朝チュンから始まるガチ恋ってアリっすか
チュンチュンって聞こえるから、朝チュンなんだろうな。
大学二年、初めての…、そう、つまりは。
腰が痛い、酷く痛い。あーあれだ、やっちまったんだなついに。
俺はミーハーだった。だが、悲しいことにシた記憶が一切ない、だからせめてツラを拝みたかった。
「あー…」
やっとの思いで上半身を腕で支える。男同士だから遠慮なんてものはない。一気にシーツをめくった。
「………………。」
一気に落胆がしめた。はっきりいって、めちゃくちゃイケメンか、俳優みたいな好青年を期待していた。昨日の俺グッジョブと言いたかった。
だが、そこにいたのはやたら背が高いだけの、前髪が目にかかるほどもっさりしてて、瓶底くらいの眼鏡をかけてる冴えないサークルの同期だった。
少しあどけない顔をしている。コイツは声が低いってのもあって、いつもは歳以上というかやたら落ち着いてみてる。
だからどうって訳じゃないが、少し意外に思った。
「あー板倉、起きたん」
図体がデカイだけのヤツがもそもそと動く。少し濁った目がこちらを見て、何かを口にしかけた。
「俺、こういうのよくあるから、じゃあ」
面倒事はごめんだ。ただの過ちごときで付き合うだとかどーとかになったら重くて仕方ないだろう。
確かに、初めてがこんなんで終わったのは納得いかないが、そんなもんだよなーという納得感もあった。
口直しって概念がある。夜のことを一切覚えてないので直すも何もないが、一回してしまったんだ。だからこそ、好奇心のままにした。
「男、19歳、関西在住」
アプリで次々にメッセージを送った。
自分で言うのもなんだけど、俺は顔がいいらしい。
すぐに予定は決まって、今日の夜はアプリで知り合った男と飲みに行くことになった。
もちろん、声をかけてきた中でも1番イケメンで、俺の好みなタイプを選んだ。
「へー、つばきって言うの。なんか女の子みたいな名前だね」
「何言ってんすか、コンプレックスなんやけど」
待ち合わせていた居酒屋前に立っていた彼は、背が高くてなで肩、糸目で芸者みたいだった。自然に繋がれた手がひんやりしてて気持ちいい。
俺、見る目ありすぎやろ!うきうきして喉通りのいいカシスを一気に煽った。
ぐらりと視界が歪む、頬がほてってきて、今すぐにでも横になりたくなった。
「しんどい?」
「馬鹿にせんといて、まだ飲むー」
「もうあかんって感じやろ、俺んち近いから」
ぐいと強引に腕を引っ張られた。体格が違うから急に視界が回って吐き気がする。
「なん、びっくりした」
「すぐそこやから」
腰に回った手がひんやりしてる。体が火照ったぶん、気持ちよくて仕方がない。
「…へへへへへ」
「君、酔うと笑うタイプなん?可愛いね」
わけがわからず、ただただ全てがおかしくて歩いた。だって初めてがあんなだったのち、2回目でこんなあたりを引いたのだ。このままいけば、相当に美味しい思いができるに違いない。
「どこの大学っすか?」
「内緒」
「ええ〜知りたいなぁ」
気が付けば彼は足を静かに止めていた。妙に温度のない目がこちらを見下ろした。
キスでもされるじゃないか。
どんっ、急に彼に身体を押された。受け身なんかとれず、そのまま尻もちをつく。
「あー、だる。これでいいよな」
急に彼は髪をぐしゃりと見出し、空き缶を蹴った。
カラカラ…
転がった先には、さっきまでタバコをアホみたいに吸ってたような、汗と煙の混ざった臭気を漂わせた男が3人いた。
彼はあんなに身のこなしやエスコートの全てが雅だったのが嘘みたいに、どっかり座り、ぎょろりとした目でこちらを見ていた。
「気持ちわりー、やっぱいくら綺麗でもさー、男なんか抱けねーわ」
「もったいね、お前もたまには付き合えよ」
「いらん、そんぐらいなら酒代の少しでも出せや」
「お前、これ以上金いんのか?」
「おもしれーからやってんだよ」
絶句した。頭が一気に回らなくなった。
1番体格のいい男が近づいてきた。
「見る目あんなお前」
そう言うなり、一気にビリリとTシャツを引き裂かれた。一気に外気に晒される。それ以上に恐ろしくて歯の根がガタガタ言った。
「俺が行くとよー、お前みたいなのはつれねぇんだわ」
太くて、毛だらけの手が顎下をなぞった。
「とぶ見てぇにヨくしてやるからよぉ」
見る目がなかった。1番好みのタイプを選んだ、それなのに、どうしてこんな何もかも裏切られたみたいな思いをしなくてはならないのか。
初めてのアイツも、目の前にいるコイツも。
ドガァ!!
