第二章 桂人最強の力
――「鬼月! しっかりせぇ!! 痛むのか!?」
鬼月の意識の外では、生気のない瞳で意識を消失した彼を呼び覚まそうと、月翔が声を掛け続けていた。
「なんなんじゃ! この円盤は」
鬼月の顔前に現れたのは、金色に光る菊籠目紋の濾光板。香月の月華によるものだった。
「これを壊せば!」
「無駄だ。あっしが月華を解かない限り、こいつは戻ってこれねぇ。尤も、6時間以内に月華を解かなければ死ぬがな」
「貴様が香月か! 鬼月に何をした!」
「あの世に限りなく近い場所に行ってもらっただけだ。今頃、楽しく人生を振り返っている最中だろう」
これこそが、香月の月華――光の力で闇を拓き、幽世に引き込む能力。闇に引き込まれた者は、生死の選択を余儀なくされる。過去の記憶を餌に、死に誘われた者は、二度と常世に戻ることは叶わない。
香月が体に触れただけで、肉体を傷つけずとも、本人の意志で死に至らしめるこの力こそが、第五部隊隊長として、そして桂人としても、最強と恐れられる力だ。
「お嬢」
「なんかヤバそうだったから横槍入れちゃったけど合ってる?」
「もう少し早く来てくれよ。今日が俺の命日になってもいいの?」
香月の遅れての登場に怒る戊藩。
「おい、嬢ちゃん。月華を解きな。でないとお前も鬼月と同じところに送る」
そう言って、香月は指先で月翔の後頭部に触れ、脅迫する。
香月が来たからには、もう賊側に勝ち目はない。
それを重々理解している月翔は、舌打ちをしながら、渋々自身の月華を解いた。
「それと、雲嵐の野郎はどこにいる?」
「ここに」
崩壊する建物の物陰から現れたのは、弓と矢を携え、官服を纏った一人の中年男性。
堀が深い顔で、綺麗に整えられた顎髭が、厳格な雰囲気が滲み出るこの男こそが、今般の騒動の首謀者、半 雲嵐。そして、東国内廷に勤めていた、元官僚である。
「今日はなんの用だ。ジジイの散歩にしては少々度が過ぎるぞ」
「久方ぶりに後宮で茶積みでもと思いまして」
「何故鈴麗を狙った」
「深い理由はない。ただ、質を取るなら、彼女が最も適任と考えたまで」
「根っからのクソ野郎って清々しくて良いよな~」
宮殿の敷地内で禁じられている月華の使用が許されるのは、桂人による襲撃が起きた時。
彼女の月華の前では、そもそも戦闘の土台に立てる桂人自体が限られる。それ故に、第五部隊への勝算の肝は、如何に香月の行動を制するかに懸る。
元官僚で、昔から香月との交流があった雲嵐は、彼女が元皇女であることを知っているが故に、可愛い異母妹であり、かつ医療補助が必要な虚弱体質の鈴麗を人質として拐かせば、香月の力のコントロールがしやすいと考えたのだ。
「質が離れ、貴女が来てしまったのであれば勝ち目はない。今日はもう、大人しく引き上げるとしよう」
「おいおい。ウチのお姫様に手ェ出しておきながら、まさか普通にお家に帰れると思ってんのか?」
「最初から私を捕えるつもりなどないくせに。今は、彼の西国から皇帝陛下が行幸遊ばされているとか。西国との条約締結がなされるこの大事な時期に、陛下は私を宮中に置きたがらないでしょう? それとも、すでに国の機密漏洩の覚悟がおありと」
腐っても元官僚の先見。政務職を離れても、なお健在のようだ。むしろ、今この時期に進んで尊陛下が自身を捕らえないと分かっていて襲撃したとも言える。
手厳しくも、図星を付くその見解に、香月はぐうの音も出せない。
「尊陛下も臆病になったものよ。この程度で、貴女の月華をお赦しになるとは。それとも、他国への当てつけか? 天から賜りし月の華を媚売の道具に使われるとは……ははっ。10年近くもお側を離れていれば、さすがの陛下もお変わりになられるか」
「単に早く片付けたかっただけだろ」
「相手が私だと知ってか」
「謙遜すんなって。『毒は毒で制する』なら月華も同じ。お前も分かってんだろ? それとも、自分だけがまだ特別扱いでいられると思ってんの?」
香月の問いに、雲嵐は何も返さなかった。
「自惚れんな。旧知の仲だろうがなんだろうが、テメェが桂人を率いる賊の頭である以上、あっしらは東国のやり方でテメェをブッ潰すまで。――忘れるなよ。テメェが敵に回しているのは、かつて共に国を背負った仲間じゃなく、この国そのものってことをな」
