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5日間の転機

【第1章 月曜日】



 タチバナハム・樋口中央営業所。


 この営業所に配属になって、来月2月でまる3年。

 予想通り、来月あたまでの異動の辞令がおりた。

 “せめてあと1年”と、残留の希望を出してはいたが、そうそう叶えられるものじゃない。


 わかってはいたけれど、自分に残されたここでの時間があまりに少ないことに、俺は正直焦ってるんだ。

 このまま、沙織さんに自分の気持ちを伝えずに異動したら、俺、絶対後悔する……


 このままじゃ、ダメなんだ。




*******



「フジコちゃ〜ん!!、これ、本部から来てたよ。じゃ、お疲れさん」


 いつだってにこやかな副店長は、A4の薄っぺらな茶封筒を事務所の机に座る私の目の前にひらりと置くと、後ろ向きで手を振って事務所を後にした。


「あ、お疲れ様でした」


 緑色のブルゾンを着たまま帰っていく副店長の背中は、うらやましいくらいに元気そう。

 その背中にてらてらと張り付いた、「Bic Mart」という店の名前の黄色い文字がやけに似合う。


 私が働く「Bic Mart」は、食品小売業、いわゆる“スーパー”を展開する県内最大手の会社。

 ここ、樋口北店では毎週月曜日の夜に、青果、鮮魚、精肉、惣菜、グロサリー等々各部門のマネージャーを集めて会議が行われる。

 毎回それが終わるのは、閉店も近い夜8時半を過ぎるあたりで、今日も結局残業だ。


「フジコちゃん、僕も先に帰るから。お疲れ様」

「あ、はい、お疲れ様でした……」


 ふぅっとため息をついたところに、隣席のマネージャーに声をかけられ、私もすぐに席を立った。





 バックヤードへと向かって歩きながら、封筒の中の書類に目を通す。


 やっぱり……

 そこには来月2月末の人事異動の部門内示が記されていて、そこには私の名前もあった。


・峰 沙織

  旧:樋口北店

    精肉部門マネージャー

  新:本部 広報室


 でも、この紙には今まで何度も見てきたそれとは違う点がひとつ。


「広報室か……」


 なんの感慨もなく、乾いたようにつぶやいてみる。

 大卒から10年あまり、精肉部門一本でやってきたが、ここに来て配置転換。

 全く畑違いの部署への異動の内示だった。

 とは言え、不意を突かれたわけじゃない。

 この異動の話は事前に私に打診されたもので、“他部署へ”というのも私自身の希望ではあったのだが、こうしてそれが現実になると、なんとなくぽっかり胸に穴があく感覚がある。


 私のこの10年は、結局なんだったんだろう。

 そんな、ちょっとした虚しさ……




 ふと手元へと目を落とすと、赤いボールペンで書かれた、長いこと見慣れているきたない文字が並んでいて、思わず顔がほころんだ。


『フジコ、これでいいか? 三上』


 私が入社した時からお世話になっている上司・三上さんの文字。


 三上さんは、苗字が「峰」だというだけの理由で、私のことを「フジコ」とあだ名で呼ぶようになった。

 それ以来、みんなから「フジコ」と言われるようになり、「沙織」という本名を知らない人さえいるくらい。


『見てくれは全然“不二子ちゃん”じゃねぇなぁ』


 背も低いし、くびれもたいしてもっていない私に向かって、こんな意地悪な言い方をする人だが、仕事上では誰よりも頼れる父のような、兄貴のような上司なのだ。

 今では、本部付けの精肉チーフバイヤーになった三上さんのメッセージが、歩くたびに自分自身の問い掛けとなって頭の中を満たしてくる。


 これでいいのかって言われたって、もう引き返せないじゃない……




 精肉のバックヤードには、もう誰も残っていないのに蛍光灯だけがジリジリとうるさく光を放っていた。

 日中は他の社員やパートさん達とひしめき合いながら騒々しく作業するここも、夜もこんな時間になると“ひとりきり”をうるさいほどに演出してくる静寂に包まれる。


 自分のデスクにうなだれるように両手をつくと、ガサついた指先が見えた。

 この頃はハンドクリームを塗るのさえ億劫で、ひびが切れそうなほどになっている。


 なんか、もう、疲れちゃったな……


 そうやってまたひとつ、深いため息をついたその時だった。



「毎度どうも、タチバナハムです!」


 いつも元気にやってくる、タチバナハムの福田さんの声が背中側から聞こえてきた。


「はいはーい、どうも」


 自分の顔を仕事用の表情にむりやり戻してふり返る。

 すると、売り場側のスイングドアから入ってきた福田さんは、冷凍の500g入りのナゲットを4袋も抱えていた。


「あれ、それってもしかして……」

「ああ、日付です。あさってで切れちゃうんで赤伝切っておきますね」


 福田さんは手慣れた様子で、くすんだピンク色の伝票に原価と数量をササッと書き込み、残品処理を手早く済ます。


「いつもすみません。パートさんにチェックお願いしてるんですけど、なかなか……」


 ハムやソーセージなどの加工肉は、賞味期限が生肉に比べて長く商品それぞれで異なるため、チェックしきれていないことが結構ある。


「ああ、別にいいんですよ。これもうちの商品ですから」

「でも、福田さんの仕事じゃ……」

「へ?、ああ、いいんです、いいんです。どうせ同じ営業所なんですし、ね」


 業者自身が直接店舗に納品した加工肉に限っては、こうして“赤色伝票”という形で残品を引き取ってもらうのだが、生肉担当の福田さんにとっては業務外であり、しかも1日置きに来てもらう度にこうだと、なんとも申し訳なくなるのだ。




