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第二章 優美なる後宮



 宮殿内が賊の襲撃を受けていた頃、まだその旨を知らされていない後宮は、非常に優美な時間が流れていた。


「フフ。約束の時間までもうすぐね」


 間近に迫る西国皇帝との茶会に期待を胸に膨らませながら、第二皇女の美友は、後宮の桃の花園の中で食後のひとときを過ごしていた。

 予てより、第一皇女の紅花への対抗心を燃やし、今最も勢力がある西国皇帝の花嫁になることを夢見ていた美友にとって、今日の茶会は人生をかけた大イベント。

 普段から派手好きで有名な彼女の服装や装飾も、今日は一段と華やいでいる。この日のために、新たに仕立てた薄桃色の長衣を纏い、それに見合う希少な藍玉をあしらった蝶の簪を、行商に特注で取り寄せさせるという気合の入れよう。


「婚姻式の花嫁以上に準備を整えて、可愛くしたんですもの。会った瞬間、頬を染められるに違いないわ。西国皇帝陛下に婚姻式へのハードルを上げてしまっていたらどうしましょう!」


 自身の美しい姿に惚れた西の王が求婚するという空想を、美友が楽しんでいたその時だった。

 

「キャーーーーーー!!」


 ガシャン!!


 突如聞こえてきた、尋常じゃない女性の甲高い悲鳴と何かの破砕音に、思わず美友は宮女達と目を見合わせた。

 

「……何? 今の叫び声」

 

 聞こえてきた方角の先にあるのは、第四皇女の鈴麗がいる檀瑶宮。


「もしかして、何か起きたのかしら?」


 普段は温厚で大人しい鈴麗の宮から聞こえてきた断末魔に、何故か嬉しそうな反応を見せる美友。

 

「め、美友様? どちらに」

「普段良い子ぶってるお姫様が荒ぶるなんて面白そうじゃない!」

「美友様!? 危険やもしれません! お待ち下さい!」


 侍女達の制止を聞かずして、美友は野次馬根性に駆られて檀瑶宮へと駆け付けた。

 桃の花園から檀瑶宮までは、花道を一本通った突き当りを右に曲がればすぐに着くほどの距離にある。

 

 木の陰に隠れつつ、静寂に返った檀瑶宮の様子を外から伺った。


「変ね。近衛隊がいないわ」

「美友様、戻りましょう!」

 

 宮の入口にいつも駐在している見張りの近衛兵達がいない事に気付いた美友は、訝しげに感じた。何より、ただならぬ宮の異変が気になって、彼女は様子を伺い続けた。

 すると次の瞬間、宮の丸窓の障子に、内側から血の飛沫がビシャッと勢いよく飛び散り、一瞬で障子の大半が赤に染まった。

 

「きゃーーーーーーーー!!!」

 




 

 

――「お、お止めくださ……」


 事態は、鈴麗の創作の作業部屋で起こった。

 突如侵入してきた男により、自身を庇った侍女が目の前で殺されたのを目の当たりにした。

 その恐怖から逃げようとしても、恐ろしさのあまりに腰が砕けて立ち上がることが叶わず、椅子から床に崩れ落ちた。

 

「貴方が、鈴麗姫でございますね」


 男は、返り血を浴びた笑みで、恐れ慄く鈴麗に紳士的にお辞儀をして尋ねる。


「あれ? そういえば姫様は耳が不自由なんでしたっけ? これは失念。雲嵐様から事前情報で聞いていたのに、書くものを忘れてしまいました」

 

 聴覚機能が弱い鈴麗であったが、読唇ができたため、彼が何を言っているのかは理解はできた。

 しかし、目の前の恐怖にか弱き姫が声など出せるはずもなく、ただ子兎のように震え続けた。


(どうして、誰も……助けに来てくれないの!)

 

 近衛に助けを叫んだが、すでに彼の手にかかっているのか、誰も駆け付けてこない。

 いや、駆けつけたとしても、近衛(彼ら)では太刀打ちできない。

 神々しく光る金色の髪に、月光を閉じ込めたかのような強い金色の瞳の色、そして、その瞳の中に浮かび上がる、三葉の紋様。紛れもなく、桂人である何よりの証拠だった。


「あ! そうか! これで代用しましょう」


 足元に流れる、先程殺した侍女の血を見て閃いた彼は、指に血をつけ、床に血文字で文章を記し始めた。 


『お初にお目にかかります。我の名は鬼月。これより、貴方様には質となり、我と行動を共にして頂きます。質と言っても言う通りにして頂ければ、そこの侍女のように不要に殺生を行うつもりはございません。あくまで貴方様の役割は』

「嫌、来ないで……」


 徐々に距離を縮めてくる彼から、少しでも距離を取ろうと、動かない足を引きずって後退る。

 それでも、狭い室内で逃げられる場所なんてものはなく、すぐに冷たい壁が背中に触れた。


「お願い、助けて……!」


 悲痛な叫びとともに、一筋の涙が鈴麗の頬を伝ったその時だった。


「うーわ。やることグッロ」

「!!」


 突如として、背後から聞こえた声に鬼月の手が止まる。そして次の瞬間、顔が壁にめり込む程の渾身の一撃が、彼を襲った。


「あ……」

 

 そこに佇んでいたのは、虚ろな目の下に大きな隈を携える、生気のない、死んだ顔をした中年男性。


「戊、戊藩さん!」

「姫様、こっちに。邪魔にならないようにさっさと外に逃げて」

 

 戊藩に手を引かれ、鈴麗はすぐに部屋の外へと逃がされた。

 

「戊藩ですか。まさか貴方にこんなに早く気付かれるとは思いもよりませんでした」


 態勢を整え、鼻血や唇から出た血を雑に拭いながら鬼月は言う。

 

「ウチのお嬢の采配を甘く見た結果だな」

「私の予想では、炎美門の囮に貴方方が気を取られている間にお姫様を回収する予定だったんですがね。この早さでは囮は早々に見破られていたのでしょう。だから私は素直に人員を二つに割いたほうがよいのではと」

「相変わらず話が長い。思ったことを全部言う非効率な話し方、直したほうが良い。嫌われる」

「やれやれ。爺は若人の話に耳を傾けようとしないから困る。尤も、思考の狭さと視野の狭さが比例する点においては非常に好感が持てますが」

「!!」


 鬼月が不敵な笑みを浮かべたのを合図に、戊藩が背後から感じた――強い殺気。


「老害、伐採でござる!!」


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