第一章
朝食を済ませた二人は、真理亜に作ってくれたお弁当を持って学校へと向かう。
いつものバス停で友達と会話している同級生に挨拶をする。
「おはよう!」
「夢子!おはよう。また今日も亜希子に起こされたんでしょ?」
ズバリと言われて反論する言葉を出せない夢子。その隣で亜希子は小さく笑ってピースする。友達の『雪野 香苗』は別の高校だが、バスに乗るのは同じなので朝と休日出かける時は一緒にいるのである。
「今日からあたしら高2か。なんかパッとしないね」
「そう思っているのは夢子だけじゃない?」
「ちょっと!何よそれ!?亜希子ひどくない!?」
「私も香苗に賛成かな?」
「もう〜!二人して〜〜〜!!」
楽しい会話は続いてついにバスが着いた。今日はかなり満員で、ドア口で立っているのがやっとであった。人ごみの所為で夢子たちと離れてしまい、ぎゅうぎゅうに押される人ごみの中亜希子は必死に抑える。
(もう〜。満員って憂鬱……)
そう思っている内にスカートに違和感があった。五本の指が亜希子の尻を撫でて、そのまま中に忍び込む。
セクシャル-ハラスメント!!
怖くて声が出ない。暴れたくてもぎゅうぎゅうに挟まれている満員の中では身動きが取れない。反論出来ないまま指は亜希子の尻を愛撫する。段々手が奥へと進んでいく。
肌が粟立ち、血の気が引いて体が震える。心の中で否定しても、それは相手に伝わらない。目じりに涙が溜まり、硬く目を瞑る。
誰か助けて!!
亜希子の願いが届いたのか、愛撫する手が下着から離れ、後ろで男の人の声が叫んでいた。
後ろを振り向くと、中年のサラリーマンが悲痛の表情を浮かべていた。周りの乗客はサラリーマンの方へと視線を動かし、腕を掴んでいた若い男性が冷たい視線でサラリーマンを睨んでいた。
男性は漆黒の黒い髪をしていて、サラサラとした髪の長さは短髪で綺麗な顔立ちをしていたが、右の片方の顔に白い仮面を着けていた。
「あなた。朝から痴漢行為をするのは最低ですよ」
男性の言葉に周りの乗客はざわざわと騒ぎ始めた。「セクハラ!?」「何?聖鈴高の子?」「最低〜」という言葉が降り注ぐ。場の雰囲気に焦るサラリーマンは次のバス停に下りて逃げようとするが、男性はサラリーマンの腕を放さない。段々力が強くなり、額に油汗を掻くサラリーマンは亜希子に向かって謝罪する。
「悪かった!許してくれ!!お願いだから手を放してくれ!!腕が折れそうだ!!」
サラリーマンの悲痛の表情に胸がチクリとした亜希子は、仮面の男性に放してと懇願した。
「私は、もう平気なので……放してあげてください。」
男性は無言のまま、手を緩めて放した。サラリーマンは男性の顔を見て青ざめ、直にバスから降りて去って行った。場が収まった所でバスは動き出す。亜希子は助けてくれた男性にお礼の言葉を言う。
「ありがとうございました。とても助かりました」
「いいよ。当然の事をしたまでだから。次からは声を出して助けを求めるんだよ」
優しい声に亜希子はドキンと心臓が跳ね上がった。段々顔が赤くなるのを感じて俯くと、夢子と香苗が必死に亜希子の所へと進む。
「亜希子!大丈夫?」と夢子。
「ごめんね。離れちゃって」と香苗。
「大丈夫よ。この人が助けてくれたの」
男性の方を向くと、もうそこにはいなかった。不思議に思って外の景色を見ると、もう聖鈴学校のバス停に止まっていて、降りる生徒たちの姿があって二人は香苗と別れてバスから降りた。
「亜希子大丈夫だった?全く!オヤジが変態な行為がするから、世の中の男も乱れるのよ!」
頭がカンカンになって仁王立ちで怒る夢子の隣に肺一杯に息を吸ってゆっくりと全部吐き出して気を落ち着かせる亜希子がいた。
「でも本当に怖かった。あの人が助けてくれなかったら、どうなっていたか」
『いいよ。当然の事をしたまでだから。』
あの優しい声が頭の中で蘇り、またもや赤面する亜希子。
心の中で、また会いたいという気持ちが高鳴り、二人は学校へ行く。