第一章
第一章
4月3日、早朝。仲野家の朝(夢子)は大騒ぎであった。
「夢子!早く起きなさい!!ご飯冷めるわよ」
キッチンで朝食の支度をしている真理亜は上でまだ寝ている夢子に声をかけるが、返ってくる返事は全く無い。眉間に皺を寄せてため息をつくと、洗面所から聖鈴高等学校の制服を着た亜希子が笑顔で真理亜に朝の挨拶をする。
「おはようございます。真理亜さん」
「おはよう、亜希子。貴女は偉いわね。夢子もそこを見習ってほしいくらいだわ」
遠い目で階段の上を眺める真理亜に、亜希子は苦笑した。
「また今日も寝坊ですか夢子は?私が起こしに行きますね」
「いつも悪いわね」
「いえいえ!夢子を起こせるのは私しかいませんもの」
階段を上って夢子の部屋へ向かう亜希子の姿を見て真理亜は思った。
一体どうやってあの寝坊助を起こしているのかと。
夢子の部屋のドアをノックして中に入る亜希子。部屋はとても可愛らしい小物やら芸能人のポスターが貼ってある夢子らしい雰囲気があり、オレンジと黄色の水玉の布団で未だ夢の中にいる夢子の姿があった。
「夢子。もう朝よ。」
体を揺さぶっても起きない夢子の手は亜希子の手を振り払う。体外そういう仕草をすると何時も虫と間違われて払うのが真理亜の癖だ。そして亜希子は部屋のドアを閉めているのを確認して、カーテンを開け、近くにあるMDコンポを取り出して夢子の耳に嵌めて一枚のMDを挿入して再生ボタンを押す。
健やかな顔で寝いていた夢子の顔がだんだん苦痛の表情に変わる。そしてタイミングの良いところで音量を上げると、目を丸くして起き上がってMDコンポを剥がす夢子の姿を見て亜希子は満面な笑顔で朝の挨拶をする。
「おはよう、夢子。今日もいい天気よ」
「亜希子!普通に起こしてって言ってるでしょ!この曲どこから録音したの!?」
「だって……。これじゃないと夢子、起きないでしょ?普通に起こしても絶対目覚ましの時計でも無視できる貴女を起こすことなんて不可能なこと、自分でも理解しているでしょ?」
夢子は無言のまま俯いて小声で「その通りです」と自覚していた。
さきほど流した曲はベートーベンの『運命』。夢子はクラッシックの中で一番嫌いな曲であった。前に一度、夢子はこの曲を聞いて鳥肌が立つほどこの曲に対して文句を言ったことがある。
「絶対こんなのが目覚ましだったら直にでも起き上がれるわ!」
その言葉で翌朝、未だ起きない夢子に『運命』を流した。すると夢子は直に起きたので、熟睡している夢子を起こす方法は『運命』を流すこと。
これが亜希子の楽しい日課となったのだ。
亜希子に起こされて下へ降りる夢子に真理亜はいつもの説教をする。
「夢子。もう17になってまだ起きれないの?明日はお母さん仕事で出張なんだから、亜希子に起こされないようにちゃんと日々努力をしなさい。」
「わかってま〜す。」
大あくびを掻いてこんがり焼けたトーストにバターとイチゴジャムを塗って返事をする夢子に、またため息を吐く真理亜。心の中で今日も皺が増えるわと呟いた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと私が自力で起きられるようにしてあげますから」
コーヒーカップに淹れてあるミルクコーヒーを飲みながら言う亜希子に真理亜は苦笑して「お願いね」と頼む。その時夢子は絶対に自力で起きなきゃと今ここで心掛ける。