途端に視界から男が消えた。熊みたいに図体がでかいというのに、壁に打ち付けられて呆然としている。
一瞬だけ、下卑た笑いに満ちた空間は、嫌になるほど静まり返った。
「なんだ!?おめぇはよォ!!」
壁によりかかっていた男が殴りかかった。それが一気に投げ飛ばされた。
逆光が揺らぐ。
見えたのはもっさりして、思い出したくもない朝チュンの。
「い、たくら?」
呆然と呟いた。
彼はこちらに近づいてきた。
隙を見たふうにのびていた男が殴りかかる。それを容易く躱す。ただ、そのはずみで俺の顔に勢いよく、倒れかかった男の腕が迫った。
「危ないな」
鈍い音がしたにもかかわらず一向に衝撃がこない。おそるおそる目を開ける。
視界には、疑いようもなく、イケメンとしかいいようがない男の顔があった。
「そんな見られると照れるんだけど」
はっとした。
声が、あの聞きなれた低くて、サークルでよく耳にしたそれだった。視界の隅にバラバラに砕けたガラスと、メガネフレームが落ちていた。
「てめー!調子乗ってんじゃねえぞ!!こっちは柔道で県大会いってんだからな!!!」
大きな、酒焼けした声が響いた。今日、スマートなエスコートしてくれた彼だ。プライドが傷ついたのか酷く激高している。
目をむいてキレている。ずんずん近づいてきて、近くにあったバットを振りかぶった。
「お、俺っ、謝るから、許してもらおう?」
急に心細くなった。目の前の服の裾を掴む。彼は瞳孔をずっと細くした。
そのまま俺を横抱きにして立ち上がる。まさか、このまま逃げようというんだろうか。
「いざってときにモノに頼るやつなんざ、程がしれてる」
吐き捨てるように煽った。
「なんだとぉ!?」
激高した男が掴みかかる。彼はそれを躱した。何もかも怖くて胸元に顔を埋める、こんな状況だというのに、心臓の規則的な音がして酷く安心した。
バキャリと、聞きたくもない生々しい音が響いた。まさか、今すぐにでも謝るべきだったんだ。驚いて顔を見上げた。
彼はただ、静かな顔でナニカを見下ろしていた。
淀んだ路地裏に、絶叫が響いた。
男は薬物にも手を出していたようで、最初は交番のお巡りさんが来たぐらいだったのに、気が付けば3台もパトカーが駆けつけていた。
騒々しい喧騒の中で、警察官が彼に借りたパーカー腰に見える俺の服の惨状を見て、「今日はもう帰っていい」と言った。
こんな散々な思いをしたというのに、月は煌々と満ちていて嫌味なくらいだ。
ザリザリと歩く。自宅前の角を目にして、俺はようやく口を開いた。
「…俺と、シたから」
彼は少し、怪訝な顔をしていた。知性的な、穏やかで、何もかも見透かしてしまいそうな目だ。
でも、憐れまれたくなんかない。一気に頬が熱くなった。
「っ俺とシたから責任感じてんの?」
彼は歩を止めた。
「助けてくれたのはあれやけど、そういうの引きずられるのダルいっつーか。あれ、同じサークルやんか」
「責任…?」
彼が呟いた。何を今更すっとぼけてるんだろうか。ああもう、昨日の夜も、今日のアプリで知り合った男も、全部することは同じだったのに。
「セックスだよ!1回したぐらいで責任感じんなよ!お前やって危なかったんやぞ!俺、こういうのよくあるって言ったよな!!」
一気に捲し立てた。あけすけな事を口にしたせいで一気に顔が紅潮する。
「…セックス?」
考え込むように彼は目を軽く伏せた。何をすっとぼけてるんだろうか。
「今日の朝!いちいち言わせんなよ」
彼は合点がいったようにこちらを見つめた。澄んだ綺麗な目だ。
風になびいて前髪がふわりと揺れた。じっと見つめられてるみたいで居心地が悪くなった。
「お前、勘違いしてる」
「…っなに、が?」
「お前は昨日の夜、酔っ払って頭から酒を被った。すぐにコケて歩けなくなってたし、仕方ないから俺の家に連れ帰った。シャワー浴びても服なんか気ないままベッドで寝出すからな。
起きたら注意するつもりだったが、そのまま出ていってしまった」
つまり、全て俺の勘違いだったということか。腰が痛いのは単に酔ってドジしたというだけか。
酷く恥ずかしくなった。しかも、俺は現に、まだ誰ともしてないし、はやとちりして、あんな男を初めての相手にさえしてしまいそうだったということか。
「…っ」
悪かったな、そう言いかけた。
「でも危なかったのは事実だろ」
俺の顔よりも大きい手のひらが眼前に迫った。たまらず目をつぶった。だが、衝撃は一向に来ない。
ゆっくりと目を開けた。
パチンと軽く音が鳴った。彼が少し意地悪そうに、その澄んだ目を歪ませて笑っていた。もっと痛いデコピンも容易くできるだろうに、酷く優しくていたたまれなくなった。
睨み返した。
「危なかったのは事実だろ?気をつけろよな」
玄関前まで送られて、俺はようやく一息をついた。わざわざ自覚しなくてもいいぐらいに、頬が、心臓が、手が、どう思ってるかを主張していた。
今まで何でもなかったようなグレーのパーカーが、やけに重たい。
ふわりと、彼の体臭が鼻をくすぐった。
俺は呟いた。
「朝チュンから始まるガチ恋ってありっすか?」




