ボクにもあるもの
イカ君はうらやましいな。うん、とってもうらやましい。ボクにはとってもうらやましく感じる。
彼の作る作品はどれも見事だよ。ゆらゆらと揺れながら漂うそれはじわじわと形を変えながら次々にと新たな作品へと変わっていく。海の粘土細工は周りの魚も惚れさせる。今日の食事のことなんか忘れちゃってね。
でも、僕は違うんだ。僕の作品はキャンパスに墨をぶちまけるだけ。それしか出来ない。すぐに墨が広がって、ボクの力作もすぐにいなくなっちゃうんだ。だれにも見向きもされない駄作だよ。
何度かイカ君に弟子入りしようとしたさ。ボクだってイカ君のような素晴らしい作品で見るものを虜にしたいからね。
でもイカ君は言うんだ。「才能だ」ってね。ボクには一生かかってもできないんだとさ。ボクには何があるんだい? 誰か教えてくれないか。
ただふわふわと海中を漂いながら考え事をする。ボクだけが持っている何かがほしい。みんなとは違う何かが。
ボクとイカ君はとっても似ているんだ。同じ仲間だしね。ただ細かいところではボクが勝てているところが全くない。ボクがすべての足を使いながら作品を作っていても、それより二本多い足ですごいものを作り上げる。
努力で何とかなると思ってたさ。最初はね。でもだんだんと思い始めてくる。無理なんじゃないかって。一向にイカ君に追いつける気がしないんだもんさ。諦めたくなってくるよね。笑っちゃうよ。
「イカと比べるからダメなのさ。お前はお前でいいじゃねえか。何をそんなに以下のやろうと競っているんだい? それに勝てたらお前になんかあるのか?」
近所のウニはくだらなそうにしている。ボクは毎回悩んでいて、何度も相談しているのにウニはバカバカしいとばかりにボクをあしらう。ウニはわかっていないんだ。アイデンティティがないもののつらさを。ウニはいいよね。あんな姿なんて誰もまねできない。自分だけのオリジナルを見つけてるんだから。ボクにはそんなものが全くないんだからさ。
はあ、みんなして海を楽しそうに泳いでいる。こんなに億劫な気持ちで海を漂っているのはボクぐらいなもんさ。みんなはライバルがいないからそんなに楽観的に生きていられるんだ。ボクには生まれた時からイカ君がいたからね。
「おい、タコよ。お前はどうしてそんなに落ち込んでいるんだ?」
通りがかりのサメおじさんがボクに声をかけてくれる。よほどボクが落ち込んでいたのが遠くから見えたのだろう。安心してほしい。いつもの奴なんだ。
「なんだよ、まだイカの奴に勝てないからって変に落ち込んでいるのか。お前はいつもそうだな。そんなの気にするだけ無駄だぜ」
そうはいっても、幼いころからずっと比べられてきたんだ。今更気にするなんてできないのさ。
「そうか? うーんそうだなあ。あ、お前のいいところがあったの思い出したぞ。これならイカにも負けない」
それは本当かい? ボクにもイカ君に勝てるだけのポイントがあるのかい? それはどこにあるんだい? 今すぐ教えてほしいよ。
「それはだな、食べると美味いってところだ」
なるほどなあ。それならイカ君にも勝てるのかなあ。ボクはサメの腹の中で一人物思いに更けていた。