 そんな私の苦笑いの向かい側で、福田さんは1日の疲れを感じさせない穏やかな笑顔を見せてくれる。


「営業さんのお仕事って、大変ですね。笑顔じゃなきゃ仕事にならないんですから」

「いやいや……。どの仕事もこんなもんでしょ。それに、俺の取り柄ってそこだけなんで、これで飯食えるだけでもありがたいですよ」


 そう言ってはにかむ福田さん。

 その笑顔は私の数少ない癒しのひとつだ。

 彼の笑顔はその辺の、いわゆる“イケメン”と言われる類の男の子にもひけをとらない……と思う。

 もちろん“誰が見ても”というわけではないだろうけど。


「そうはいっても、頭にきたりすることありません?」

「んー、そりゃもちろんありますけど、その時は営業車でウップンはらしますから。あ、ここにお願いします」


 伝票を書き終えて、私に確認のサインをするように促す福田さん。

 こうして近くに立たれると、背の高さがあまりに違うので、せっかくの笑顔が全く見えなくなってしまう。



「……はいっと。もしかして、うちにきた後、車でウップンはらしちゃったりしてます?」

「いやいや、そんなことぜんっぜんないですよ!」


 伝票の冊子をバタバタと振って、全力で否定するところがちょっとかわいらしい。


「ほんとですか?」

「あ、菊川さんだけの日はたまに……なんて、ね」


 サブマネージャーの菊川くんと福田さんは同い年で、趣味も似ているらしく、いつも仲良く話をしているが、その分よく言い合いもしている。

 そんな彼らをふたつ年上の私がいさめる場面が、今までに何回もあった。

 これがまた“どんぐりの背くらべ”的にしょうもない小競り合いで、思い出すだけで笑えてくる。



 ひとりでニヤッとしていたら、福田さんに顔を覗き込まれてしまった。


「ああ、よかった。今日の峰さん、なんだか元気ないみたいだったんで」

「え? ああ。えっと、実はね」


 歳が近く、しかも私ひとりの時間に来ることが多いためか、福田さんは私の相談相手みたいになっていた。

 いつからだろう……もう、けっこう前から。

 愚痴っぽい話でも、違う会社で働いてるからこそ言えたり聞けたりすることもある。

 そして今日もこうして、さっき渡された内示のことを誰よりも先に話してしまうのだ。


「あらら、異動ですか。あ、でも、峰さんの希望通りならよかったんじゃないんですか?」

「うーん、それはそうなんだけど」



 そう、これは私が希望した結果の内示なんだと思う半面、煮え切らない自分がいることも動かしがたい事実。


「福田さん、ちょっと話聞いてくれます?」

「はい。……あ、ちょっと待っててくださいね。すぐ、来ますから」


 福田さんはそう言うと、薄手の小さな段ボールにガサッと入れた返品のナゲットを抱えて、小走りでバックヤードの通用口から外へ出て行った。


 重い金属製の扉が開け放たれたその一瞬、流れ込んできた空気は思ったよりも冷えていた。

 外気とは無縁かのように温度管理された室内で、私は一体どのくらいの時間を過ごしてきたんだろう。

 暑い夏も、寒い冬も季節なんかまるでなかったみたいに……

 明日だって、公休日なのに何ひとつ予定なんて入っていない。

 なんだか無性に寂しくなった。




 それから5分ほど、私が菊川くん宛ての作業引き継ぎ書を書き終えたあたりに、福田さんは息を切らして戻ってきた。


「お待たせしました。はい、これどうぞ」


 見ると福田さんの手の中で、暖かそうなココアの缶がこっちを向いていた。


「あ、すみません、いただきます。あれ、そこの自販機にココアってありましたっけ?」

「ないから、ちょっとそこのコンビニまで……」


 “そこのコンビニ”と言っても、ゆうに数百メートルはある。

 その距離の分、1月の底冷えの風を受けた福田さんの鼻と頬は、うっすら赤くなっていた。


「え、そんな、わざわざ。いつものコーヒーで全然構わないんですよ?」

「いや、いつも峰さんコーヒー残してるし、疲れた時には甘い方がいいでしょ。だから俺もなんです。ほらね」


 いつもブラックしか飲まない福田さんが見せてくれた、そんな心遣いがとても嬉しくて、“甘さひかえめ”なはずのココアがやけに甘く感じた。

 こんなさりげない気遣いができる人って、何となく憧れる。


「で、話ってなんです?」

「あ、そうでした。じつは私、今回の異動なんですけど……」


 私は胸に絡まったもやもやを、ゆっくりほどくように話しはじめた。




 前にも言ったが、今度の異動に関しては、私自身の希望が反映されている。

 “希望”といえば聞こえは良いが、正直なところを打ち明ければ“逃げ”なのかもしれない。

 私にはもうこの店で、この仕事でやっていく自信などなくなってしまったのだ。



 この10年、私は半分意地でここにいた気がする。

 時勢とは言え、しがみつかなくては自分の居場所をなくしてしまいそうだったから。


 私が就職した時期はかなりの氷河期で、4大卒といえど就職出来ずにいた人が結構いた。

 そんな中での就職は希望職種に就くことより、とにかくどこかに身を置こうとする決断を優先することが、就活者の見えないルールみたいで。

 もちろん私もその例外とはならず、とりあえず一番先に内定をくれた第4希望のこの会社に就職したのだ。




 “県内最大手の食品小売業”という肩書きのついた会社に入ったことを、私は私なりに納得したつもりでいたが、いざ、内部の人間になってみると、その裏側も見えてくるわけで、半年と経たずに嫌気がさしたのも事実だった。


 ほぼ、毎日のようにある残業。

 あまりに長い拘束時間。

 定まらない公休日。

 やり甲斐よりも利益や売上を求める数字のプレッシャー。


 朝から晩まで毎日続く、体力も気力もすり減らすような仕事に、あげればキリがない不満が、次から次と湧いて出てきた。

 それと同時に不器用な私はどんどん余裕を無くし、学生時代から付き合っていた彼氏に一方的に別れを告げたり、他愛もない話をしていたはずの友人たちとも連絡を取らなくなってしまっていた。

 自分の思い描いていた、社会人としての自分は、果たしてこんなだったろうか。

 あの頃、寝ても覚めても私の頭に充満していたのは、そんな地に足の付かないような疑問符ばかり。


 結局のところ、彼氏や友人達と自分を比較してしまい、自分だけがこんな思いをしてるんだという勘違いから、どうしようもない惨めさに捕われていたんだと、今ならわかる。

 たびたびの休日出勤だって、1日たりとも消化できない有給休暇だって、この業界ではなんら珍しいことじゃないのだから。


 日を追うごとに卑屈になっていった当時の私は、自分の教育係だった三上さんに、ふとしたことからすべての不満をぶちまけてしまった。

 辞めたい、そうも言ったっけ……


 その時だった、初めて人からガツンと叱られたのは。


『おい、フジコ、お前言い訳ばっかしてんじゃねぇよ』


 いつもヘラッと笑ってる三上さんの真剣な顔を見たのは、それが初めてで、同情してもらえるだろうとたかをくくっていた私には衝撃的なひとことだった。

 よく考えれば、入社してたった半年の私がやり甲斐だとか、プレッシャーだとかを口に出したのだから、長年勤めあげてきた三上さんには、くそ面白くない話だったはずだ。


――言い訳ばかり


 ろくに肉もさばけない、ろくに売り場も決められない、すべてはそんな私の中途半端な仕事ゆえの愚痴なのだと、三上さんにこてんぱんにやり返された。

 返す言葉なんてもちろん見つかるわけもなくて、虚しさと悔しさが込み上げてきて危うく涙を流すところだったっけ。



『なあ、フジコ。悔しかったら一人前になってみろ』



 三上さんのあの時の一言で、私は今、ここにいるんだと思う。

 未熟者の背中を押してくれるには、十分重みのある言葉だった。


 

 それからの2年は、三上さんに手取り足取りしごかれる毎日だった。

 肉の扱い方から売り場の展開、利益の確保や社員・パートの人時管理にいたるまで、あらゆることを惜しむことなく教えてもらったおかげで、給料もポジションも年齢とともに、人並みにあがることができた。


 長い間この部署においては、女性はパート社員のみだったせいで、女であることが若干ハンデでもあったのだが、それもなんとか自分なりに乗り越えてきたつもりだった。

 日常的に交わされる男くさい会話は、セクハラまがいの下ネタ話だってあるのだけれど、それだって今じゃ軽く受け流せてしまうのだ。




「でね、この店に来て2年ちょっとなんだけど……」

『♪〜、間もなく閉店のお時間でございます。ご来店のお客様、お買い物は……』


 聞こえてきたのは、店内放送の上品で無機質な女性の声。

 情けない身の上話をしている間に、時刻は閉店の9時になろうとしていた。




「あ、すみません。なんだかダラダラと」

「いえ。でもまだ、話途中ですよね? 駐車場までなら歩きながらでも話せますよ?」


 福田さんは特売企画の打ち合わせなどで閉店過ぎまでいることもあり、荷物の搬入などが無いときは、300メートルほど離れた職員駐車場に営業車を停めている。


「え、まだ付き合ってくれるんですか?」

「もちろん。こんな中途半端じゃ、俺も気になりますし」

「いつも、ほんと、なんだかすみません。じゃ、今、ここ片付けちゃいますから」


 そう言って、広げてあった書類を片付け、バックヤードの冷蔵室の温度チェックを済ますと、お弁当箱の入った小さなバックをひとつ手にとって通用口から外に出た。


「わっ、峰さん早いっすね。もっと時間かかると思ってたんですけど」


 いじっていた携帯をパタンと閉じて福田さんはそう言った。


「私の帰り支度、これだけなんです」


 情けないが、化粧道具なんてろくに入っていないそのかばんを上げて見せて、笑うしかなかった。


「さ、行きましょう」


 そそくさと歩きだす私……


 この店は青果と精肉部門には上下のユニホームがなく、“スラックスにブルゾン”が社員スタイルなのだが、女の私はパートさんと同様“地味めのチノパンにブルゾン”が仕事着。

 普段着とあまり変わらないので、着替えもせず、ついこの格好で通勤してしまうのだ。

 昼休みだってご飯を詰め込むだけでなくなってしまうから、化粧直しなどする暇なんてない。


「ああ、なら早いわけですね。ははは」


 福田さんに笑われるのも無理のない話だ。


「やっぱり笑っちゃいますよね。ろくにメイクもしなければ、着替えもせずに会社のブルゾンで通勤なんて……」

「え?」

「あ、ちょっとすみません」


 バックヤードの通用口から社員玄関前まで行くと、勝手に玄関脇のタイムカードの打刻をしに動いた私の体。


 マネージャーは“管理職”……


 なまじ管理職になんてなったもんだから、拘束時間がどれだけ長くなったって、その分の残業手当なんかつきやしない。

 管理職手当が申し訳程度に上積みされるだけなのだ。

 出退勤を確認するためだけのこんな行動も虚しさに拍車をかけているんだろうか。


 晴れているせいで余計に冷えてる空の下、駐車場に向かってゆっくり歩きながら私は話を続けた。


 この店は私が来る半年前まで、利益確保のしやすい店だとされていた。

 近くには競合店も少なく、立地も道路環境も良いので商圏も広かったから。

 ところが、2年半前に大型ショッピングモールが出来てから状況が悪い方へと変わりだしたために、打開策として私がここに異動してきた。

 部門マネージャーとしては抜群の実績を持つ三上さんの弟子なんだから、という上の人の期待もあったんだと思う。


 来て半年はなんとか利益も客数も確保できていたのだが、そこにきてさらに隣県の大手スーパーもこの地域に出店をし、販売店が飽和状態……

 結果として私は、売上も利益も落とすことになった。



「でも、それはしょうがないじゃないですか。三上さんでもそうだったかもしれないし……」

「しょうがない、ですかね」


 しょうがない……


 一番使いたくない言葉だったはずなのに、私はここのところ、そればっかり使ってる気がする。

 「言い訳ばっかりするな」と言われて、がむしゃらに身に付けてきたはずの知識や技術を総動員しても、状況好転の糸口が見つからないのだ。

 来月こそは、その次こそは、と壁に向かってはみたものの、こうもやすやすと跳ね返されると、さすがに辛く、苦しくなってくるわけで……



「それからね、なんか最近虚しくなるんです。店と家の往復だけが自分の生活のすべてみたいで」


 実際のところは10年もそうやって、あくせく働いてきた毎日だったはずなのに、仕事に行き詰まってからそれがやけに身に沁みてくるようになった。

 毎日自分が歩いていた変化に乏しい平坦な一本道は、気付いた時には傾斜のきつい坂道になっていて、ふとこうして立ち止まると、次に踏み出す一歩先さえ見えなくなってしまってる。


 32を過ぎた女がひとり……


 使い道も使う時間もないお給料が、無駄に貯まっていくだけだった。




「そんなふうに考えてたら、異動願い、出しちゃってました」

「“出しちゃってました”って……。うーん、峰さんらしくないなぁ」

「はい?」


 私らしくないって、どういうこと?

