逆恨みで体調不良になる魔法を喰らっていたようです。
「うっ、気持ち悪い…、吐きそう……」
謎の体調不良に見舞われて5日。
とうとう限界を迎えたのか、私は盛大に吐いたのだった。
「お嬢様…、やつれすぎです…。少しでもお食事をされませんか?」
私付きの侍女が心配してくれるが、静かに首を振るしかできなかった。
「何を食べても吐きそうなの…。とてもじゃないけど、無理だわ…」
私はこの5日間、ベッドに塞ぎ込んでなかなか起き上がれない日々を過ごしていた。
おかしいと思ったのは、夜会のあと家に帰ってきてからだ。
レディーなものであんまり言いたくはないが、急にお腹が緩くなって、しばらくトイレから出られなくなった。
夜会で食事は口にしてないし、疲れたのかな、と思ってその日は寝た。
のだが、翌日はもっと激しい腹痛に襲われて、医者を呼んだ。
「食あたりのような症状ですが、お聞きした限りでは食べ物に問題なさそうですし。原因がわからないですね」と、医者にも匙を投げられて、大人しく寝ていることしかできない。
その次の日は熱が出て、その次の日は頭痛に目を回し、次の日はまた腹痛、で、今は吐き気に襲われている。
どうにかならないかしら、これ…。
「まさかと思いますけど、つわりじゃないですよね…?」
「あんた、無礼だとは思ってたけど、主人にそういうこと言っちゃう?まだうら若き乙女よ…」
ボーッとした頭でなんとか答えると、侍女は顔も変えずにしれっと言った。
「いえ、お嬢様のことは信用しています。 が! 婚約者殿が一線を越えていてもおかしくないと思ってしまったもので」
「あー…」
枕に顔を埋める角度を変えて、婚約者のことを思い出す。
…………………………………………それは、正直思われても仕方がないかもしれない。
…まずいっ、身内にもそう思われているなんて、社交界で何を思われててもおかしくないかもしれない。
何か手を打たなければ、あーまた頭がいたい…。
私の婚約者は、自他共に認める私が大好きな人だ。
許すことなら、四六時中私からべったり離れないほどだ。
本当なら、今のこの状況もすっ飛んできそうだけど…。
「あの人、夜会のあとから仕事忙しそうだもんねぇ…」
「なんでも魔法事件が多くなっているそうですよ」
「へえ…、そういえば手紙にもそんなこと書いてあったような。あの人、変人だけど魔法はできるもんね」
魔法は誰しもが使えるわけではないが、使える人間が正しい使い方をするとも限らない。
だから魔法事件が起これば、当然対抗するべく魔法を使える人間のいる部署が対処にあたる。
私の婚約者は対抗魔法が得意だから、あちこちに呼ばれていそうだ。
「ですから、今頃お嬢様のお見舞いに行きたくて気が狂っているのではないでしょうか」
「こ、怖いこと言わないで」
否定できない私を見て、侍女は顔を変えないまま「ははは」と渇いた笑いを漏らした。怖いって。
「ですが、こちらとしては婚約者殿に見舞いに来て欲しいところです」
「あら、あなたあの人のこと苦手じゃないの。珍しいことも言うもんね」
「お医者様に診せても何もわからなかったのですよ?魔法で診てもらえたら、その方がよろしいではありませんか」
「あー…、まあそうだけど…」
「なんですか、お嫌なんですか?」
「いや、そんなこと許可したら隅々まで見られそうで…」
「ああ、将来産むであろう子どもの性別とか探知しそうですよね」
「だから怖いって!…うえっ」
「お嬢様、吐くならこちらへ」
すかさずたらいを差し出されて、そこに顔を突っ込んだ。
吐かなかったものの、迫り上がってきそうだった何かに、気分が悪くなっていく。
「お水でも飲まれますか?」
「飲んだ瞬間に吐きそうだから、やめとく…」
「背中さすりますか?」
「ううん、ありがとう。大丈夫…」
弱々しく答える私に、侍女が拳をギュッと握っているのが見えて、ああ本当に心配してくれているんだな…とぼんやり思った。
それにしても辛い、どの症状も中途半端で、いまいち抜けきらないのがなんとも苦しい。
もっとのたうち回るほど激痛とか、気を失うほどの痛みとかだったら、そのまま眠っていられるというのに、それすらもままならない。
会話できちゃうし、意思も伝えられるし、ふわふわするけど眠くはない。
もう、疲れたなぁ…。
ため息を吐く前に、もっと激しい音がして、それどころではなくなった。
いきなり窓ガラスが割れる音がして、そのあとドゴゴゴ…!という人が落ちる音がした。
こんな訪問をしてくるのは、一人しかいない。
「アリーリエ…!体調が悪いなんて、すぐに僕がなんとかするからねっ…!!!」
起き上がった婚約者が、必死な形相で私の方へと駆け寄ってきた。だから、怖いって。
「…バリウス、普通婚約者の訪問には玄関から入ってくるのよ。あと、あなたになんとかできたら医者がいらないじゃないの。…うええっ」」
「お嬢様、吐くならこちらへ」
「アリーリエ、これはどういうことだい…?」
私と同じくらい青い顔をしている婚約者の顔がうっすら見えて、なんであなたまで顔色が悪いのと思った。
だけれど、譫言のようにバリウスは続けた。
「…なんだい、その魔法。何をかけられたんだい?」
は。
「なんですぐに僕を呼ばなかったの!魔法事件じゃないかっ!ちょっと待って、すぐに原因を探るからっ!」
婚約者の顔ではなく、れっきとした魔法使の顔になって、バリウスは私の額に手を翳した。
くらくらする頭で、バリウスと侍女の顔を見た。
二人して、顔が白い。
魔法事件…?
