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第一章 元皇女と衛兵隊の少将


 あっしは、東国衛兵隊の少将。名を香月(コウヅキ)と言う。

 皇族の血を引き、かつてはお姫様な生活をしていた時期もあったが、すでに風化した事実となり、それを知る者もほとんどいなくなった。

 今や兵士となり、何もかも終わりかけているこの国のために戦場へ赴くことが、あっしの仕事だ。


「拝謁賜ります。東国衛兵部隊 少将 香月。本日より、当国での西国皇帝陛下の専属護衛を務めさせて頂くこととなりました」


 そう……戦場で闘うことが、あっしの仕事のはずだ。

 

「何卒、よろしくお願い申し上げます。こちらが、第124代目西国皇帝を受禅された 楊 来儀(よう らいぎ) 様でございます。近くに控えるは陛下の警護に中たる天籟(てんらい)。そして(わたくし)は、陛下の身の回りのお世話をさせて頂きます、浮光(ふこう)と申します」


 何故、あっしは今、管轄外の皇族護衛の任に就くための敬礼をしているのだろうか。


 ――本殿 氷麗の間

 応接室の長椅子に優雅に腰を据えているのは、今宮殿内の注目を恣にしている話題の西国皇帝。背後には、その家臣達が控えている。


「よろしゅう、少将殿。面上げてええよ」


 言われた通りに顔を上げると、皇帝は優しげな微笑みをこちらに向けていた。

 なるほど。たかが噂と思っていたが、確かに『眉目秀麗』と騒がれるのも頷ける。

 でも、顔だけ見れば端正な顔立ちはしているものの、汀州ほどではないか。御年20歳の男性にしてはやや童顔な気もする。青みがかった白縹のような白髪と、黒檀のように光を刺さない瞳の色の相対効果によるものか、気怠さとは違う、妙に歪な雰囲気を纏っていて、なんとなく近づき難い。

 ただ、その神秘に近いアンバランスな美しさが、世の女性陣を虜にしてしまうのだろう。

 況して容姿だけでなく、それに取るに足る実力も兼ね備えているというのだから、興味を持つなと言う方が存外無理な話だ。


 

 ――事の発端は、三日前。

 春暖の宴が終わって一週間が経とうとしていたある日。衛兵隊一級上将の雨露により、衛兵隊に属する四人の将軍達が兵部の評定会所に集められた。


「雨露、しつもーん」

「はい、香月」

「何故()()()、反省文を書かされるのでしょーか」


 各席に準備されていたのは、紙と筆。その用途は、反省文を書くためだと雨露は言う。

 これは至って珍しい出来事だ。普段、この悪ガキ達が問題を起こしても、「こいつらの反省は誤った行動の振り返りと改善ではなく、次バレないようにするにはどうするかを考えるから、いっそ反省しない方がいい」と、上を適当にあしらい、雑な尻拭いしかしない雨露が反省文を強制することは、まさに青天の霹靂であった。


「これは全部お前達のためなんだよ。俺は少々、お前達を自由にさせ過ぎてしまったらしい」


 あからさまに芝居がかった、憂いを帯びた様子で、雨露は窓の外を眺める態勢を取る。

 とは言え、今現在の空模様は雷雨。思わず耳を塞がずにはいられない雷鳴のやかましさが、同情引きたい雨露の物憂げな演出に水を差す。


「過去を振り返らせることも成長の一助。銀蓉の言うことも一理あると、やっと気づいたのだ」

「今更なんで気付いたの?」

「戸部から『予算減らすぞ』って脅されたから」


 3行前の発言が丸っきり嘘であることが証明された。


「俺等給料減らされるの? 命懸けてんのに?」


 突然の減給話に、豆鉄砲を食らったような間抜けな面を見せたのは、衛兵隊二級上将 汀州。女性らしい顔立ちで、その美貌は宮中で1、2を争う程。挙げ句、男にしては上背が低いため、任務の中で女の香月以上に女として擬態することが多い。先の宴でも、本来は彼が桜に潜伏する予定だった。

 だが、麗しい見た目に反し、その中身は、人間の形を模した邪神。間違いなく、この五人の中で一番頭のネジが飛んでいるのが、この汀州という男である。

  

「それはまた急な話ですね」


 そして、その向かいに座っているのが、もう一人の二級上将 九垓。平民上がりとは思えない、隊内唯一の品行方正な男である。しかし、その立ち居振る舞いの良さの反動か、優しさに満ち溢れた慈顔からは考えられない程の生粋のサド気質で、彼のストレス発散とも言える奇特な戦法を思い付き、『盗賊泣かせ』の異名を恣にしている。

 ちなみにもう一人、彼の隣ですやすやと呑気に眠り続ける男がいる。中将の蒼波だ。

 香月と同い年の18の青年であるが、まあ終始眠っている彼の説明はまたの機会としよう。


「急な話でもねーぜ? 正念場で賊に侵入された挙げ句、まだ内通していた野鼠を捕まえられていないからな」

「しかし、予算とこの反省文には何の関係があるのですか?」

「赦免嘆願状の足しにな。言わば悪足掻きだ」

「『反省』つったって、どれ書けば良いんだよ」

「ほほう。()()と来たか、汀州?」

「ヤベッ」


 雨露は満面の笑みを浮かべるのを見て、汀州の顔が引き攣る。

 