 別に、福田さんに同情してもらえるとか、何かいいアドバイスが聞けるとかを期待していたわけではないけれど、“私らしい”という小さな単語が妙に胸を掻き乱した。


「峰さん、それで納得してます? って、俺が言えた義理じゃないのに、すみません。なんだかモヤッとするんですよね」


――モヤッとする?


 そんなのは私だって頭にくるぐらい感じてる。



――納得してるか?


 きっと納得なんてできてないんだとわかってはいるけれど、でも、こう落ちてしまった気持ちでは、このまま続けられそうに思えないのだ。



 それなのに、


 それなのに……




「福田さん。私らしいって、どういうことですか?」


 痛いところをドンと突かれたせいで、波立っていた気持ちが津波となり、次から次と口からあふれ出てきてしまう。


「ねえ、私らしいってなに? どうすればいいんですか?」


 駐車場の入口に着いた私たちはその場に立ちすくんだまま、私は福田さんの顔を見上げた。


 福田さんのちょっと驚いたような表情に、一瞬言葉に詰まったけれど、押し寄せた感情にはあらがえず、彼に当たってしまった。


「このまま続けて、数字取れるって言える? 大丈夫って言えますか? 何も見通せないまま歳だけとっていくなんて、もう嫌なんです。怖いんです」


 “何言ってんの”と自分を制止しようとする声が耳の奥で聞こえたが、それとは裏腹に口からは言葉が放たれる……

 自分でもびっくりしたが、それはそれ、もう戻せはしない。


 不安に潰されている自分をさらしてしまった気まずさと、全く関係ない人に当たり散らした申し訳なさに、危なくこぼれそうになる涙をこらえながら、福田さんに背を向けた。

 それがこの時、私のできる精一杯だった。




「あの、峰さん?……」

「あ、すいません。福田さんには迷惑な話なのに、聞いてもらったうえに当たるなんて……」

「いや、あの」

「だいぶ無駄に時間を使わせてしまいましたね。ごめんなさい。さ、もう帰りましょう」


 顔を見ることなんて到底できるわけもなく、話を自分勝手に切り上げた私は、そそくさと自分の車へ歩き出した。

 それ以上、福田さんの言葉を聞く勇気がなかったのだ。


「じゃ、お疲れ様でした。また、あさってお願いしますね」


 背を向けたまま一方的に、それでもできるだけいつもと変わらないようにと大声でした挨拶は、もうガランとした駐車場にわずかにこだましていた。

 背中には福田さんの気配がただあるだけ。


 乗り込んだ運転席のシートは冷たくて、エンジンをかけたと同時に流れ出したカーペンターズの音楽はいつになく淋しく車内に響いてきた。


 一本道で動けないでいたかと思ったら、今度は自己嫌悪の落とし穴か……

 次に会うとき、福田さんにどんな顔をすればいいのかなんて、考えられないくらいへこんでる。

 もう、私ひとりじゃ、身動きひとつできないのかな。

 どうしよう……


 “誰か助けてくれませんか”

 そう言えたらどんなに楽になれるだろう。


 ひとりきりの小さな空間、虚しさを通り越して自嘲の苦笑いがうっすら浮かんでくるだけだった。












【第2章 水曜日】



 ああ、俺、なにやってんだ、まったく。

 沙織さんの笑顔を見に行ったはずなのに、あんなこと言うなんて。


 あんな辛そうな顔しないでくださいよ、沙織さん。


 俺、どうすりゃいいんだ?

 これじゃ、自分の気持ちを伝えるどころじゃねぇよな。


 どうしよう。

 わかんねぇ……





*******



 スライサーの円い大きな刃を洗い終えて、バックヤードの掛時計を見ると、そろそろ夜7時になるところだった。

 刃についていた一日分の干からびた肉片は、まだ湯気のたつシンクの底でくたくたにふやけている。


 もう既に半分以上とれていた化粧は、この蒸気ですっかり落ち、ほとんどすっぴん。

 いつもなら、午後一番でパートさんに洗ってもらうところなのだが、私のミスでそれができず、反省替わりに私自身が洗うことにしたのだ。


 昨日の公休日、私は一日中異動のことや、三上さん、福田さんに言われたことを考えていて、何も手につかなかった。

 まあ、端から見ればいつもの公休日となんら変わらない、なんにもしない一日だったのだけれども。

 お酒を飲んでもなかなか寝付けず、深酒をした結果、遅刻は免れたものの二日酔いにはなったわけで、午前中は使い物にならないほどにボーッとしてて……


 そんなんだから、いつもはしない新人のようなミスをしてしまった。

 チラシ商品である和牛の肩ロースを、すき焼き用に切るはずが、なぜかしゃぶしゃぶ用に切ってしまったのだ。

 パックをするパートさんに言われるまで気付かなかった為、相当な量がしゃぶしゃぶ用の2ミリの薄切りになっていた。

 この後2、3日のうち、そんな特売計画はない。

 余計な負担を自分で作ってしまうなんて……はあ、なんか情けない。

 一人きりのバックヤードで、ため息で洗ってるのかと思うほどのため息をつきながら、ただもくもくと手を動かすしかなかった。


 洗ったスライサーの部品を組み立てていると、売り場から菊川くんが入ってきた。


「フジコさん、売り切りも終わりましたよ。手伝います?」


 菊川くんは夜が近づくと元気になるようで、今日一番のいい顔つきをしている。


「ううん、いいよ、ありがとう。それよりさ、来月度のMD計画書、菊川くん作ってくれない?」

「はい? 俺がですか?」


 年齢的には、もうマネージャーになっても全然おかしくない菊川くんだが、なんせデスクワークが苦手なもので、こうしてこまかな販売計画を立てさせようとするだけで、まるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。


「そうだよ」

「えーっ、マジっすか……」

「ファイルの場所くらいはわかってんだから、ぶつぶつ言ってないでやりなって」


 部品を組み立て終わって、最後の水しぶきを拭き取りながらそう促すと、菊川くんは頭をポリポリ掻きながら渋々デスクに向かった。


 既に半分帰る気持ちでいた菊川くんにはちょっと悪いことをしたかな、とも思う。

 でもね、そろそろ……




 座った菊川くんの背中を見てると、昔、三上さんが日報や売り場計画を書き、その後ろでこうして掃除していた頃を思い出す。


『フジコ、ちょっとこい』

『フジコ、これ、やってみ?』


 口はめっぽう悪いが、根っからの兄貴肌でホントはめちゃくちゃ優しい三上さん。

 そんな感じで、細かいところまでいつも私がわかるように教えてくれた。

 当時は、新しく覚えるということが楽しくて、それを自分で消化しながら活かせることが嬉しかったのだ。




「フジコさん、これって歩留(ぶど)まり計算するんでしたっけ?」

「さぁ〜? それは前にも教えましたよ、菊川くん」


 歩留まりというのは、仕入れた生肉ブロックを商品化する際に、食用とはならない筋や余分な脂などを除いた、商品になる部分がどのくらい得られるかという比率をあらわすもの。


 わかってるのに自信がない、めんどくさい。だからやらない。

 これが菊川くん。


 商品化は私なんかよりはるかに綺麗で、今ではランクの高い和牛ギフトのスライスは菊川くんに依頼がくるほどの腕前なのだから、日常の業務管理さえできれば申し分ない人材なのだ。


「え〜、いじわるしないで教えてくださいよ」

「だめ。できるはずだもん」


 こんな甘え上手も菊川くんらしい。

 異動までのあとひと月ちょっとで、自分が三上さんから教わったことを、ひとつでも多く彼に伝えたいな、なんて思う自分がいた。


「もう、俺が苦手だって知っててやらせるなんて、フジコさん、鬼ですね」


 計算機を片手に頭をひねっている姿が、妙に子供っぽくて笑えてくる。


「今気づいたか? ほらほら、やんな! 三上さんから文句が出ないように、ね」


 そう言ってポンポンと肩を叩くと、はぁっと大きくため息を吐き出した菊川くん。


「それは無理ですって。三上さん、俺にはめちゃくちゃ厳しいんですから。……俺、嫌われてんのかなぁ」

「ふふふ、そうかもね〜」


 “それは反対だよ”と言いかけたが、止めておいた。

 菊川くんはどこか私と似たところがあって、褒められて伸びるタイプというより、けなされて、反骨心で伸びるタイプだと思う。

 逆を言えば、優しい顔を見せるとそれに甘えて調子にのっちゃうってとこだろうか。


 三上さんもきっと、その辺はお見通し。

 私の異動が決まるとなれば、必然的に誰かがここのマネージャーになるわけだけれども、部門の人事権ももつ三上さんが何も言わないところをみると、きっと菊川くんがそのままマネージャーにシフトしてくるはずだ。

