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序章 襲来と人質


「速やかに本殿の謁見の間へ!!」


 貴族と皇族、及び非戦闘要員は安全な場所へ避難し、戦闘員である傭兵部隊は直ちに応戦へ参った。

 突如戦場と化した状況の急変に対し、混乱を最小限に、迅速に対応したのはさすが盗賊の国と言ったところか。お陰で避難の時間は十分に稼いだ。

 だが、順調に事を運べたのはここまでのようだ。


「雨露、状況は?」

「推定100名ばかりの賊が炎美門より一気に侵入し、その後東西塀からの増員を許し、現在全兵力をあげて中庭にて応戦中」

「んなことは分かってる!! いつも以上に見張を置いたにも関わらず、何故衛兵隊は侵入を許した!」


 芳しくない状況に、近衛隊副長の苛立ちは顕だ。

 冷静さを欠き、いくら焦りがあるとはいえ、隊の副長ともあろう者が来賓の面前で取る姿とは言い難いな。


「まあまあ、銀蓉殿。落ち着いて下さいな」


 そんな一触即発な二人の雰囲気の間に、恩顔の男が難なく諌めに入った。

 彼は、衛兵隊中将の九垓(くがい)と言う。

 

 近衛隊副長が指摘する賊の侵入を許した大きな要因は二つ。

 一つは至って単純。兵の数が全く足りない。

 皇族専属の警護、来賓の警護、宮殿全体の見張、会場の見張、入国監査……各地駐屯所を設けるだけの余力がないこの国では、桜の来訪に伴って毎年各地方に警備として傭兵を派遣しているらしい。それを完全に賄い切るだけの頭数がそもそもないのだろう。

 保持兵力に見合った妥当な警備配置にしなかった要因も、きっと西国皇帝()の来訪にある。

 そして、侵入を許したもう一つの原因は……


「ここで身内同士争っても意味がない。近衛隊副長であらせられる貴方も薄々お気付きでしょう? 内通者がいることに」

「あの大人数の正面突破を侵入されるまで気付かないとなるとそれ以外考えられん。それも一人二人だけじゃない。少なくとも、開門時に()()()()()()()


 それはつまり、門番がすでに賊の手中にあったか、あるいは殺害されたことを意味している。

 内通者だけではない。兵の中には賊側に寝返った可能性さえもあり得る。


「敵味方の判断がつかない中で下手に動いても奴らに手の内を明かすようなものだ」

「じゃあ何だ。このまま籠城するとでも言うのか!」

「そう捲し立てるな。既に他の奴らに状況は伝えてる。まー、誰からも返事はねーけど」

「よもや既に殺られたわけではあるまいな。お前達、衛兵隊の五人の将軍は賊共に顔が割れているのだ」

「大丈夫だろ? あー……でも蒼波(そうは)は微妙。そろそろ飯の時間だから」

「ふざけるな!!」


 こんな非常時に飄々としている雨露の態度に、荒々しい形相で彼を睨みつける銀蓉。

 むしろ、冷静に状況を呑めているのは雨露の方と言えよう。


「万一にでも攻め落とされてみろ。お前の首一つでけじめ取れると思うなよ!!」

「ははっ! かわいいこと言うなぁ〜、坊っちゃんは」

「舐めてんのか!!」


 雨露の煽りに我慢の限界を突破した銀蓉が、ついに雨露の胸ぐらを掴んだ。

 賊の術中にハマり、誰が味方か分からない中、兵士同士の連携が取れない。挙句の果てに、護衛担当の責任者である二人の喧嘩に、周囲の不安の波紋が広がる。


「かあさま。こわいよお」


 その不安は姫君達にも当然伝わり、最年少の花琳姫に至っては今にも泣き出してしまいそうである。


「銀蓉殿、姫君達の御前です」

「黙れ、九垓。やる気がないなら戦わずして今ここで死ね」

「舐めてんのはテメェだろ?」


 不意に、雨露の声色が変わった。

 

「戦場を舐め腐ったバカ共の尻拭いを、俺の雁首如きでけじめつけようなんざ、考えが甘ぇってんだよ」

「ッ……!」


 開いた瞳孔で静かにかけられる雨露の圧に、銀蓉は少したじろぎを見せる。

 相互に連絡を取ることができない状況の中、ここまで仲間に確固たる信頼を置くとは、兵の大将としては大した肝だ。

 しかし、その信頼が必ずしも報われるとは、限らない。

 

 ――「喧嘩ー? 仲直りさせてやろうか」

 

「「!!」」


 その胴間声に、体の奥から激震が走る。

 真新しい血飛沫を浴びた筋肉質で見事な体躯と、血が滴る刀を片手に単身で謁見の間に乗り込んできたのは、盗賊の頭領格と思われる男。そして、彼の左腕には……


「お主、その娘!」

「話をさっさと進めるための、あんたへの手土産にってな、尊陛下」


 連れて来られたのは、先程演舞の中央で剣舞を踊っていたあの娘だ。

 この瞬間、人質のセンスも含め、事態は最悪を極めたと言ってもいい。

 

「狙いは私だ。その娘を離しなさい!」

「いいぜ。ただし、お前らが大人しく俺の言うことを聞くならな」


 東国皇帝相手に、男は勝ち誇った顔を向ける。

 無理もない。東国のような弱小国家の皇族にとって、貴族を人質に取られる以上に、一般人を人質に取られる方が致命的だ。

 仮に男の要求に応じず、あの人質が殺されでもすれば、間違いなく東国の皇族は一族ともども終わる。

 なぜなら、皇族を支える大きな基盤は国民の信頼と信用だ。力がない国になればなるほど、その比重は大きく、国民がより身近に感じる同身分の命が失われる方が心象が悪い。


「野郎は全員武器を捨てろ!」

「チッ」


 さすがの上将も、ここで初めて顔が強張った。

 男の死角になるような位置にいる人間もいない。腰の刀に手を掛けようものなら、人質の頸動脈に当てられた小刀がすぐに振り切られてしまう。

 

「雨露、ここは言う通りにした方が良さそうですよ」

「分かってる、よ!」


 ガシャン!

 

 近衛兵を含め、その場の全員が頭領の言いなりに投降し、状況は着実に賊側へ有利に傾いて行く。


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