っていうことは、これ、本当にお医者様には無理な案件で、バリウスの専門だったってこと…?
あーあ、魔法使の嫁になるというのに、私はまだまだ勉強不足だったわ。
でも、もう大丈夫ね…、だって、バリウスが来てくれたから…。
「なんだこれ、こんなに微妙に辛い魔法ばっかりを幾重にもかけているなんて、陰気な奴の仕業か…?」
「どうりでずっとうっすら辛いわけね…」
「ごめんね、アリーリエ…。僕がすぐに来られたらよかったのに、他の仕事で手一杯だったばかりに…!」
「あら、仕事してきたんだからいいじゃないの。なんであなたが泣きそうなのよ…」
「死なないでっ、アリーリエ…!」
「殺さないでよ…。というか、これだけの症状じゃ死なないって、あなたが一番わかっているんじゃないの…?」
「アリーリエ!アリーリエ!」
「……わかった、死なないから静かにして。頭に響く…」
「……っ!!」
一生懸命に口を閉じたバリウスの目頭に涙が溜まっているのが見えた。
「お嬢様、死なれるのは困ります!そんなことになったら、この婚約者殿が犯人を殺した挙句に、暴動を起こしかねませんっ!!」
「え?犯人は絶対に許さないけどね?」
「この通りです、お嬢様っ!死なないでください!」
だから、死なないって。
「ふーー、はーー…、息がしやすくなってきた」
「アリーリエ、どう!?まだ気持ち悪いっ?」
「うん、さっきよりずっとマシ…」
「侍女殿、消化のいい食べ物を。あと、魔石があったら用意してください。結界と回復に使います」
「すぐにご用意いたします」
そう言って、素早い連携で侍女は部屋を出て行った。
仕事できるもの同士は、早いこと早いこと。
おかげで私は何もしないまま、ゆっくりと不調が取れていく。
気持ち悪くない、手足の冷えもなくなったし、あと食欲も湧いてきた気がする。
「結構、大丈夫かも…」
そう言って、お腹をさすり、手をグッパーと握る。
うん、力が入るし、目眩もなければ痛みもない。
これならと思って顔を上げると、バリウスは見たこともないほど怖い顔をしていた。
「あ、え…、バリウス?」
「アリーリエ、どうかな。全部の魔法を解いて、快方魔法もかけたけど」
「あ、ありがとう、もう平気よ」
「そう?じゃあ、僕ちょっと出てくるから、侍女殿の用意したご飯を食べて、待っててね?」
うんと言いたくないほどの圧だったけれど、私が返事をする前に壊した窓から飛んでいってしまった。
あーあー…、私知らないからねっ!?
