冬の夜空をひとっ飛び!
今日はクリスマス。先日、日下部さんにカッコ悪いところを見せちゃったから今日は名誉挽回しなくちゃ。
リュックには日下部さんへのクリスマスプレゼント。コートのポケットにはちゃんとお財布も入っている。忘れ物はないわね。ヒートテックの三枚重ねで防寒対策もばっちりだし。最後にトレードマークの赤い帽子を被って…。
「よし!」
私は箒を手に取ると、勢いよくドアを開けた。
「うわっ!」
外は雪が降っている。こりゃ、箒で飛ぶのはキツイなあ…。スマホを取り出して天気をチェックする。強い低気圧が西日本を中心に日本中を覆っている。けれど、関ヶ原辺りを超えると雪は降っていないみたい。雲の上を飛んで行けば問題なさそうだけれど、それは雪女でもなければ自殺行為。南へ回って海の上を飛んで行こう。
海の上は快適。いい具合に偏西風が吹いている。雲の切れ間から沿岸の街の明かりがとてもきれいに見える。
本当は魔女なんだから、瞬間移動みたいな魔法が使えたらいいのに…。移動手段が箒だけなんて何世紀も前から進歩が無いのよね。そろそろ東京が近くなってきた時にスマホが鳴った。誰だ!こんな時に。飛びながら電話に出るのは魔法界でも禁止されているからどこかに降りなくちゃ。とは言ってもここは海の上。
「あっ!船が居る。」
私はその船に向かって急降下。一旦海面すれすれまで降下してから船に近付いた。大きな船だ。船体に書かれた船の名前が見えた。“さるびあ丸”竹芝から伊豆大島を目指しているのに違いない。船のそばまで近づくと、何事も無かったようにふわっと船に着地した。電話は既に切れていたけれど、着信履歴には日下部さんの名前。急いでかけ直す。
「もしもし、桂です」
「やあ、まゆさん!メリークリスマス!」
「あ、メ、メリークリスマス」
「まゆさん、今頃はきっと誰か素敵な人とデートかな?」
まさか!デートだなんて。でも、なんて答えようか…。今、日下部さんのところへ向かっているなんて言ったらサプライズにならないし…。ふと、自分が手にしている箒が目に入った。
「い、いいえ、今夜はちょっと早いけれど、お家の大掃除で…」
「そうなの?じゃあ、家に居るんだね。良かった!」
「えっ?」
「実は、今、京都駅に着いたところなんだよ。大掃除をしているのなら誰かと約束があるわけでもないんだね…」
ちょ、ちょっと待った!なんで?なんで日下部さんが京都に?
「もし、良かったらこの後、食事でもどう?」
うわっ!どうしよう。今から戻ってもこの格好じゃ…。そう!今の私は日下部さんが大好きなミニスカサンタ。とにかく、時間を稼がなきゃ。
「本当ですか!感激です。でも、もう少しで片付くので1時間くらい待って貰ってもいいですか?」
「OK!でも、まゆさんそんな時間から外出しても大丈夫なの?」
「えっ?」
私は慌てて時計を見た。22:30.まずいよ。日付が変わっちゃう。ってか、日下部さん、こんな時間に普通、食事の誘いなんてしないでしょう!
「あ、ああ。だ、大丈夫です。あの、私がそちらへ伺うと時間もかかってしまうのでウチに来てもらってもいいですか?」
「いいよ」
「じゃあ、後程」
急がなきゃ!私は辺りに人が居ないのを確認して箒に跨った。そして、飛び立とうとした瞬間…。
「やあ、サンタさん。お掃除ご苦労さん。メリークリスマス」
酔っぱらった乗船客に声を掛けられた。こいつ、いったい、どこから湧いて出たんだ。
「えっ?あ、はい。ありがとうございます。メリークリスマス。良い船旅を」
きっとこの船でもクリスマスパーティーか何かがあったのに違いない。普通だったらこんな格好で箒に跨っているのを見られたら怪しまれるもの。私は酔っ払いが見えなくなるのを待って一気に飛び上がった。無風の空を全速力で京都へ舞い戻った。低気圧による逆風に遭うのを覚悟していたのだけれど、運が良かった。この時間だけ風がピタッと止んでくれた。
思ったより早く家に着いた。着くなり辺りを見回した。特に散らかっているというわけではないけれど、日下部さんに大掃除をしているところだと言ってしまった。とりあえず片付けよう。
「えいっ!」
杖を振ってウインクすると、掃除機やモップが勝手に掃除をしてくれる。いつもは自分でお掃除するのだけれど、今日だけはズルしちゃう。その間に私はお湯を沸かしてお茶菓子を用意する。日下部さんがお腹を減らしていたら食べてもらえるように軽食の準備もしておこう。
“ピンポ~ン”
インターホンが鳴った。
「えっ!まさか、もう来ちゃったのかしら…」
私は掃除機たちを元の場所に戻してドアを開けた。外に居た人を見て驚いた。
「サ、サンタ?」
そう、その人はサンタクロースの格好をしている。
「メリークリスマス!」
サンタはそう言って付け髭を外した。
「日下部さん?」
サンタは日下部さんだった。どこからこの格好で来たのかしら?まさか東京からってことはないわよね…。
「奇遇だねぇ!まゆさんもサンタさんだなんて」
「えっ?」
しまった!掃除と料理に気を取られて着替えるのを忘れていた。
先日、借りたお金を返して、クリスマスプレゼントのシャンパンを一緒に飲んで…。二人ともサンタのコスチュームでささやかなパーティー。
日付が変わる頃、日下部さんはホテルに戻るからと言って帰って行ったわ。日下部さんが背負ってきた白い袋、、私へのクリスマスプレゼントだと置いて行ったあのおなじみの白い袋の中にはなぜだかマントが入っていたわ。USJの包装紙に包まれた…。
「日下部さん、メリークリスマス!」