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序章 最悪な人質


「要求は何だ」

「そりゃ決まってんだろ。この国の玉座を得るには、今の皇帝が邪魔なんだよ」

「そんなに椅子が欲しいなら俺が手作りしてやんよ」

「お前らも自分より下の人間に使われるのは鬱屈だろ? あの鬼胎の国 玉兎のような弱肉強食(合理的)な世に正すには、弱者にご退席願わねーとな」

「ハッ! あたかも自分が()()側の口振りだな」

「当然。今はどう見ても、俺がお前等を狩る側だからなぁ」

「人質取らなきゃ優位に立てねー奴のどこが強者だよ」

「黙れ!!」


 この圧倒的不利な状況で挑発的態度を取るとは、命知らずとも言える行動だ。時間稼ぎのつもりか。

 仲間を信じ、勝機を待つのは結構なこと。しかし、廊下の方から、さらに複数の男の足音と鎧が擦れる音が近づいて来る今の状況では、もう何を選択しても後には引けない。

 ここからの判断は一つでも誤れば、二度と形勢は覆らない。

 東国の兵の動きを見るいい機会だと思ったが、人質が取られている上、増兵が来たとなれば、これ以上の事態の悪化を防がなければ危険だ。

 西国が加勢することは簡単だ。だが、私の中で一つ気がかりなのが……

 

『不測の事態が起きた場合は、いついかなる状況であれど、速やかに彼らの言う通りにね』


 宴前に尊陛下が言ったあの言葉……真意を読み取るならば、何かしらの()()()を未然防止する役割であったとしたら……

 

「無駄口叩いてくれたお陰で仲間が間に合ったぜ。皆さん、手ぶらでどう戦うのか見物だなぁ。ただし、人質がいることも忘れんじゃねーぞ!!」

「いやーーー! 助けて!!」


 抵抗する少女の泣き叫ぶ姿を見せつけるように、頭領は彼女の顔に刃先を頬に押し当てた……



 

 ―――その時!


 プスッ


「あれ……?」


……なんだ?


「俺……眼……どう……あれ?」


……一体、今、何が起きた?


「ふん!!!」


 私には、人質の少女が顔に刃を当てられた瞬間、自身の簪で頭領の黒目を突き刺したように見えた。それも、目視なし(ノールック)で!

 頭領が右半分の視界の歪みに気が動転したところで、空かさず小刀を奪い取り、彼の喉元を切り削いだ。

 月光の如く、強い金色の光を宿した少女の瞳に、深い赤が差す瞬間を見た。そんな御業を、ただの少女になせるわけがなかった。

 幻のような光景に、皆開いた口が塞がらず、盗賊さえも手出しすることを忘れて、ただ男の死を呆然と見届けた。

 あの踊り子は……血飛沫を浴び、笑みを浮かべているあの少女は、()()()()()


「このクソ女ぁーーーーーーー!!!!!」 


 次の瞬間、激昂した盗賊共が、一斉に彼女に襲いかかる。


「香月!!」

 

 丸腰同然の少女に、いち早く動いた雨露が、先程下ろした自身の武器を蹴り渡した。それを合図に、待ち望んだ好機を逃すまいと、東国の兵士達も動き始めた。

 投げられた刀を掴み、少女はすぐに居合の構えを取り、向かい来る男2人の首を一撃で斬り跳ねた。

 それに続き、残りの残党も上将や近衛隊達によって一掃され、待ち望んだ展開に歓喜の声が湧いた。

 

「テメェ香月、連絡出ろよ!!」


 まあ、上がった声は歓喜だけではなかったようだが……


「なんで人質になってんだ!」

「ちょ、雨露うるっさいな。仕様がねーだろ。こいつ馬鹿だから人質にあっし選ぶんだもん」


 皇女達が思わず後退りしてしまうほどの怒号であると言うのに、少女は開き直った態度で苦言を呈した。

 

「そもそも桜には汀州が潜る予定だったよな?」

汀州(あいつ)が『舞踊は無理』って言うから、急遽交代して役代わったんだよ。てか、お前だって汀州の連絡ガン無視してたじゃねーか!」

「だって、はしゃいでうるせぇんだもん。蒼波は最初っから連絡ねーし。マジで飯食いに行ったんじゃねーの?」

「蒼波なら宴始まる前に連絡取ってたけど、壊れたっぽいよ。交信器」

「役立たずめ!!」

「はいはいお二人共、まずはその辺に」


 すっかり仲介役が型に嵌まった九垓が、またもや収拾がつかない二人の会話に難なく割って入った。


「『さっさとこの場を納めろよ、このクズ共』と銀蓉殿の顔がうるさいので」

「私は一言も話していないぞ九垓!!」

「ひとまず終わらせますよ。香月、はいこれ」

「あ?」

「頭領の耳に着いていた耳骨夾(交信器)。お得意のやつを一つお願いしますよ」


 そう言って九垓が彼女に手渡したのは、頭領の耳から外した交信器と呼ばれる耳骨夾(イヤーカフ)

 月華によって東国でしか量産されていない、鉱物を使用した無線通信機器だと聞いたことがある。


「タイミングを合わせて撤退命令を出しますので、宴会場に集めるよう奴らに指示を出して下さいな」

「なるほど、合点!」


 九垓の作戦を察した香月は、まるでこれからいたずらを始める悪ガキのように楽しそうな笑みを見せつつ、大きな咳払いを一つ。そして


『聞け! 野郎共! ついに東国皇帝の首をモノにした!!!』


 まるで、魔法を見ているような衝撃が走った。

 彼女の声帯から出てきた声は、先程死んだはずの頭領の胴間声そのもの。決して低くない女性的な地声からは、信じられないほど完成度の高い、声帯模写による盗賊への演出が始まった。


『祝杯だ! 残党共の骸を肴に、炎美殿で宴の仕切り直しと行くぞ!! 玉座は、俺達のもんだ!!』


 たった短時間で頭領の特徴をほぼ再現しきれてしまうとは、なんたる脅威。

 もちろん盗賊達は、これが少女が出している声だと知る由もない。その証拠に、香月が士気を上げた後、ここから離れた炎美殿の方から気合の入った掛け声が微かに聞こえてきた。賊どもが拳を掲げている姿が容易に想像できる。


 桜で見事な剣舞を舞い、小柄な身体からは想像付かないほどの戦闘能力を有する彼女こそ、東国衛兵部隊の五将軍が一人 少将 香月(コウヅキ)


 そして、今は亡き第五側室と東国皇帝の実子 元第三皇女である。

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