 不振続きのこの店だから、きっとマネージャーとしてのスタートはかなり厳しいと思う。

 それに備えて、今から少し頑張ってもらわなくては……


 菊川くんの横で、腕を組んで机に寄り掛かりながら、彼の手元をじーっと見ていた。


「こんなもんっすかねぇ」


 “こんなもん”か……

 アバウトっていう言葉は、多分こういう時に使うべきなんだと思う。

 いかにも菊川くんらしい。


 いろんなデータで発注量を決めるのが、基本と言えば基本だが、なんせそこのところが一番苦手な彼のことだから、まるで私にとってはギャンブルのような数字を書いていく。

 競合店が臨時休業するだとか、よほどのことが起きない限りだいたい想像したとおりに残ってしまうような量だが、そこは人に言われるより、自分で失敗した方がよく身につく。

 口を挟むのを我慢するのは、まだ私の責任のうちに失敗して覚えてほしいから。


「まずは、菊川くんの思う通りにやってみなよ」


 計算機を使うわりにそれが反映しない書類の数字を見ながら、私がそうつぶやいたところに、売り場側の出入口から福田さんが段ボールを抱えてやってきた。






「毎度どうも。タチバナハムです」

「はいはーい」


 一昨日の気まずさを少しでも感じさせないように、いつもの返事を返すと、福田さんもニッコリ笑ってくれた。

 内心、どんな顔で挨拶をすればいいものかと思っていたから、福田さんのいつも通りの笑顔に救われた気がする。


「あれ? 今日は菊川さんが机に向かってるんですね」

「そうなんです。菊川くんがどうしてもやりたいって言うもんで」

「なんすか、それ。ほんっと今日は意地悪っすね。フジコさんがやれって言ったんでしょうが、もう!」


 なかなかはかどらない苦手な仕事に、ちょっとイライラしてる菊川くんを、福田さんとクスクス笑いながら見ていた。


「あ〜、もう、福田さーん。助けてくんない?」

「あ、無理ですから、俺」


 冷蔵室に発注していたブランド豚のロースとバラの真空パックをしまいながら、菊川くんのたのみを間髪入れずに切り捨てた福田さん。

 こんないつものやりとりが、なんだかとても楽しくて嬉しかった。


「はぁ? どいつもこいつも俺の周りは鬼ばっかだな。しっかしなんで、いきなりこんなことさせるんですか。まったく」

「それは……、ねえ、峰さん?」


 冷蔵室のでかくて重い扉を閉めながらこちらを向いた福田さんは、その距離から私の様子を伺ってきた。


 思わず出た、苦笑い……


 私はなぜか、内示のことを菊川くんに言えないでいた。

 たとえ手が空かなくても「異動になった」とたった一言、報告すればいいのだから、いつだって言えたはずなのに。

 そして、今も言うべき機会なのかもしれないのに、何故か口から出てこない。


「そろそろ私だって楽したいの!」


 出てきたのは、そんなとんちんかんな理由づけ。


「えーっ、それが理由なんすか?」


 菊川くんは計算機を軽く机にほうり出し、背もたれにドサッと寄り掛かってしまった。


「まだ終わってないじゃないっ」

「もう俺、頭パンパンです。やーめたー。福田さーん、遊ぼ、遊ぼ」

「なにそれ、もう!」


 菊川くんはあっさり席を立つと、ブルゾンのポケットに手を突っ込みながらさっさと通用口から外に出ていった。

 一服、だ。




「あの……峰さん、あのこと菊川さんには言ってないんですか?」


 通用口を見つめたままの私に向かって、ちょっと心配そうに福田さんが聞いてきた。


「はい。なんか言えないでいるん……」

『福田さーん! 一服しよー!』


 私の言葉を遮るように外から菊川くんの声がした。

 ノーテンキな声が響く、響く。

「今、行きますって……。峰さん、すみません、ちょっと行ってきます」


 持ってきた段ボールをたたみながら、福田さんも外へと出ていった。


 その背中を目で追いながら、さっきまで菊川くんが座っていた椅子に座り、書類に向かった。

 外壁一枚隔てた一服中の話し声を、ものすごく遠くに感じながら。




 菊川くんの書いた発注や売り場展開の計画は、私のそれとはまるで対称的。

 確かにデータに基づいているとは言い難いけれど、私にはない大胆な発想と度胸が羨ましくも見えてくる。


 もったいないなぁ……

 そう思うと、菊川くんのあのやる気無さげな態度がじれったく感じた。



 まだまだ彼には伸びしろが沢山あり、この先が明るい。


 対して、自分はどうだろうか……

 頭でっかちなだけで、理屈っぽくて、余裕もなにもなくなってる。

 やっぱり限界なのかな。


 こなれた作業のように、菊川くんの残した書類の穴埋めをする自分。

 当たり障りのない数字を並べるだけの自分が、なんだか妙に虚しくなる。





「……でさ、今度の休み、合コンすんだけど、福田さんも行かない?」


 一服から戻ってきた菊川くんの、相も変わらぬあっけらかんとした声に、どうしようもなくイラッときた。


「合コンですか? 俺はそういうの、パスです」

「え〜、なんで?」


 気分の切替がうまいのはひとつの長所かもしれないけど、今の私はそう前向きに思えないほど、


 気分の切替がうまいのはひとつの長所かもしれないけど、今の私はそう前向きに思えないほど、気持ちがひねくれているっぽい。

 まったく笑えないでいるのだ。


「なんでって……」

「あ、彼女いんの?」

「いや、そうじゃないけど」



 ――バタン!



 閉じようとしたファイルに、予想以上に自分の気持ちが伝わってしまったようで、物凄い音を立ててしまった。


「うわっ……フジコさん、なんか怒ってます?」

「別に」


 言葉とは裏腹に、自分でも訳がわからないモヤモヤが胃袋のあたりに渦巻きはじめていた。


「別にって、ほら、怒ってるじゃないですか。ねえ、福田くん」

 

またしても福田さんを巻き込んでいるようで申し訳ない気もしたけれど、このにわかに沸き立った気持ちはどうにも収拾がつけられない。


「あんまり怒ると、かわいくないですよ、フジコさん」

「はぁ?」


 喧嘩ごしの一声が無愛想に出てきた。


 もちろん、私の口から。

 いつもなら、いつもの私なら、「うるさいっ」とか「黙れっ」とか、そんな言葉を笑いながら返したはず。

 でも、今はそれができないくらい、菊川くんの言葉は私の胸の何かのスイッチを押してしまっていた。


「そんなこと、菊川くんに言われたくないんだけど」

「ほら、めちゃくちゃ怒ってるじゃん。そんな怖い顔してると、嫁の貰い手なんて見つかりませんよ〜だ」


 菊川くんは、いつも通り。

 いつも通りの“じゃれ合い”をしてくれているのだけれど、だめだ、今の私は無理……

 怒りやらむなしさやら、あらゆるモヤモヤを閉じ込めるには、もう、ダンマリしか方法がなかった。


「あれ?、どうしたんすか、フジコさん」


 “どうした”だ?

 そんなのわかってたらこんなことになっちゃいないし、上手く言えたところで菊川くんにはこれっぽっちもわかっちゃもらえないでしょうよ。


 胸の中で、自分の消化できないイライラに敢然と口答えをしつつも、当の菊川くんには返事ができない。


「あの、菊川さん、さっきの合コンの話……」

「あーあ、ほんとかわいくねぇなぁ。これだからアラサー女子は手に負えないって言うんだよ、まったくさ……意味わかんねぇ」


 なんとか話を反らそうとした福田さんだけど、どんな時でもマイペースな菊川くんにはそれは無駄だったらしく、

菊川くんの言葉はだんまりを決め込んだ私の胸に次から次と刺さってくる。



 “かわいくない”って?

 ああ、そうですねっ。

 頑張ろうとしてきた分だけ、誰かに助けを求めようとする素直な部分を握り潰してきたんだから。


 でも、それだって結構大変だったっての!


 “手に負えない”?

 面倒だってことでしょ。

 歳だけとって、女としての魅力はいまひとつのくせに、扱いづらいって言いたいんでしょ!?


 わかってるよ、そんなこと。

 でも、自分じゃどうすりゃいいのかなんてわかんないんだもん……




「はぁ、ほんと、どうしたんすか、フジコさん? らしくねぇミスはするは、笑ってはくれないは……。調子狂うじゃないですか」

「菊川さん、峰さんにもいろいろさ、事情ってもんが……」

「あ、もしかして、失恋とか?、なーんて。そりゃ、ないか」


 こんな“的外れ”もきっと菊川くんなりの気の遣い方で、私が言い返しやすいようにわざと意地悪な言い方をしてくれてるってことは、わかってるんだけど……

 ごめん、今は全然余裕がなくて、ただ悲しくなるだけだ。


 泣けてくる。



「売り場手直しして、そのままあがって。お疲れ様」


 目に溜まった涙に気づかれないように席を立ち、そう言うのが精一杯だった。

 なんだか、奇妙な脱力感。


「え……あ、はい。お疲れ様で……」


 菊川くんの返事を聞き終わる前に、私は通用口から外に出ていた。






 1歩、2歩、3……


 涙が落ちた。





 涙というのは一旦流れ始めてしまうと、なかなか止めようとしても止まらないもので、さっきまで菊川くんと福田さんが一服をしていた灰皿替わりの空き缶が、まるでモザイク画みたいに、涙を拭くたび足元にちらっちらっと見えていた。


 ああ、もうやだな、泣くなんて。

 そう思っても、ますます出てくる。

 1月の夜の冷たい外気は、体の中に入るとすぐ、熱い嗚咽に変化した。


 今までだって、泣きたい時は両手両足の指を折っても足りないくらいあったのに、泣きたくない今日に限ってこんなに涙が溢れてくるのは、どこまでも自分がひとりぼっちに思えてくるからだろうか。





