第二章 種まき
翌日、予定通り蜜京地区の下級貴族 黄邸にて、近衛隊の指揮により一斉検挙が行われた。
「わっほい! 出〜るわ出るわ。物証の宝庫だな、これ」
捜査によって押収品が、次々と屋敷から外へと運ばれる。
医療器具や生薬の他、書物関係も合せて優に100は超えていた。物証のみならず、医療詐欺に協力した者、黙認した屋敷の者達もまとめて捕らえられ、お縄に掛けられている。
塀上からその光景を見ていた汀州は、思わず感嘆を吐いた。
「たかが紙切れ一枚の免許を持ってねーだけで、人を助ける器械が犯罪道具に変わっちまうんだから。世の中って世知辛いよなぁ」
「汀州、サボるな!! ちゃんと働け!」
塀下から油を売る汀州に怒号の一喝を入れたのは、今日の検挙の指揮官として同行した銀蓉。
「うっせーなぁ。ちゃーんと仕事してっから塀にいるんだろうが」
「まだ主犯の黃 智良の身柄を拘束できていない。屋敷内にいることは間違いないんだ。逃げられないよう、ちゃんと見張れ!」
「じゃあ捕縛したら実験していい? 回収された生薬の効能を検証したいじゃん?」
「今回は近衛の要請だ。貴様に拷問の権限はない!」
「うわぁー、もう一気にやる気なくした。嘘でも『いいよ』って言ったら秒で捕まえたのに〜」
「いらん!!!」
汀州の挑発にまんまと載せられている銀蓉は、耳まで赤くなるほどに頭に血が昇っていた。
「いたぞーーーーーー!!!!!」
「「!!」」
その時、屋敷中に智良を見つけたことを知らせる近衛兵の声が響いた。
急ぎ、二人は声を追う。
主犯の智良がいたのは、物置部屋と思われる小部屋だったのだが、何か様子が妙だ。
「何やってんだ、あいつら」
智良を見つけたにも関わらず、発見した近衛兵二人は、部屋に一歩足りとも入らず、何故か入口で刀を構えるのみで、捕縛を踏みとどまっていた。
「どうした!」
「銀蓉様、それが……」
視線を外さず、怯えた声を出す近衛兵。
様子がおかしい彼らの視線の先には、何もない部屋の真ん中で、天井を呆然と眺め立ち尽くす、中年男性の姿。
「近衛隊だ。黄 智良だな? 医療詐欺の容疑で身柄を拘束させてもらう」
「……」
銀蓉の呼びかけにも反応はない。安定しない立ち姿で一点を仰ぎ見る虚ろな後ろ姿は、何かに絶望しているというよりは、違法薬物に身を落とした人間に近しい感覚を感じ取った。
「おい」
「宇宙改革を目論む反乱君主は泥人形に仕える名手」
「!」
「影絵に秘匿された暗号の解読には、子どもたちの童唄に戯れる蛙達の協力が必要だ。蟷螂に寄生する針金虫を腸から引き摺り出し、指甲套を身に着けたる貴婦人の腹に再受精させたれば、勾配高き自尊心は泡沫の如く、入水で水子を産み落とせ!」
突然不可解な言葉を連ね、発狂に近い叫びを上げる異常性の高さ。何をするのか動きを予測できない奇妙さに、四人の兵士は完全に気圧されてしまった。
「急になんだ?」
「さっきからずっとこんな様子で、急に話し出したかと思えば、全く会話が成り立たないのです」
「無理に捕らえようとすれば金切り声を上げて咬み付こうとして、何がなんだか」
「だからって城に持って帰るには、捕縛しねーわけには、行かねぇだろ!!」
「待て汀州!」
構わず汀州は抜刀し、智良に斬りかかろうとしたその時。
『月は、華を手折る咎人也』
「ッ!」
桂人でもない智良が、突然の月華の詠唱を唱える。その時、初めて智良は汀州達をその目に捉えた。
「汀州!!!」
こちらを見つめる智良の目には、はっきりと三葉の紋様が浮かび上がっており、はっきりと金色に輝いていたのを汀州も見逃さなかった。
――黄邸宅で大規模な爆発が起きたのは、そのすぐ後のことだった。
ドゴォオオオオォオオオン!!!!
謎の誘爆によよって、屋敷全体は跡形もなく全焼した。地響きを引き起こす程の爆発によって、隣家にも炎が燃え移り、蜜京地区では半鐘の音が鳴り響いた。