「肝に、銘じる。……引き上げだ!」
交信器越しに部下達に命令を下すと、雲嵐も倒れた鬼月を背負って、撤収に入る。
「チッ。敵に背中向けんなっての」
重々しい足取りで立ち去る雲嵐達の姿を見て、そう舌打ちしながら、香月は煩わしそうに鬼月に掛けた自身の月華を解いた。
「香月」
「なに」
「西国との取引が本格化した今、この国は桂人移住以来の大きな荒波に再び呑まれる」
足を止め、雲嵐は背中越しに意味深な言葉を残す。
「国の変化は闘争の狼煙。きっとまた大勢の人間が、命を落とすことになる。そうなれば、その渦中に真っ先に引き込まれるのは、武器として扱われる桂人達――月華を有する、其方達人間だ。だから、あまりこの国に心を許すな。死期を早めるだけだぞ」
桂人の香月達の身を案じているとでも言いたげに、まるで子どもを諭すように話す雲嵐。そんな彼に、香月は呆れた様子で鼻で笑って見せた。
「何を言い出すのかと思えば。たった今、なんの力を持たない姫を巻き込んだ人間の言う台詞とは思えねぇな」
宮廷を襲撃しても、いくら反乱分子と認識されても、昔の縁に胡坐をかき、何をしても許される慢心。それだけに飽き足らず、未だ自分のことを何も出来ぬ子どもと思い込む雲嵐に、香月は腹底からマグマのように熱い怒りが湧き上がらせた。
「失せろ。国に利用される腹積もりがなけりゃ、誰もこの国の兵士になんて最初っからならねぇ。最期までこの国と共にあると決めた、兵共の覚悟の形が衛兵隊だ。そんな腹を括った連中相手に、今度また死ぬ恐怖を煽るような発言をしてみろ。その時は衛兵隊への侮辱と捉え――容赦なく殺してやる」
ドスを効かせた声で、静かな怒りを込めて警告をする香月。
しかし、自分を睨みつける香月を見て、雲嵐はなぜか安心したようにフッと笑って見せた。
「良い。其方はそのままで、変わってくれるな。其方は、今の東国にはなくてはならぬ、唯一無二の希望なのだから」
雲嵐は最後にそうほくそ笑み、仲間と共に宮殿を後にした。
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『これより、衛兵隊第五部隊の月華使用を禁ずる』
賊が引き、事態終息の宣言が下る。その宣言に、香月等第五部隊の三人は、両手を上げてその場に登降した。
それを合図に、九垓の第二部隊と後宮警備の近衛隊が一斉に斜陽石の武器を片手に、彼らに飛び掛かる。
「確保ーーーーーー!!!」
無抵抗の香月を拘束する九垓。そして一緒に駆け付けた衛兵隊員の一人が、彼女の左手薬指に、預かっていた斜陽石の指輪を嵌めた。
「ほーんと、毎度茶番に付き合わされて大変だなー」
「上の命令なので仕方ないでしょう。尤も、決して意味がある行動とは思えませんが」
「あっし等が本気で抵抗すれば一溜りもねぇのにな」
これは、香月達が月華を悪用し、暴走しないようにするための予防策。
月華を恐れる官僚達の意向を汲み取り、再び斜陽石を着用するまでの間、彼らの身柄を拘束する、何の意味もなさない蛮策である。
しかし、例え蛮策でも、これは必要な演技。仮にここで香月達が月華を使い、抵抗すれば、取り逃した責任を取らされ、兵部は取り潰し。
つまり、月華の使用を許可した尊陛下に、なるべく責任の比重が傾かないようにするために、他に擦り付けるための保守派の官僚共が考えた愚策。
「蘭月相手だと必要以上にしがみつきに行くってーのに、あっしに付くのはたった二人だけかい」
「そりゃあ、どうせ拘束するなら可愛げある方に行きたいですよ」
「どういう意味だよ!!」
――忠誠を誓っても、それが桂人にとって命綱とならないことを物語る拘束が突きつけられる。
この悲しい事実がいつまでもあるからこそ、桂人は月華に頼らざるを得ず、華を持たない者は桂人を信用することができない。
「あれが、少将の力ですか」
尊陛下の手引きの下、この戦の一部始終を陰で忍び見ていた西国皇帝は、老大虫の如く暴れる桂人達を眼前に、呟くように言った。
「あれこそが月華最強の光。闇世に誘い、人を簡単に死に至らしめる力。そして」
「『月華の傷の癒し』となり得ることが、最強と謳われる所以となったと」
「如何かな。念願の香月の桂人姿は」
至極定形の質問に、西国皇帝は開きかけた口を閉じ、静かに言葉を噤んだ。