「峰さん?」


 通用口が開く軋んだ音と同時に、私を呼ぶ福田さんの声が背中にかかった。


「すみません……あのっ……」


 だめだ、涙は全然止まってくれない。


 氷点をとっくに下回った薄暗い店の裏手で、ブルゾン姿の三十路の女が泣いている……ってどれだけの名女優が演じたって絵になりゃしない。

 しかも、ただでさえすっぴん同然で見せられない顔なのに、今の私はぐちゃぐちゃで、きっと自分の目さえ当てられない有様だ。


 福田さんに背を向けたまま、私はさらに数歩進んだのだけれども、その足を止めたのは、福田さんのこんな声だった。


「いいんじゃないですか、たまには泣いたって」


 優しい言葉をかけられるなんて、しばらくなかったから……つい、甘えてしまいたくなる。


「俺、ここにいますから」


 福田さんはそう言うとすたすたと近付いてきて、風が吹き込んでくる私の右側に立ってくれた。

 それだけで、とってもあったかかった。

 誰かがそばにいてくれることを、こんなに大きく感じたのって今までなかったかもしれない。


「……ありがとう……ございます」


 あまりに小さい私の声は、福田さんに届くまでに少々時間がかかったみたいで。


――ポン、ポン……ポン


 うつむいた私の頭に大きな手が触れたのは、受け答えにしてはちょっと時差があるかのような、ぎこちない間合いだった。








 私は泣いた。


 声を抑えて。


 涙をふいて。



 結構出るもんだな、涙って。


 ハンカチだって迷惑だよ。


 いい加減……


 あ、鼻水も。






 しばらく経って私が鼻をすすり出すと、福田さんはこんなことを話し始めた。


 営業所の暖房が4台のうち1台しか機能してなくて風邪をひいてる同僚が多い、だとか、

 所長の車だけ、いつも鳥のふんにやられてる、だとか、


 アパートの隣の小さな公園には、なぜか毎朝5時頃にラジオ体操の歌を歌いだすおじいさんが現れる、だとか、

 よく行く定食屋のおばちゃんは、何も言ってないのにいつもご飯をギュッとてんこ盛りにして出してくれる、だとか……


「どれだけ食うヤツだと思ってるんですかね。こう見えてそこまで食う方じゃないんだけどなぁ」

「その体ですもん、おばちゃんの気持ちもわかりますよ、ふふふ」


 脈絡もなにもない福田さんのおかしな話に、私はいつの間にか鼻をすすりながら相槌をいれていた。


「……あ、ようやく笑ってくれた」

「え?」


 福田さんの方を見上げると、白い息とともにいつもの笑顔がそこにはあった。

 寒さで鼻の頭が少し赤かったけれど。


「やっぱり峰さんは、笑ってる方が似合いますね」

「そうですか……ね」


 なんだかとても照れくさくて、涙と寒さのせいで出た鼻水をポケットティッシュで思い切りかんでしまった。


「ははは。それができれば、もういつもの峰さんです」

「へ?」


 いつもの私?



「今なら、菊川さんにも言い返せそうでしょ?」

「あ、うん。やっつけてやれそうな気がします」


 なんだか不思議……

 さっきまでのモヤモヤが嘘みたいに、胸の辺りがスーッとする。

 気持ちいい。




 大きく息を吸い込むと、福田さんの顔の斜め上では、白っぽくてきれいな円い月がこちらを向いて笑ってるのが見えた。


「あれ、今日は満月ですかねぇ」

「ん? あ、ほんとだ」


 福田さんもまんまるな月に向いた。


「私、なんか変な意地を張ってたのかもしれないです」

「意地、ですか……」


 二人とも月に顔を照らされながら話を続けた。

 私はもしかすると「言い訳ばっかりするな」という三上さんの言葉を、ちょっと履き違えていたのかもしれない。

 よく考えれば無理な話なのに、すべて自分で解決しようと足掻いて、しまいには自分の首を自分で締めて、落ち込んで……

 挙げ句に福田さんや菊川くんに当たってしまった。


 私が希望したあの異動は、もう無理だとさじを投げたようにみせた、ただの強がりで。

 “助けてください”と素直に言えない、十年選手のちょっと曲がったプライドだったのかも。

 それから内示に対するモヤモヤだって、引き止めてくれないかなとか、淋しいなとかっていう、精肉に対する愛着だったりもするわけで。



「ほんと、馬鹿ですよね。


「ほんと、馬鹿ですよね。すみませんでした」

「いえいえ、別に気にしてませんよ」


 自分の気持ちの整理がついたせいか、下げる頭もほどよく軽くて。


「やっぱり私、まだここ、離れたくないなって思います」

「それ、いつ言ってくれるんだろって思ってました」


 福田さんにも自然とまっすぐ顔をむけることができている。


「ふふふ、すみません。あ、菊川くんにも謝らな……っ、っ、ハクション!」


 可愛いげのないデカい音を放ったくしゃみは月まで行ってこだました。




「おっと、大丈夫ですか? 今日、だいぶ冷えてますから、中、入りましょ?」


 中に戻れば確かにあったかいだろうけど、でも今は、キーンと冴えた空気をこのまま吸っていたかった。


「もう、今日は仕事しないで帰ります。なんかスッキリしちゃって」

「そういうのも、いいんじゃないですかね。たまには頑張らない日があったって」


 “頑張らない”か。


 肩からも奥歯からも力を抜いて、こうしてただ夜風に当たるのも悪くない。


「じゃ、帰りましょうか」

「はい」


 バックヤードに戻った私は、鼻をかんで丸めたティッシュをごみ箱にポイッと捨て、机の上の書類をササッと片付けた。

 一昨日とおんなじように、かばん一つで外に出たけれど、その胸の内は全く違って、なんだかすごく気分がいい。


「お待たせしました」

「って言ってもらうほど、待ってませんけど?」

「ふふふ、それもそうですね」

「さ、行きましょう」


 駐車場に向かって歩く足どりもとっても軽くて、歩くのが妙に楽しくなる。

 きっとそれは、一昨日といい今日といい、みっともない姿を見せてしまった福田さんと、こんなふうにあっけらかんと何気ない話ができているせいだろう。

 仕事とは全く関係のない30代の無駄話をしながら歩いて行くと、駐車場のほんの少し手前で、どこからかカレーの匂いがしてきた。


「あ、美味しそうな匂い。いいなぁ。なんだかお腹すいちゃいますね」

「たしかに、腹減りましたね」


 胃の辺りをさすりながら答える福田さん。


「今日、カレー食べよっかな……まあ、レトルトなんですけど」

「ははは。なら俺もそうしようかな」

「福田さんは“手作り”の?」

「いえ、峰さんとおんなじレトルトですよ」


 レトルト?


 “愛情入り”を軽くからかってみたつもりが、思いがけない返答だった。


 あれ、もしかして……


「福田さん、一人暮らしなんですか?」

「はい、そうですけど、なにか?」

「いや、菊川くんのお誘い断ってたみたいだし、菊川くんより全然落ち着いて見えるから、てっきり彼女とか奥さんとかいるのかと思って……」


 自分からこんな話題に話を振ってしまったけれど、なんだか言ってて照れてくる。


「はい? 彼女なんていませんよ。さっき菊川さんにも言ってたじゃないですか」

「え? 言ってました?」

「言いましたよ? しかも“奥さん”って、ちょっと……」

「だって……」


 だって、彼女がいるって、そういう人が福田さんにはいるって思い込んでいたから。

 ひとりで勘違いしていたのがバレてしまって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。


「はぁ。全然聞いてなかったんですね、峰さん。ははは」

「すみません、全然聞こえてませんでした。ふふ」



 お互い見合って笑ったそこは、一昨日私が福田さんに八つ当たりした駐車場の入口だった。


「福田さん。一昨日も今日も、ほんと、ありがとうございました」

「いえ……」

「もう大丈夫です。“いつもの私”って言ってもらえたし」

「なら、よかった」


 ようやく顔の筋肉が自然に笑顔をだすことを思い出したみたいに、自分でも“笑ってる”のがよくわかった。


「今日は笑って帰れそうです。じゃ、お疲……」

「あの、沙織さん!」





――さ、沙織さん??


 「お疲れ様でした」とお辞儀をし始めたところに、まさかの不意打ち。

 いきなり下の名前を呼ばれたことにあまりにびっくりして、“はい”という一言すら出てこない。



「あの、こんな時にあれかと思ったんですけど」

「はい……」


 な、なんですか!?


 福田さんの顔を素っ頓狂な顔で見つめるよりほかなかった。


「俺も、なんか、時間がもうないっていうか」


 なにが……


「もう、今日しか無いんで言いますけど」


 なにを……


「俺、沙織さんのこと、好きなんです」


 へ?


「俺、沙織さんのことずっと好きでした」


 こちらの様子はとりあえずお構いなしで、目の前に立つ福田さんは次々言葉を投げかけてくる。


「笑ってるとことか、一生懸命なとことか……。泣いてる沙織さんも、もちろん好きですけど、でも、俺はやっぱり笑っててほしいんです」


 一気に顔が熱くなる。


「ずっと言えなかったんですけど、このままじゃ、何て言うか……」


 誰かに想いを伝える時、人はこんなに眉をひそめるものだろうか。

 いつも笑顔の福田さんとは違う、真剣というか、どこか悲しそうな顔。

 一瞬の沈黙に私は記憶を探ってみたけれど、少なくとも自分の知る限りでは、こんな辛そうな告白は見当たらない。


「あの……福田さ……」

「俺、来月から異動なんです」


 異動!?