パン粥を食べている私のところにバリウスが戻ってきたのは、それから10分後だった。
腕の中に一人ボロボロの小さい人を連れて…。
「ど、どうしたのその人…。ケガしてない?」
「んー、本部に連れていく前に懺悔させに来たっ」
バリウスの笑顔が怖くて、せっかく回復したのに、胃が痛くなりそうだった。
「……その人が、その、私に魔法をかけた人ってこと?」
「そうだよー。わざわざ魔法に痕跡を残していくなんて、相当陰鬱で性根が腐ってると思うんだー。ねえ、アリーリエ?」
「な、なに…?」
私は顔を引き攣り、侍女の息を呑む音が聞こえた。
「これ、殺しちゃってもいいかなー?」
「いいわけないでしょっ!本部に置いてきなさいっ!」
「だって…!ズルいよ、こいつ…!」
「なにが!」
「僕だってアリーリエに魔法をかけないように努力しているのに、あっさりかけちゃった上に、体調不良の魔法とかしょうもないことしやがって!!万死に値すると思うんだっ!!!」
「魔法使が物騒なこと言ってないで、ちゃんと正式に処罰を下しなさい!ほら、その子、連れて行っちゃいなさいよっ」
額に手を当てて、はあ〜と息を吐くと、バリウスに首根っこを掴まれている少女がピクリとした。
少女、よね…?
あまりのボロさに、あんまり顔も見えないんだけど、バリウス何したの…。
「アリーリエは許すっていうの!?」
「私は魔法使協会に任せるわよ。大体、なんで私なんかに魔法を…」
「……んで、あんたなんか」
「何か言った?」
「いや、こいつがなんか言ってる」
バリウスがグッと掲げると、「グエッ」と呻き声が聞こえた。首絞まってるって…。
「なんでアリーリエに魔法なんかかけたんだっ」
バリウスの怒号に怯えることもなく、少女は顔を上げてキッと睨んできた。
「こんなにバリウス様に愛されているくせに、その女、全然バリウス様の良さをわかっていないんですもんっ!腹が立つじゃないですか!!」
は、なんだって…?
「……えーっと、あなたどちら様?」
「バリウス様にはもっと相応しい相手がいますっ!そんな可愛げのない女じゃなくてっ、王女様とか、大魔法使い様とかっ!」
「……こいつ、魔法諜報員だ」
バリウスが苦々しげに少女を見下ろしたので、思わず聞き返してしまった。
「バリウス知り合い?」
「……僕のストーカー」
「は」
「いっつも正体を掴めなくてイライラしてたんだけど、別部署だったわけだ。はーん、合点がいったよ。この陰湿野郎!」
「だってえぇ…、バリウス様はすごいのにぃ〜!!この女、何にも感謝してなくてムカつくんですも〜ん!!!」
「はあ?アリーリエの良さもわからないくせに、僕を語るんじゃないっ!アリーリエに魔法なんてかけやがって!」
「こうでもしないとバリウス様の存在を改めないじゃないですかっ!後遺症も残さずに魔法を解いたバリウス様のお力を自ら感じさせるには、これが一番ですっ!!!」
「そんなアホな理由で、僕の大事なアリーリエに魔法をかけるなっ!!!」
「ひえ〜ん!!」
……えっと、なんだって?
バリウスのストーカーに気に入られなくて、バリウスの魔法の凄さを実感するために魔法をかけられたって…?
どう見ても、私巻き込まれ損じゃないの。
「なんか、もう、疲れた…。私寝るから、あとのことよろしくね」
「かしこまりました、お嬢様。この犯罪者をお届けするところまで、しっかり見守らせていただきます」
「よろしく」
そう言って、私は布団をかぶって横になった。
ようやく満足のいく睡眠がとれそうなので、後のことは放っておきましょう。
あとで事情聴取されるかもしれないけど、全部専門家にお任せするから、必要だったら呼んでください。
その前に、一回寝させて。
「バリウス様を蔑ろにするなっ、このあばずれっ!!!」
「アリーリエになんて口の聞き方をしているんだっ!僕のお姫様だぞっ!」
「バリウス様に相応しくないですうぅ〜〜!!!わーん!!」
「泣きたいのは僕の方だっ…!僕だって、アリーリエに魔法をかけてみたかったのに!『もう少し僕のことを好きになってくれる魔法』とかっ、『僕を見たら笑顔になってくれる魔法』とか、『たまーに僕のことを思い出してくれる魔法』とかっっっ!!!!ずっと我慢してきたのに、お前って奴は〜〜〜!!!!」
「すみませんがお静かにお願いします、我が主はお眠りになりますので」
「もうっ、ほっんとに最低っ!夜会で派手にすっ転ぶ魔法もかけてやればよかった!」
「なんだ、お前っ。夜会で魔法をかけたのか!?」
「ですから、お静かに願います。さあさあ、お引き取りくださいませ」
三人の声は鳴り止むこともなく、治ったはずの頭痛がまたし始めたので、私は仕方なく体を起こした。
「あー、もううるさーい!!!」
了
お読みくださりありがとうございました!!
254日目。




