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恵方巻を丸かじりしてオメガになるはずが、なぜか氷の騎士団長に胃袋を捕獲され溺愛されています  作者: 水凪しおん


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第8話「高熱の揺り籠と甘い誤解」

 まぶたの裏で、極彩色の光が瞬いていた。

 全身が溶岩のように熱い。血管の中を煮えたぎったスープが駆け巡っているようだ。指先一つ動かすのも億劫で、俺は泥沼のようなまどろみの中で荒い息を吐いていた。

 これが、ベータからオメガへと作り変えられる痛みなのか。

 骨がきしむような感覚と、内臓が裏返るような不快感。けれど、それ以上に強烈なのは、体の奥底から湧き上がる衝動だった。誰かに触れてほしい、埋めてほしいという、今まで感じたことのない渇望。


「……ん……あ……」


 無意識に声が漏れる。喉が焼けつくように渇いている。

 その時、冷たくて心地よい何かが額に触れた。


「目が覚めたか、ルエン」


 耳元で響く、低く落ち着いた声。聞き間違えるはずがない。

 俺は重いまぶたをこじ開けた。ぼやけた視界が徐々に焦点を結ぶと、心配そうに俺を覗き込むクラウス様の顔があった。

 ここは……テントの中?

 ランタンの薄明かりが、彼の銀髪を柔らかく照らしている。彼は濡らした手ぬぐいで、俺の汗を丁寧に拭ってくれていた。


「クラウス、様……どうして、ここに……」


「倒れていたお前を見つけて、ここまで運んだ。岩山の上は風が強すぎるからな」


 彼は淡々と答えたが、その瞳には隠しきれない焦燥の色が浮かんでいた。

 俺は自分の体の変化を確認しようとした。

 熱い。とにかく熱い。そして、鼻腔をくすぐる不思議な香り。甘く、どこか懐かしい、ミルクと蜂蜜を煮詰めたような匂いがテントの中に充満している。


『これが、俺のフェロモン?』


 オメガになった証拠だ。この甘い香りが、アルファであるクラウス様を刺激しているに違いない。

 現に、クラウス様は時折、苦しげに眉を寄せ、喉元を大きく上下させている。額には脂汗が滲み、呼吸も少し荒い。


「すみません……匂い、きついですよね……」


「匂い? ああ……確かに、凄まじいな。腹の底を刺激されるというか、理性を揺さぶられる香りだ」


 クラウス様が口元を手で覆う。その目は、獲物を見定めた獣のようにギラついているように見えた。

 成功したんだ。

 俺はついにオメガになった。伝説は本当だったのだ。

 歓喜とともに、恐怖にも似た緊張が走る。ヒート特有の熱が、俺の思考を支配し始めていた。


「クラウス様……俺、オメガになれたんです」


「……何?」


「伝説の恵方巻を食べたから……これで、俺はあなたの番になる資格を得ました」


 熱に浮かされた頭で、俺は必死に訴えた。

 プライドも羞恥心もかなぐり捨てて、ただ彼に求めてほしかった。

 俺の手が、彼のシャツの袖を掴む。


「抱いてください、クラウス様。俺を、あなたのものに……」


 その瞬間、クラウス様の表情が凍りついた。

 期待していた情熱ではない。困惑と、そしてわずかな怒りがそこにはあった。

 彼は俺の手を優しく、しかし拒絶の意志を持って引き剥がした。


「駄目だ、ルエン。今の状態のお前に触れるわけにはいかない」


「どうして……? 俺が、元ベータだからですか? 純血のオメガじゃないから、汚らわしいと……」


「違う! そうじゃない!」


 クラウス様の怒鳴り声が、狭いテント内に響いた。

 彼はハッとしたように口を閉ざし、苦渋に満ちた顔で視線を逸らした。


「お前は錯乱している。今は休め。……俺は外で見張っている」


 彼は逃げるように背を向け、テントの外へと出て行ってしまった。

 残されたのは、甘ったるい匂いと、行き場のない熱情、そして絶望。

 涙が枕を濡らす。

 オメガになっても、拒絶されるなんて。

 俺は毛布を頭まで被り、声を殺して泣いた。体の熱さは増すばかりで、それが叶わぬ恋の残り火のように思えてならなかった。

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