 


「ここに来ることも、もうできなくなるんですけど、居なくなる前にせめて、自分の気持ちだけは伝えたくて」


 居なくなるって、そんな……


「沙織さんがいろいろ大変な時に、こんなこと言うのって、なんか卑怯な気もしたんですけど、どうしても言わなきゃダメだと思って、俺的に……。すみません」

「ふ、福田さん、あの……」


 何か言わなきゃいけないことは、いくらこんな私でもわかってる。

 でも……

 プラスとマイナスの電気が同時に体を通っていったような、初めて感じる微量な衝撃で、私はまともに口を動かせないでいる。


「あの、返事とかそういうのはどうでもいいんです。ただ勝手に伝えたかっただけですから」

「でも……」

「すみません。困らせるような真似しちゃって」

「いや、あの……」

「あさってと来週の月曜の2回で、俺の巡回は終わりです。今までほんと、ありがとうございました。さ、もう車に入らないと風邪ひきますよ。お疲れ様でした」


 相手の言葉の切れ目に最後までまごついた私は、まるで息継ぎが下手くそな魚みたい。


 福田さんはペコッと頭をさげて、営業車まで小走りで駆けていき、結局なにひとつちゃんと話せないままの私が、一昨日とは反対に取り残されてしまった。


 エンジンをかけると、暖気もせずに出発した福田さん。

 その車をボーッとしたまんま見送って、それでもまだ私は動けないでそこに立ちすくむしかできないでいた。




 顔も胸も熱くてたまらないのに、こんなに苦しいのはなんでだろう?

 そんな私の網膜には、“居なくなる”と言った福田さんのあの表情が張り付いたままだった。


 この胸の高鳴りはきっと嬉しさなんかとは全然違う。




 得体のしれない強い鼓動に促され、夜空を見上げて一呼吸。

 そこにはあの円い月がある。


 あ。

 そう、月が……


 この胸の高鳴りは、当たり前にそこにあるはずの月が消えてしまうような心もとなさ。

 一日置きに福田さんに会えることが、いつの間にか私の当たり前になっていて。

 居なくなるなんて少しも考えていなかった。



 福田さん?

 走り出した営業車のバックミラーに映った私は、どんな顔をしていましたか?


 「笑っててほしい」って……

 今は無理みたいです。

 笑えませんよ、福田さん。












【第3章 金曜日】



 沙織さん?

 俺の気持ちは

 どこまであなたに伝わりましたか?


 あなたの笑顔も

 あなたの涙も

 これからもずっと

 見ていたいと思ってたのに


 あんな顔されたら

 言えないじゃないですか


 ねぇ、沙織さん

 俺じゃダメですか?

 あなたの隣にいる男は……




*******



 明け方チラチラと降り出した雪が、アスファルトの上にうっすら積もったせいで、駐車場から店舗裏にある社員出入口まで点々と私の足跡が残っている。



 ――ピピッ、ピーッ!


『セキュリティーを解除しました』


 今日も朝一番に鍵を開けた。

 今はまだ、朝の6時少し前。

 いつもは、あと1時間くらいしないと開けることもないのだが、創業30周年祭の特売初日の今日は、このくらいから準備しないと追いつかない。

 お盆やお正月に次いで忙しくなるはずだから。

 足早にタイムカードを押してから事務所に向かうと、机の上には今日からの3日間のチラシ、それに応じたプライスカードとポップが輪ゴムで綴じて置いてあった。

 それらを手に取り、自分の作業場へと向かう。

 まだ誰もいない店内、聞こえてくるのはジーンという売場の冷蔵ケースの作動音と、自分の足音だけ。

 この静けさが、私は好きだ。


 そんな空間にひとり身を置いて自分の売場を眺めると、今日作るべき売場展開と作業工程がおのずと見えてきて、頭の中で一日のスケジュールもほぼ決まる。


 ――まだ、やれる。


 今日、私はこれを確かめたかった。


 昨日までのここ数日間の私は迷いだらけの状態で、仕事の最中も自分のことで頭がいっぱいだったのだ。


 異動の内示

 精肉への愛着

 マネージャーとしての不安

 自分に対する諦め

 

 そして、福田さんからの告白。

 自分の体に巻き付いた“今”という悩みのつるに、自分の“これから”と、福田さんの気持ちという2本のつるまで絡まって、どうしたらいいのかわからず身動きがとれないでいた。


 不安の海に溺れそうになっていながら、ワラさえつかめずにいた私。

 そんな私をすくいあげてくれたのは、昨夜入った三上さんからの電話だった。



 創業祭の準備のため閉店間際までいたバックヤードで電話が鳴った。


「おう、フジコ」

「お疲れ様です」


 声だけで誰かわかる。


「で、どうすんだ?」


 前置きもなにもなく、いきなりか……

 三上さんの言う“どうする”の目的語はもちろん異動のことで、こんなふうに雑な聞き方をしてくる時は“お前からちゃんと話せよ”の合図だということはわかっていた。


「あの……異動、白紙に戻すってできませんかねぇ」

「“できねぇ”っつったら、お前どうすんの?」


 これもあらかた予想どおり。

 筋の通らない話は嫌いな三上さんのこと、私のこんな変わり身をそうやすやすとは認めちゃくれない。


「そこを“無理にでも”って、お願いしたいんですけど」

「へぇ〜、なんで?」


 どう転ぶかはわからなかったが、私は内示が出てからの自分の有様を、三上さんに包み隠さず報告した。


 本当は納得なんかできてなかったこと、

 福田さんや菊川くんに八つ当たりをしたこと、

 泣いてしまったこと、

 やっぱりこの仕事が好きだということ。




「ふーん」

「だから、ここでまだ使ってもらえませんか?」


 嫌な沈黙……

 でも、引き下がろうなんて気持ちはさらさらなかった。


「うーん、どうすっかなぁ……」

「お願いします」


 ちょっとの間を置いて、三上さんはゲラゲラ笑い始めた。


「あ〜、おかしかった。お前全然変わんねぇんだもん」

「はい?」


 第一声で叱られると思っていたから、なんだか拍子抜け。


「相変わらず素直じゃねぇなぁ、ってこと!」


 三上さんは、数字の落ち込みが続く状況に私が悩んでいたことは、とっくにお見通しだったようだ。


「いつ俺のとこに相談しに来んのかと思ってたら、いきなり異動の希望なんか出して来るからさ。かわいくねぇな、と思って、ははは」

「“ははは”じゃないですよ、もう……。めちゃくちゃ悩んでたんですから」

「だったらそう言え、バ〜カ。たいして強くもねぇ意地をはるからだろうが、まったく」


 あーあ、全部分かられてる。

 でも、そんな意地の張り方を教わったのも、三上さん、あなたなんですけど……と内心毒づいてみたり。


「菊川のこととかさ、もっと周りの奴らを使ったり頼ったりしてもいいんじゃねぇの?」

「……はい」

「こっちでもさ、その店の競合店対策、もっとちゃんとやってやっから、な?」


 なんだかすごくホッとして、ここ数日悩みに悩んでいたのはなんだったんだと思うと、急に疲れが出てくる感覚に襲われる。


「じゃ、あの異動の希望はなかったことにすんぞ?」

「はい……、お願いします」


 なんとも気合いの抜けた声。


「あ? なんか全然嬉しそうじゃねぇんだけど?」

「いえ、別に」


 単に疲れだけじゃない、か……

 今のまま精肉部門で仕事が続けられる、周りの人も助けてくれる、それがわかって胸のつかえがとれるはずなのに、どこか釈然としないのは、きっと、福田さんのことがあるから。


「フジコ、この際なんだから言いたいことは言っとけ?」

「はぁ……」


 そう言ってもらえるのは有り難いんですけど。

 100%プライベートなこんなこと、いくら三上さんでも言えませんって。


「おーい、フジコー!!」

「……」


 いやいや、そんなに名前を呼ばれても、言えないものは言えませんから。




「はは〜ん? もしかして、あれだろ、あれ?」

「あれっ!?」


 つい、声が裏返ってしまった。


「いや〜、お前ってさ、ほんとわかりやすいのな」

「なにがですか!?」


 電話の向こうでニヤリと笑っていそうな三上さんの声の調子に、つい、慌ててしまう。


「言ってみ?」

「やですっ!」

「ほらっ、やっぱりなんかあんじゃねぇか」


 しまった……三上さんのいつもの罠に、動揺していたせいかつい、はめられてしまった。

 前にもこんな口車にまんまと乗せられ、プライベートを知られてしまったことがある。


「ま、お前が言わなくても、俺は知ってるけどな、へっへ〜」

「また嘘ついて! その手には乗りませんよ」

「あ、そ。なーんだ、福田ちゃんのことじゃねぇのかぁ」

「……」


 今、“福田ちゃん”って言った?

 なんで三上さんが知ってんの!?


