多文化共生時代のディスコミュニケーション
昨今、自動翻訳技術の進歩により異なる言語文化圏の人々とも意思疎通が進んでいる。
しかし、ここには大きな落とし穴があるように思われる。なまじ言葉が通じてしまうだけ、逆に勘違い、誤読の発生する余地が大きくなってさえいると言っていい。
例えばムスリム文化圏やヴィーガンの旅行者がしばしば日本について口にする
「日本にはハラルフードがない」「日本ではヴィーガンメニューがない」
という典型的な批判がある。
これに対して日本人は
「精進料理があるだろ」「ちゃんと調べてから来い」
要するに『実際にはハラル/ヴィーガンフードは日本にもたくさんあるのに、相手がそれを知らない』
という反応を示しがちだ。
ところが実際にはこの背後に
「われわれは旅行者なのだ」という文脈が隠されていることを、日本人は見落としている。
『いやそんなことは言われなくてもわかっている』と思う人もいるだろう。
だが本当にそうだろうか?
『旅行者が、わざわざ精進料理を食べに日本に飛行機でやってきていると本当に思うの?』
これが実際に見落とされているコンテクストだ。
多くの海外からの旅行者は
『うまいと海外で騒がれている=動画に出てくる日本料理』を食べに来ている。
そんな有名店にやってきて「ハラル/ヴィーガンメニューはありません」と対応されることに、彼ら彼女らは腹を立てているのだ。
たとえばイギリスではムスリム移民が増えすぎて、「カツカレー」はチキンカツのせカレーを意味する言葉になっている。世界人口の三割がムスリムであるのだから、そうした方が商機を逃さないと考えるのは自然だ。
そして今では、世界中どこの観光地でもハラル/ヴィーガン対応は当たり前になっている。日本を除いて。だからトンカツ店で門前払いされたりサラダだけ提供される、というのが極めてショッキングな体験となるわけだ。
ぶっちゃけ海外からの旅行者は濃い味に慣れきったバカ舌だ。繊細な味覚の調整は必要ない。
命のだしの代わりに化学調味料をブチ込んでおけ。
そうやって作った手抜き料理を奴らには食わせておけばいい。
きっと彼らはそれを「10/10だ!」「最高!」と喜んでくれるのだろうから。
奴らは料理ではなく情報を食っているのだ。




