番外編「銀の騎士と秘密の書き置き」
クラウス・フォン・ベルンハルトは、完璧な男と呼ばれていた。
剣技、家柄、容姿。すべてにおいて欠点がない。
だが、彼にも悩みがあった。激務による慢性的な疲労と、味気ない食事だ。
城の食事は豪華だが、冷めきっていて心がこもっていない。アルファとしての鋭敏な感覚ゆえに、作り手の怠慢や素材の質の悪さが分かってしまうのだ。
ある夜、巡回中に厨房の裏口で、小さなおにぎりが置かれているのを見つけた。
『夜勤、お疲れ様です。余り物ですが、小腹満たしにどうぞ』
丸っこい、温かみのある文字で書かれたメモが添えられていた。
毒見を済ませ、一口かじった瞬間、衝撃が走った。
美味い。
冷えているのに、米一粒一粒が立っていて、中の具材――甘辛く煮た昆布――が絶妙なバランスで主張してくる。何より、作り手の「食べて元気になってほしい」という祈りのような念が伝わってきた。
それ以来、クラウスの密かな楽しみは、この「名無しの料理人」からの差し入れを探すことになった。
スープの日もあれば、焼き菓子の日もある。
毎回添えられているメモを、彼は手帳に挟んで大切に持ち歩くようになった。
その文字を見るだけで、張り詰めた神経が緩むのだ。
『どんな奴が書いているのだろう』
想像が膨らむ。きっと、心優しく、繊細な感性の持ち主だろう。
いつしか彼は、顔も知らない相手に恋をしていた。
ある日、彼はついにその現場を押さえることに成功した。
深夜の図書館。食材の本を熱心に読み漁る、地味な茶髪の青年。
彼が落としたノートには、あの見慣れた丸文字がびっしりと並んでいた。
ルエン。それが彼の名前だった。
ベータの、目立たない料理人。
だが、クラウスの目には、彼がどんな宝石よりも輝いて見えた。
彼が休暇届を出して旅に出たと聞いた時、クラウスが居ても立ってもいられずに後を追ったのは、騎士団長としての判断ではなく、ただの一人の男としての衝動だった。
まさかその旅が、彼の作った伝説の料理のせいで、一生胃袋を掴まれることになる序章だとは知らずに。
今、隣で幸せそうに眠るルエンの寝顔を見ながら、クラウスは思う。
あの時、おにぎりを拾った自分を褒めてやりたい、と。