「フジコ? よかったな、貰い手がいて」

「も、貰い手!?」

「なにすっとぼけてんだよ。福田ちゃんからプロポーズされたんだろ?」

「はぁ〜っ??」


 プロポーズもなにも……

 付き合ってもいないし、まして福田さんの気持ちを知ったのも、つい一昨日のことなんですけど。


「えっ、違うの?」

「違いますよ、プロポーズなんて」

「だって昨日福田ちゃん、“ちゃんと伝えました”って言ってたぞ?」


 言ってたぞって……

 どうして福田さんが三上さんにそんな報告をしたのか、まるで見当もつかなかったが、まずは三上さんの行き過ぎた誤解をとくため、私はしぶしぶ一昨日の福田さんとのことを話した。


「はぁあ」

「何か?」


 心外にも三上さんに深いため息をつかれて、ブスッとする私。


「お前ら、歳、いくつよ?」

「えーと、私が32ですから、福田さんは……」

「ふたりともいい歳こいた大人だよな? まったく、中学生みたいにのんきなことしてんなよ、まったく」


 中学生って何よそれ。

 そんなこと私に言われたって……


「福田ちゃんもなにやってんだよ。ありえないだろ、結局2年近くも見てただけって……」

「2年!?」

「は? あいつ、なんにも言ってねぇのか?? こりゃ重症だな」


 三上さんは小さく舌打ちをして一呼吸おくと、こう話しはじめた。


「いいか、フジコ。俺はな、ほんとはこういうお節介って大っ嫌いなんだけどさ。お前も福田ちゃんもかわいくてしょうがないんだよ……。だからさ、ちょっと真面目に俺の話、聞いとけ、な?」


 こんな三上さんの声を聞いたのは、10年前に叱られたあの時以来だった。


「俺がさ、福田ちゃんのお前に対する気持ちを知ったのは、おととしの夏頃だったんだ。ちょうどお盆に向けて、業者と打ち合わせが続いたあたりでさ……」


 三上さんの口からでてきた、福田さんのこの2年という時間。

 彼にとって、それが果たして長かったのか短かったのかは知るよしもないが、一昨日まで彼の気持ちにまったく気付かずにいた私を惹きつけるのに余るくらいの想いであることには違いなかった。



 私の店の巡回担当になる前の福田さんは、どこか、入社したての私に似たところがあったようで、今のように真面目で一生懸命だったとは決して言えない営業マンだったらしい。


「それがさ、お前んとこに来るようになって、ずいぶん変わったんだって」

「変わった?」

「女の子でもさ、体力的に辛そうな仕事を楽しそうに一生懸命やってるのがすげぇなって思ったらしくてさ。自分もこのままじゃダメだって思ったんだと」


 あの笑顔を見るかぎり、模範的な営業マンのイメージしかなかったので、それにはちょっと驚いた。

 その一方で、まるっきり裏方の自分の仕事を、そんなふうに見てくれてた人がいたんだと思ったら、なんだかとても嬉しかった。



「でさ、俺が福田ちゃんの気持ちを知ったのは、えーと……俺が離婚してすぐだったから、おととしの7月くらいだな」


 それは、タチバナハムの今の営業所長が赴任してきた歓迎会で、私も参加した居酒屋での席だった。


「お前はまあ、いつもみたいに酔っ払ってヘロヘロだったんだよ。で、俺が送って帰ろうとしたらさ、福田ちゃんに止められたわけ」

「止められたって……」

「いくら三上さんでも、離婚したとなれば独身には変わりないから、峰さんとふたりきりにはさせたくないって、ハッキリね。俺がお前を襲うかもって心配だったんじゃない?」


 三上さんが私を?

 さながら、飼い主がペットを襲うようなもんで、ありえなさ過ぎて笑えてしまう。


「笑うな、バカ。それぐらいお前が好きってことだろうが」

「あ、すみません」

「俺さ、それ聞いて福田ちゃんはほんとにお前を大切に思ってんだなぁって、なんだか嬉しくてよ。それからは、福田ちゃんとの席でしか、お前に酒飲ましてなかったんだけど……お前気付いてた? 」

「え、いや……」


 言われてみれば、“お前は車で来い”というお酒の席が増えたなとは思っていたけど、それは私の酒ぐせの悪さに三上さんがいい加減愛想をつかしたんだとばかり思っていた。


「あれ以来、酒で寝たりつぶれたりしたお前を送るのは、全部福田ちゃんにまかせて……」

「えーっ、うそ」

「ほんと。だからお前の酒ぐせの悪さも、つぶれたひでぇツラもぜーんぶ福田ちゃんは知ってんの!」


 ……恥ずかしい、恥ずかしすぎる。


「ははは。お前、今更恥ずかしくなってんだろ?」

「……はい」

「俺もさ、“こんなんでいいの?”って何回も福田ちゃんに聞いたんだけど、それがいいんだってさ。もの好きもいるもんだよなぁ」



 もの好き……

 自分でもそう思う。

 素直じゃなくて、意地っぱりで、格好にだって気を遣わない半分ヒモノと化してる三十路の女を、好きだと言えるんだから、福田さんは相当なもの好きだ。


「昨日もさ、俺のとこに異動の挨拶に来たって言いながら、あいつ、お前のことばっかり喋ってくんだよ」

「私のこと?」

「異動絡みで元気がない、心配だって。助けてあげてくれって頭下げてさ」


 なんで、そこまで……

 ふと、一昨日のあの「居なくなる」と言った時の福田さんの顔が頭をよぎった。


「なあ、フジコ。いくらお前でもわかるよな、福田ちゃんの気持ち。本気じゃなきゃ、そこまでしねぇよ?」

「本気?」

「ああ。福田ちゃんは言ったら“部外者”だ。話を聞くくらいならあっても、俺にそんなこと言える立場じゃねえよな?」


 “部外者”という言葉にハッとした。

 確かに社会的に見れば、福田さんの進言じみた言葉は場合によっては嫌悪されても当然で、相手がたとえ三上さんでも、言うなれば取引先の“お偉方”に対してのそんな発言は失礼にあたるはず。

 福田さん自身もきっとそれを重々わかっていて、それでもそんなことをしたんだと思うと、胸苦しさが込み上げてきた。


「それに、お前に手を出そうと思ったらいくらでもできたんだぞ。でも、そんなこと考えもしなかったんじゃねぇのか、あいつは……」


 考えてみたら二人きりの時間なんてそこら中にあったわけだけれど、私は一度たりとも女としての危機感を福田さんに感じたことはなく、それは私の意識があろうと無かろうと変わることのない安心感だったんだ……


「それだけお前を大事に思ってるってことだろ」




 さっきまで感じてた嬉しさやら恥ずかしさとは、また少し違う気持ち。

 なんだろう。

 鼻の奥がツンとする。


 にわかに湧いたどうしようもない心細さに、ついこんな言葉がでてしまった。


「三上さん? 私、どうしたらいいんですかね」

「は?」


 福田さんとはこれから物理的な距離ができるわけで、もし仮に福田さんの気持ちを受け止めて付き合うことになったとしても、いわゆる“遠距離”になる。

 でも、今の私は仕事で手一杯で、福田さんに迷惑をかけるのは目にみえるようだ。

 それに、しばらく恋愛から遠のいていた私には、“ただ伝えたかった”という福田さんに対して、正直なところ何をどうすればいいのかすらわからない。


「お前、何考えてんの?」

「何って」

「お前はどうなんだって」

「どうって、そんなこと急に言われても……」


 受話器越し、三上さんの咳ばらいが私のモソモソした声を掻き消した。


「あ? 何が“急”だよ。昨日の今日で“はい、好きになりました”っていうのとはわけが違うんだ。あいつの2年、なめんなよ」

「2年って、だって……」

「まったくよ、なんでもかんでも言い訳ばっかりうまくなりやがって。お前、恋愛すんのが怖いだけだろ」



――怖い……?


