
・・・・・
うわ~~!? なんだ、この光は~~!!
え!? これを俺と一緒に見たかったの?
ああ、確かにきれいで、幻想的だ。
また、来るよ。故郷の話? ああ、してやる。
そして、俺は、ギルドを経由して、ブリジット家に戻る。
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