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第一章 初、対面


 そして、現在に至る。

 

「君が少将か。会えて嬉しいわ。実を言うと、少将に会えるの、すごく楽しみにしてたんや」


 香月を見るや、初めての桂人との対面に、王は興奮した様子だった。


「女性将軍と聞いてたから、どんな屈強な人やと想像してたんやけど、まさかこんな可愛らしゅう女ん人とはな。どおりで、宴の舞姫に紛れとっても気付かへんわけや」

「桂人でございます故」


 立ち上がった王の上背は六尺程。六尺もある人間から見れば、五尺もない香月はさぞ小さく見えることだろう。

 これぞ、常人とは異なる、桂人の特徴の1つであった。

 王は、拝礼で膝立ち状態の香月の前に膝をついた。そして、何かを期待するようなキラキラとした眼差しで、覗き込むように美しい顔を近づけた。それ故、香月もそれに応じるよう、上半身を後ろにのけぞらせ、距離を保った。


「桂人の瞳は、月光の如く金色の光を放つと聞いとったけど、少将殿の瞳の色は、琥珀のように落ち着いた色をしたはるな」

「それはおそらく、月華を使っている時の様子を耳にしたのでしょう。平常時とは異なります」

「綺麗な色やなぁ。是非、月が華満ちらせる神秘も拝んでみたい」


 王からそのように所望されることを、香月は大方予想していた。

 無理もない。害獣を安全な箱庭の中で見られる機会があれば、誰しもが「見たい」と思うはずだ。

 

「生憎、私を含む衛兵隊の桂人は、東国皇帝の許可なく月華を使用することを許されておりません」

「なんで?」

「人を簡単に殺せるからです」

「――じゃあ、もし今ここで、私が君の首を刎ねたら?」

「え?」


 首筋に感じる冷ややかな空気……刃に見立てた手を、王は香月の首に優しく当てた。

 

「例え自分が殺されそうになっても、月華は使わへんの?」

「……使えば、いずれにせよ即刻断頭台送りです。例外は一切ありません。それ故、生活上でも斜陽石の装着を義務付けられております」


 その説明に、香月の左薬指にはめている黄昏色の指輪に、王は一瞬目をやった。

 斜陽石は、太陽が沈む西国で発見され、その名の通り夕日が落ちる空模様に似ていることからそう命名された。何故斜陽石が月華を無効化させるのか、原因は未だに不明。

 ただ、その斜陽石を常時身につけ、周囲に敵意がないことを表明して初めて、第五部隊は宮廷内を不自由なく歩くことが許される。

 それほどまでに、華を持たない者は月華の力を恐れ、信用していなかった。


「それは残念。少将のかっこいい姿を見たかったんやけどなぁ」


 ―――面倒くせぇー。


 一見、皇帝という威厳ある立場のイメージに反し、人懐っこく、外交的でその親しみやすさに騙されそうになるが、融通は利かず、わがままは通す。

 

(だっる!)


 しっかりと目を合わせ、自然に首の角度を少し傾けつつ、計算し尽くされたその美しい微笑みを向け、これまでの王のわがままの通し方が伺え、心内で香月は幻滅する。


「いずれ機会がありましたら、その時は」


 とても旅路で襲撃を受けた客人の言動とは思い難いと、香月は思った。

 東国の宮殿内で、表向き安全が担保されているとは言え、宴当日に襲撃を受けるくらいには危険なのだから、不躾に桂人相手に月華の使用を頼むことが如何に愚かなことか、王は自覚すべきであった。

 彼の東国でも、好奇心の働くまま行動してしまう王の護衛をこれから担わなければならない荷重さを、彼女は改めて実感した。

 護衛との距離感も然り。今回の滞在の目的は、表上は東国を保護下に置く準備とされているが、裏では專ら、本懐は東国の姫君から后を召し抱えることとされている。

 先ほどの様子から推察するに、距離感を見誤り、要らぬ火の粉が自身に降り掛からぬようにも、香月は注意は払わなければならない。

 

