1-1 黒い出会い
超不定期&自己満足用。
正直に言って、最悪だ。
準備不足だし、経験不足だし、なによりプライドが邪魔をしていた。
あの時無理矢理にでも友人たちが止めてくれたら、と八つ当たりにも近い思考を頭を振り回して霧散させた。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
運動をしていないのに呼吸が荒い。極度の緊張と絶望感・焦りが身体を蝕んでいる。
木と暗闇。周りにはそれしか見当たらない。だが嗅覚と聴覚、そしてなにより第六感が敏感に危機を感じ取っていた。土を踏み鳴らす多くの生物がいる。怪我をした生物が体液を垂れ流している。そして、見られている。
今の私は、目を封じられている弱々しいエサに過ぎない。複数の狩人が私を狙っている。狩人は他の狩人の出方を伺っているだけだ。
(動けない……)
変な動きをしようものなら、狩人達は猛然と襲い掛かってくるだろう。巨体がぶつかり合って多少の争いが起きるかもしれないが、最終的に自分が死ぬことにはかわりない。
(死ぬ……?)
そんな考え。何度もたどり着いた答え。その何回目かの答えが頭の中を過ぎったその時、咆哮と共に一体の獣が闇から姿を現した。上半身は獅子。下半身は昆虫。不釣合いな小さな翼を持ち、むだにそれをばたつかせながら視界に入ってきた。
「なっ……」
死ぬ。死ぬ。死ぬ。現在の人生の中で最高にやばい瞬間。思考は完全に麻痺して不恰好に擦り寄る大きな口を眺めていた。しかし、鋭い別の鳴き声が急速に思考をクリアにする。
その声に反応して周りの生物たちも叫ぶ。俺の獲物だと言わんばかりに。敵意というか威嚇というか、俺の方が強いという意志がこもった怒号だった。
轟音と共に生物達が突っ込んでくる。大量の情報は処理しきれず、様々な色が襲い掛かってくるように見えた。
黒・赤・白・青・緑・茶・紫に銀。
色は他の色たちに攻撃する。色ははじかれて吹き飛ぶ。色は叫ぶ。色は身体を変化させる。
「わ……!」
考えがまとまる前に身体が動いていた。色の少ないほうへ。身体は安全を求めて勝手に動き出す。
色の暴力が身体をいくつか傷つけた。爪?火?牙?石つぶて?最早わからない。
背中が熱い。焼けるようだ。足が痛い。けど動くことはやめない。頭が痛い。血が出てる?胸が締め付けられる。これは―――
興奮だ。
まさに。今。
私は一度、死に掛けたのに。
私は生き延びて、逃げている。
「……アハッ……アハハッ!……アハハハハハハハハハ!」
笑みが噴出した。泣きながら笑った。泣きながら走った。
すべては生きるために。生きながらえるために。目的のために。自分のために。
どれくらい走ったか?道のような踏み鳴らされた跡を見つけてそれに沿ったまま走ってしばらく経った。心なしか他の生物の気配が少ない。流石にこんな時間だから寝ていたりするのだろうか。
「アッ……!?」
道をずーっとたどっていった先に、明かりが見える。少し上を見れば、煙まで揚がっている。ということは、民家だ。人がいる。
「たっ……」
俄然元気が出る。疲れは吹き飛び、安堵感から枯れ果てたと思った涙がこぼれる。ボロボロになりながら、よろよろの格好で身体を動かし、安全に向かって進む。
家が見えた。窓からこぼれる火の光がまるで奇跡に思えた。こじんまりとした家なのに、絶対的な安心感を感じた。
扉に倒れこむように空けてホコリを舞い上げたあと、助けを呼んだ。
「スイマセーン!助けてくださー……い?」
人目でわかる。店だった。小さなスペースを最大限に乱雑に使って物が置かれている。詰め込まれているといったほうが正しいか。カウンター?らしきものの上に置かれたランプから、普通では考えられないほど強く放たれている光で店内は煌いていた。様々な色の薬瓶が光を反射して、ひどく幻想的に見えた。
あっけにとられて見ていると、横にある階段から音が聞こえて我に返った。二階から誰かが降りてきている。足は黒。身にまとうローブも黒。髪の色も黒。首にかけている巨大な赤い宝石が目を引いた。
やせ細った背の高い男。方眼鏡を手で少し上に上げこちらの姿を確認すると、あきれるような口調で言った。
「いやースンマセン、今日はもう閉店なんスけども」
それが出会いだった。