第二章 職場体験
「『刀鍛冶は、鉄を愛し、鉄の声を聞き、鉄を生む、鉄の為の奴隷であれ』」
香月が鍛冶屋を出たすぐ後、子豪は独り言のように呟いた。
「50年前。儂がこの道に足を踏み入れた時、最初に教えられた師からの教訓じゃ。この教訓に忠実に修行を重ねていると、見えるはずのない物が見えるようになった」
「『見えるはずのない物』?」
「――人の心の中に宿る『刀』じゃ」
鉄を語る子豪は、目の色を変え、先程までの枯れ枝のような有り様からは一変。刀鍛冶職人としての貫禄を魅せ始める。
「鉄は人を選ぶ。共鳴できぬ人間に使われれば、本来の力を発揮することはない、意思のある無機物じゃ。持ち主の心の『刀』と、鉄の刀身が似れば似るほど、鉄と人との結びつきは強くなる。その縁を結ぶ者こそが、刀鍛冶の役割。故に、鉄の声を聞けぬ鍛冶に、鍛冶を語る資格などない」
素人には到底理解しきれない、しかし決して幻想を語っているわけではない、辿り着いた者だけが見ることのできる、世界の特異な見え方。
『感覚の世界を知る』それは、本物の職人たる証拠だった。
「……しかし、儂は未だ、あの子に合った刀を見繕えない」
子豪は、悲しげにそう言葉を続けた。
「『あの子』とは、少将のこと?」
「あの娘に宿る『刀』は『異形』が過ぎる。上物の鉄を素人に打たせ、まるでわざと出来の悪い刀を装わせたような変態。今にも折れてしまいそうなのに、決して折れぬ謎の安定感がある刀。いつ、何度見ても、不思議な物を持つ女子じゃ」
香月のことを「不思議」という陳腐な言葉で片付ける。それは、彼自身もどことなく、彼女への近づき難さを感じている証拠。
そこから西の王は、あれだけ子豪と親しげに話していても、香月が自身のことを何も語っていないのだと察した。
「いやはや、年寄りは前置きが長くていかん。若造御三方や、職場見学ならばまずは導入に入るかのう」
そう言って子豪は、重い腰を上げて徐ろに作業場の方へと向かった。そして、5分も経たずしてすぐに中庭に戻ってきたが、その右手には、彼が打ったであろう刀を手にしていた。
「子豪殿、その刀は何?」
「儂の趣味みたいなもんでのう。初めて来た客人には、必ずやらせる儀式みたいなものよ。まずは、これで一人ずつ素振りをしてみろ」
「素振り?」
「ただし、振るのは一度だけ。絶対にその一撃で倒せないと分かっている相手が目の前にいると思って振れ。まずはそこの、女か男かよく分からんの。お主からやってみろ」
子豪は最初に天籟に刀を差し出した。
「とりあえず一回振ればいいのネ」
刀を受け取った天籟は、一呼吸置き、神経を集中させると、いつもの容量で刀を一度、大きく振り切った。
「じゃあ次はお嬢さん」
少し渋った表情を見せつつ、浮光が不安定な素振りを見せた後に、最後に王が刀を握った。
「なるほどのう」
全員が素振りする光景を、子豪は顎髭をいじりながらニヤニヤと笑って見ていた。
「太刀筋には生き様が込められておる。心の『刀』との関係も深い。その者がどういう環境で育ち、どのような思いで人生を送り、今刀を握ることになったのかが凝縮されておる」
「たった一度の素振りで人生が分かるほどの違いなんてあるのかしら」
天籟が聞いた。
「例えば、本物の逆境に立たされたことがない人間は、『勝てない敵』……つまり、恐怖を想像できず、適当に刀を振る。そんな愚か者は、戦場に立ってもすぐに死ぬか、あるいは最初から戦場に立つつもりがないか。いずれにせよ、この国における大きな柱にはなり得んよ」
「なるほどネ」
感心した様子で、天籟が相槌を打つ。
「それを踏まえた上で、お主は――常に弱者の味方でいる、この上なく狂った人間じゃな。人が抱える闇でしか己の腹を満たせれぬ。しかし、その内面を完璧に擬態させるのだから、厄介極まれり。いや〜、大した肝じゃ」
子豪の見立てに、西国の三人は思わず身震いした。まるで予てよりずっと天籟のことを知っているかの如く、たった一太刀を見ただけで、本当に子豪の腹の底を見抜いてしまったからだ。
「で、次にお嬢さん」
名を呼ばれた瞬間、浮光がビクッと肩を震え上がらせる。何を言われるか、不安そうに身体を縮こませながら、浮光は固唾を飲んだ。
まるで、刑が執行される前の囚人のように。
「血は嫌いか?」
「…………き、嫌いです」
いつもの強気な態度からは考えられないほどの弱々しい声で、浮光はたった一言だけ答えた。
「そうかい。じゃあ最後、高貴な若造さんよ」
「もう?」
「一見強そうに見えても、逆境体験に晒された人間の根底は脆いもの。それ故、その脆さを安定させようと何かに依存してしまいがちだが、その拠り所を打ち砕かれたとき、人は簡単に壊れ去る。まずは、何の干渉も受けず、何にも干渉せず、真の己の人生を歩むことだ」
たった一瞬で、正確に人となりを見抜くその洞察力は、見事としか言いようがない。浮光について敢えて深く語らなかったその真意も頷ける。
だからこそ、刀から人を的確に読み取る子豪のその能力を前にして、来儀は聞かずにはいられなかった。
「――少将は、どうやった?」