「早速やけど、これから少し外出るで。一緒に来て」


 

 

 ――やってきたのは下町。

 ここでは、春暖の宴で釣った観光客に金を落とさせるために、今は期間限定で市が開催されている。

 東国の伝統工芸品や郷土料理の露店が数多く出展され、観光客からの評判は高く、市が出ている期間のみは違法の露天販売は取り締められるため、地元民もこの期を狙って買い物を楽しむ者が多い。

 それ故、普段の下町では絶対に見られない、人混みで賑わう光景が広がっている。

 

 そして今日はその市最終日。

 肉包、焼売、春巻、鳩肉串……水飴や琥珀糖などの甘味も勢揃い。普段口にしている物も、食べ歩きならではの別の旨味や楽しみがあるというもの。


(どこぞの馬鹿が宴を襲撃せずに、直接皇帝を狙っておけば後始末に追われることなく市に遊びに行けたのに。それも……)

 

「少将! おすすめ何?」


(こんな仕事で来るような生殺しな目にも遭うこともなかったのに!)


 目移りしそうになるのを必死に堪え、鳴りそうになる腹を引っ込ませ、燥ぐ王を静かに見守った。ただ少し、恨み節を利かせた瞳で。


「もしかして祭り嫌い? 目怖いけど」

「(仕事じゃなければ)大好きでございます」

 

 この犯罪大国の東国では、こういう人が賑わう場所では、食べ歩きや買い物以外の目的で楽しむ悪い輩が不特定多数存在してしまう。

 だからこそ、こんな誘惑だらけの空間ですら、少しでも気を抜くことは許されない。


(……ん?)


 それは、西国の3人が雑貨販売の露店に夢中になっている時に起きた出来事だった。

 少し離れた場所から、3人の様子を監視していると、そこに忍び寄る小さな影に気づいた。

 露店を覗きたがっていると言うよりは、視線は人の動きを注視しているように見える。

 密かに目を光らせていると、その影は天籟の腰元の巾着にそっと手を伸ばし、動きに合わせて瞬時にそれを掠め取って走り出した。


「あ!」

  

 下町では決して珍しい光景ではない。

 況してや危機感の薄い鴨が多く遊びに来る今の時期ともなれば、尚更である。

 普段なら大事にならない限り放置しておくところなのだが、仕事ならそうは行くまい。

  

()()、良いもん持ってんじゃん〜」

「な!?」


 すれ違いザマにしれっと盗った腰巾着を盗み返してやると、子どもはすぐに持っていたはずの物がなくなっていたことに気づき、周囲を見渡した。


「返せ!!」

「じゃあほら、奪い返してみな〜?」


 奪った巾着を取り返そうと子どもが手を伸ばしたところで、香月はタイミング合わせて吊り上げ、届かないように誂う。


「ごめん! その子ども!」

 

 そうこう遊んでいるうちに、盗まれたことに気付いた天籟が、とてつもなく速いオネェ走りで、子どもを追いかけてきた。

 それに気付いた(怖くなったとも言えるか)子どもが、獲物を諦め、逃げようとしたところで、空かさず香月が襟首を掴んで捕縛した。


「くっそ! 離せ!!」

「ありがとう! 助かったワ~」

「よ、よかった、です」


 オネェ口調で謝辞を述べつつ、盗まれた物を取り返すと、天籟は安堵の顔を見せ、胸を撫で下ろした。

 先程は一言も話さなかったため気がつかなかったが、堅物そうな雰囲気に反し、専属護衛の意外なギャップに、香月も戸惑いを隠せない。

  

「それでは、少年はもらって行きます」

「え?」

「おい! 離せって!!」

「駐在所に連れて行くの?」

「ええ。終わったら戻りますので、へ……じゃなかった、来儀様にそうお伝え下さい」

「分かったワ」


 早速護衛としての仕事をこなす、と見せかけて、内心はサボる口実が出来たと、つい綻びそうになる口元を引き締め、香月は暴れる少年を担ぎ上げ、人気のない路地裏へと引き込んだ。

 

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