「じゃあヒントをくれてやろう。お前、刀携えてたくせに、わざわざ国宝級の陶磁器で賊の頭をかち割りまくったらしいな」

「だって手軽に投げられそうなのがそれしかなかったんだもん。また作ればいいじゃん」


 国宝を粉砕しておきながら、「また作ればいいじゃん」の一言で片付けられる。そんな短絡的な思考回路は、汀州の唯一の長所だと言えよう。


「問題はその後だ。それを見ていた官吏が、お前の奇行を止めようと体張ったら、半殺しにしたらしいじゃねぇか」

「邪魔するから敵だと思ったんだもん」

「『だもん』じゃねぇ! お陰で、慰謝料請求が兵部宛に来てるんだぞ!!」


 悪びれる様子など一切なく、汀州はつらつらと言い訳を並べる。官吏は官服を着ているから、敵じゃないことは一目瞭然であっただろうに。

 

「我々は汀州の巻き添えを食らったわけですか。やれやれ」

「ちなみに戸部が一番キレてたのはお前だ、九垓」

「私は汀州()と違って思い当たる節がないのですが……」

「宴会場を牛糞まみれにした張本人は、どこの誰だ?」

「私は提案・指示しただけで、実行したのは香づ」

「誰かさんが教唆してくれたお陰で、炎美殿の臭いがまだ取れねーって苦情の嵐だ! 最悪改修だってさ!」


 これは、あの宴の日。香月が九垓の指示で賊共を炎美殿に集約させた後まで遡る。

 騙された賊がノコノコと炎美殿に集まり、九垓が応戦していた衛兵隊を退かせた後、彼発案の作戦により、賊共を一掃させた。

 その作戦というのが、『牛糞投擲』と言われる戦術であり、簡単に説明すると、城壁に登った兵士が賊を目掛けて、大量の牛糞に紛らせた火薬を投下することだった。

 兵部は、襲撃の多さと汀州のような破壊神のお陰で、東国の財政難に大きく貢献している。

 そのため、予算管理を担う戸部より『備品を壊すな』と、常々釘を差されている現状。

 それを鑑みた九垓が知恵を絞り、物をできるだけ壊さない戦法として、牛糞投擲を開発したのだが、どうやら戸部のお偉いさんは、お気に召なかったよう。

 

「やれやれ。建物が大破しているわけでもなし」

「牛糞臭い宮中なんて聞いたことあるか? 況してや西国のお偉いさんが長期間滞在するのに?」

「宮殿中に香でも焚いて誤魔化しておけば良いではありませんか」

「黙れ、天才。そしてトドメの香月!!」

「あ?」


 さらに目尻を釣り上げ、般若の形相をした雨露は、振り向きざまに香月をビシッと指差し、こう言い放った。

 

「お前にはすべての元凶の実行犯として、一つ仕事をしてもらうことにした」

「それって……もしかして北の国境警備の派遣!?」


 東国は東側を海とし、他三カ国と隣接している。西は西国、南は雨国、そして残りが、北に位置する北国である。大陸内最大の総面積を保有する国であり、大陸内有数の武装国家である。

 幸か不幸か、桂人の存在が良い牽制となり、今日まで東国のような弱小国家がまだ政を続けられているのだが、北に面する国境は常時臨戦態勢。国は広くとも気候に恵まれない北国は、1年の3分の2は雪に見舞われ、食料不足に絶え間ない国だ。

 それ故、多少治安が悪くとも気候が安定している東国の土地を欲しがっているのである。

 国境はいつ攻め入られてもおかしくない、休むことが赦されない戦場であり、盗賊が蔓延る国内で最も危険な禁足地。そのため、不法行為などを行った兵士か、相当優秀な人材が派遣される場所となっているのだが……


「とうとうあっしも北の警備兵に」

「ならねぇよ!!」

「ちぇっ」


 世間様のイメージとは裏腹に、北の国境警備兵は、香月が最も憧れている役職。

 理由は至って単純。せっかく兵士となったからには、最底辺(頂点)を拝んでおきたいというのが、彼女の志望理由である。

  

「じゃあ仕事って?」

「お前を西国皇帝の専属護衛兵に選出する」

「はあ!!? なんであっしが?! 皇族の護衛は近衛の仕事だろ?!」

「もう決まったことだ」

「あはははは!! 香月おっつ〜!」


 これ見よがしに、汀州は香月を冷やかしにかかる。

 花形と言われる皇帝の護衛業務と言えど、常に刺激的な戦場に立つ香月にとっては、ただ御仁の側に控えるだけの、つまらない単純業務。

 しかし、他人の命を守るために、近距離・遠距離含め警戒を怠れず、自衛を主とした衛兵隊の仕事以上に、体力・精神面ともに疲れる故、香月のように上昇志向がない兵士からは、全く好まれない仕事だ。


「近衛にやらせろよ! なんであっし?」

 

 当然ながら、皇帝のようなやんごとなき御方の護衛は、ただの兵士に務めさせることはしない。護衛管轄の近衛隊の中でも、上の階級の者しか選ばれない。

 仮に代役を務めるとしても、上将以上の階級。況して少将の香月を選出するなど言語道断だった。

 

「西国からの注文でな。監視を嫌う陛下の護衛は最低人数で行ってほしいとのことだ」

「だからなんであっしが」

「西国から連れてきた従者が主たる護衛を務める。ウチに要求するのは、桂人(カジン)の襲撃に対抗できる者を貸してほしいとのことだ」

「はー……そーゆーことかー」


 理由を察した香月は、残念そうに天井を仰いだ。

 衛兵隊は、一人の将軍に付き一部隊を率いる、全五部隊で編成されている。

 その中で香月が管轄する第五部隊は、対月華に特化した、【桂人のみが属する部隊】。

 たった三名で構成されるその部隊のトップが香月であった。

 要するに、これは滞在中の西国皇帝の護衛を第五部隊の三人が担えと言う、勅命が下ったということだ。


(やらかし、関係ねーじゃねぇか)


 

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