 確かにそうなのかもしれない。


 うまく行かなかったらどうしよう。

 失敗なんかしたくない。

 そんなことばかりが先にたって、福田さんの気持ちを受け止められない理由を探していただけなのかもしれない。


「お前さ、このままであいつが居なくなってもいいわけ?」

「え?」

「話、今までいっぱい聞いてもらったんだろ? いっぱい励ましてもらったんだろ? そんな男とこのまま離れても、お前は平気でいられんのかって言ってんだよ!」


 耳から入る三上さんの威嚇的な大声で私の脳裏に呼び覚まされたのは、不思議にも福田さんの顔だった。

 穏やかで優しい、いつものあの笑顔……


 私は自分が気付かぬうちに、福田さんの存在をずいぶんと頼りにしていたようだ。

 いや、もしかしたら、福田さんのことが好きだという自分の気持ちに、気付かない振りをしていたのかもしれない。

 この年齢になると素敵な人に出会っても、そういう人にはたいてい彼女や奥さんがいて、福田さんに対してもそうなんだろうと思い込むようにしていたのだ。

 仕事で会えるなら、別にそれ以上に近付かなくてもいいじゃないかと、まるでブレーキをかけるように。


 でも……


 この2年、大変ながらもこうしてやってこれたのは、福田さんの“お疲れ様”があったから。

 そして、明日からもまだここでやっていきたいと思えるのは、福田さんに涙を受け止めてもらえたから。

 できるなら、これからも話をしたい。笑顔が見たい。隣にいてほしい。私をもっと知ってほしい……

――私が自分らしくいられるように。



「これからのことなんて、誰もわかりゃしねぇんだ。結局は、今どう思ってるのかってことだろ、違うか?」

「今の気持ち?」

「おう。たまに素直になったって罰は当たんねぇんだぞ、フジコ」






 ――グ、グーン……


 冷蔵ケースの霜取りが作動した音で我にかえり、手にしていたポップの付け替えと今日の売場設定をはじめる。

 さすが創業祭だけあって、かなりの還元価格。

 半端じゃない忙しさになりそうな予感がする。


 前の日眠れなかったのが嘘のように、夕べはぐっすりで、今朝は体が軽く感じた。

 三上さんとの電話のおかげで、自分の気持ちが整理できた気がする。


 仕事もプライベートも、歳を重ねるごとに少しずつ臆病になってしまって、失敗はできないと、変なプレッシャーを自分にかけていたのかもしれない。

 でもそれじゃ、少しも前には進めないよ、きっと。


 気持ちに素直に動いてみよう。

 そう思える私がいた。




 ポップを付け替えバックヤードに入ると、6時20分だった。

 あと10分もすれば菊川くんも出勤してくるから、それまでにスライサーに入れる肉の成形を終わらせよう。

 そう思って冷蔵室を開けようとした時だった。



「おはようございます! 峰さん、すみません。これ……」


 ものすごい勢いで売場側から福田さんが入ってきた。

 あまりの勢いに、緊張するとか照れるとかそんな暇もなかった。

 福田さんの抱えた段ボールは今日の特売商品になる国産牛の切り落とし用の真空ブロックがゴソッと入ってる。


「おはようございます。なに、どうしたんですか、それ?」

「一昨日納品したのがほとんど真空漏れだって……」

「えっ? そうなんですか?」


 息もきれぎれの福田さんの様子に、急いで一昨日納品された在庫ブロックを冷蔵室から引っ張りだした。


 真空がちゃんとなってないと、袋の中で菌が繁殖して肉が傷み、商品としてはクレームの対象になってしまうのだ。

 今日の特売用の40kg分の真空ブロックを作業台に出して、福田さんとひとつつずつ確認していく。


「こっちは今のところ漏れたものはないですよ?」

「うーん、こっちも大丈夫ですねぇ。……三上さんから朝一連絡があったんですよ。“困るぞ”ってかなりのお怒りで」

「三上さんから? もしかして店が違うんですかね……今、電話してみます」


残りの確認は福田さんに任せ、バックヤードから外線で三上さんの携帯にかけてみた。


「……はい、三上」

「おはようございます、峰です。真空漏れ、うちじゃないですけど、南店かどっかの間違いじゃないですか?」

「ん?……ああ、そうだったかな」


 明らかになにかおかしい返答である。


「ちょっと!」

「どうだっけ……、わかんねぇなぁ、へへへ」

「三上さんっ!?」

「あ、ごめんごめん。寝ぼけて福田ちゃんに電話しちゃったみたいなんだよ〜」

「寝ぼけてって……なんなんですか、もう!」


 三上さんが“ごめん”なんて口走るのは、いたずらをした時ぐらいなもんで、声の調子だってヘラッヘラもいいところ。


「それにしても福田ちゃん、もう着いたのか、早ぇな……」

「“早ぇな”じゃないでしょうが、まったく!」


 静かなバックヤードでの電話のやり取りは、福田さんの耳にも届いていたようで、ホッとしたような、やれやれというような表情で在庫分のブロックを冷蔵室に片付け始めてくれていた。


「ちょうどいいじゃん、今、ケリつけちゃえば?」

「ケリ?」

「ま、そういうことだから。な、フジコ」

「あ、ちょっと、なんで朝からそん……」

「今、運転中だから、じゃ」


 一方的にきられてしまった。

 ケリをつけろって……“お節介は嫌いだ”が聞いて呆れる。



「もうっ、このくそ親父!!」


 つい、いつものくせで出た三上さんへの小さな暴言が、福田さんの耳にもしっかり入ってしまった。


「ははは。峰さんも、なかなか言いますね」

「あ、すみません。いっつもこんな感じなんです」


 あ。

 私の向かいで笑ってる福田さんの髪の毛には、まだピョンと寝ぐせが残っていた。


「ふふふ、福田さん、寝ぐせついたままですよ?」

「あ……、とにかく急いで出たんで、すっかり直すの忘れてました」

「ほんと、朝っぱらからご迷惑おかけしました。ごめんなさい」


「いえいえ」と相変わらずニッコリしたまま、持参した真空ブロックを整理し直して帰り支度を始めた福田さん。


「ま、悪いのはあの人ですけどね」

「ははは。でも、朝から峰さんに会えたんで、俺はかえってラッキーでしたけど」


 そう言って笑った福田さんの横顔……

 このまま遠くにいってしまうと思うと、やっぱり胸が苦しくなる。


 ――ケリをつけろ


 三上さんのしてくれた余計なお節介は、臆病な私にはまたとないチャンスなのかもしれない。

 今、しかないかも……



「あの、福田さん?」

「はい?」

「一昨日のお話なんですけど……」


 福田さんから笑顔が消えかかったのを見てられなくて、下を向いてしまった。


「私、福田さんが居なくなるとめちゃくちゃ困るんです。笑っていられなくなるっていうか……だから、その、できればこれからも……」


 福田さんはふいに持っていた段ボールを床に下ろし、そのまましゃがみ込んでしまった。

 下を向いていた私の視界の底で、大きな体を小さく小さく丸めている。


「あの、福田さん?」

「すみません、なんか力が抜けちゃって、はは、は……」


 そう言う福田さんは、さっきより柔らかい顔をしていて、なんだか、ちょっとふぬけたその姿がとてもかわいらしかった。


「福田さん、かわいいですね、ふふふ」

「あー、見ないでください。情けなくなりますから」


 耳まで真っ赤になった福田さんは、「ふぅ」っと大きく一息つくと自分の頬っぺたを両手でバシンと叩き、スッと立ち上がってこう言ってくれた。



「沙織さん? 俺、あなたの隣にいたいです。あなたに隣にいて欲しいです。こんな俺ですけど、これからずっと一緒にいてくれませんか?」



 嬉しいような、くすぐったいような、なんだか不思議な気分。


 でも、自分じゃうまく伝えられなかった言葉が、福田さんの口から出てきてくれて、胸がじんわり満たされていくような温かさがあった。



「はい」

「あー、よかった」



 福田さん?

 今の私は、笑えてますよね?



 なんだかお互いちょっと照れ臭くて、つい口元がゆるんでしまう。


「ふふふ、こちらこそ、よろしくお願いし……」

「おう、それはその……なんだ、プロポーズってことでいいんだよな?」


 私の言葉がすべて出るのを待たずにスイングドアが大きく揺れたかと思ったら、あのいたずら親父が、菊川くんと連れ立ってバックヤードに入ってきた。


「ちょっと、三上さん!! なんでここに来てるんですか!?」

「ガミガミうるせぇな、まったく。朝っぱらの“間違い電話”、謝りにきたんだろうが?」

「はぁ!?」


 さっきまでの雰囲気を掻き消したな、このジジイ。


「それに、だ。こんなこ汚ぇ場所で襲われちゃ、お前だって嫌だろ?」

「何それ!! 馬鹿なこと言わないでくださいよ、もう」


 昨日の電話がまるで嘘のような、馬鹿のひとつ覚え的発想で、付き合うこっちがほとほと疲れる。


 「んで、どうなのよ、福田ちゃん?」


 ニヤニヤしながら私を軽くあしらったくそ親父。


「はい、俺はそういうつもりなんですけど……あ、なんかまずかったですかね?」

「ほらな?、フジコ。これで事が一気に片付くってもんだ」


 三上さんの得意げな顔が、思いっきりシャクにさわる……


「なんですか、その言い方。人をお荷物みたいに」

「お前がこのまま行き遅れたら、俺らじゃ責任とれねぇからなぁ、菊川?」

「あ、はい。おっかなくて、俺なんかじゃ絶対無理です、へへへ」


 二人とも、完全に私をからかって遊んでる……


「ちょっと、菊川くん、早く準備しなさいよ。今日は忙しいんだからね!」

「ほら、これだ。こわい、こわい」


 そう言って私の腹立たしさをヒラリとかわし、菊川くんは冷蔵室に入って行った。


「うるさいっ。後で覚えてなさいよ。三上さんも、こんなところで油売ってると遅刻しますよ、もう!」

「お? じゃ、帰るかな、しゃぁねぇ」


 三上さんは私にチラリとも目を向けず、手をヒラヒラさせながら、さっさと通用口から出て行ってしまった。

 直接様子を見にくるなんて、ふだ付きのお節介だ。


 妙な空気に取り残された福田さんと私。


「なに、あの態度。なんかムカつきません?」 

「でも、三上さんのおかげですね、全部」

「うーん、そういうことにしておきますか、ふふふ」


 まあ、言われてみればその通りだし、あのままふたりきりだったらちょっと照れ臭すぎただろうし。

 これで良しとするか。

「あ、福田さんも、そろそろ行かないと!」

「……っと、そうでした。じゃ、また夜、巡回来ますから」


 段ボールを抱えると、福田さんも通用口から出るところだった。


「はい。よろしくお願いします。寝ぐせ、直してくださいね」

「あ、はい。じゃ、失礼します」




 福田さんの笑顔。


 今までよりももっと近くで、これからも見られるんだ、そう思ったらすごく嬉しくて、また、今日一日を頑張れそうな気持ちになる。



 うっすら積もった雪の上。

 足早に仕事に向かう、大きな背中。



 泣きたいほどに辛いことがあったとしても、隣にあなたがいることが、なにより私の力になるんです。

 これからも、きっと、ずっと。


 どんな時も、そばに居てもらえますか?



 福田さん。


 私、あなたが好きです。











『いつもそこには、君がいて』


おわり



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