第二章 西の王の秘密
「香月」
ある日の夕暮れ時、兵部で書類仕事を終えて護衛業務へ向かおうとした道中、香月は雨露に呼び止められた。
「おう! お疲れ〜ぃ。どうした? 正装格好して」
「お前は今から西国皇帝の所か?」
「そう。今日は夕勤」
「最近どうだ? 護衛の方は」
「つまんない。護衛の時間長すぎ」
「半分は自分で撒いた種だろーが」
言われてみればここ最近、香月は護衛の仕事が詰まっており、兵部には合間に戻って、書類仕事を済ませるため執務室に引きこもり状態で、雨露達とはしばらく顔を合わせていなかった。
「そういえば、西国皇帝の面白い話があるんだけど、聞きたい?」
「あ?」
雨露の興味を引くよう、香月はわざと焦らした言い方で、ニヤッと笑って見せた。周囲を軽く警戒し、香月は雨露に近づき耳打ちで話し始める。
「実はな、西の王って――全然女に耐性がないんだぜ」
「・・・は?」
周りを警戒して特別感を漂わせ、細やかなドキドキ感を演出した割に、雨露の口から出てきた言葉は、とんでもなく気の抜けた一文字のみ。
「それ、どこ情報?」
「この前、王が怪我したから手当のためちょっと手に触れたんだけどよ、耳の先まで真っ赤にして、終いには逃げるように先に帰りやがった」
衝撃の事実に、雨露の開いた口が塞がらない――香月はそう思った。
香月がなぜ、王が女への耐性がないと勘違いを持てたのか。その背景には、幾人もの男共の下心を、ものの一時間で打ち砕いてきたという、男にモテないという自負があったからだった。
はっきり言って、香月は顔は悪くない。可愛くて紅一点の香月は、毎年新兵の入隊日、訓練漬けと禁欲の日々に絶望する新兵達の蜘蛛の糸のような存在だった。
しかし、生来の素行の悪さ、顔に見合わぬガサツさと、男勝り過ぎる性格だけで七割が幻滅。それでも折れない男共は、入隊日に行う実力審査……つまり、将軍階級との一騎打ちで、肛門に木刀をブッ刺すことで玉砕するにしてきた。
恋心を潰えても、恐怖心だけは残す。これが、衛兵隊に入隊した新兵達への最初の洗礼となった。
(坊々で大切に育てられてきたが故の悲しき性か)
そんな「女としての魅力」をすべて金繰り捨ててきた彼女に、本能的に手を触れられた程度で赤面することは、紛うことなく女性への耐性の無さを証明となる――と、香月は結論に至った。
「あの調子だったら、ワンチャン汀州も逆玉狙えるかもな。あははは!」
「一応聞くが、香月ルートを開発した可能性は?」
「いやいやいや。数日一緒にいてまだあっしを女と認識してる時点で、どこまで初心なんだって話」
「自分で言ってて悲しくならねーか?」
「あんなんでウチの姫達の心を射止められるのか心配になってきたぜ。まあ、美友となら、相性はまだ良いかもしれねーけど」
物への執着が強い第二皇女の美友なら、グイグイと積極的に王にアタックするに違いない。初心で奥手な西の王とはバランスが持てるだろうという魂胆である。
「まあ頑張れよ。お前の任務終了したら飲みに行こうって汀州が言ってたぞ」
「えー♡ じゃあ頑張っちゃおー」
体育会系ということもあり、兵部の人間は飲み会好きだ。昔は、5人でよく飲みに行っていたが、今は5人が揃ってまとまった時間を確保することが難しくなり、滅多に集まれなくなった。
ちなみに余談だが、5人中4人はその酒癖の悪さから、飲み会は明朝になって雨露から説教を喰らうまでが定番の流れとなっている。
「で、雨露はこれからどこに? 正装なんて珍しい」
東国の兵服は耐久性重視で作られており、生地が硬く、非常に動きづらいため、好んで着用をするのは体裁を気にする近衛隊くらい。
本来であれば、客人の護衛任務に当る香月も兵服を着るべきだが、なんせ西の王は頻回に街に繰り出す。還って、お忍びで来ている彼の身分を明かしてしまいかねない故、訓練着での任務に予め承諾をもらっているのだ。
「これから客人の接待。朝帰りだな、多分」
この時間帯から接待に行って、朝帰り確定ということから察するに、行先は恐らく色街。
城下にある高級妓楼は、よく高官の接待で利用される。香月自身も何回か同行し、座敷遊びに興じたことがある。
しかし、香月も汀州も、妓女よりも顔立ちが整っており、汀州に至っては顔が良すぎて妓女達が自信を無くすことから、楼主から直々に出禁を喰らったこともあるほどだった。
「ハメ外して女に手を出すなよ」
「気分が乗ったらな」
牽制の意も込めて、雨露の肩を叩きながら香月は軽口を叩く。
荷重だるそうな返事で、気怠げに行く雨露の背中を見送った後、香月も仕事に向かおうとした矢先のことだった。
「あ! 少将みーっけ」




