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外話 西国皇帝の本懐



 ――「ん?」


 西の王の要望で、衛兵隊の馬車の送迎を断わり、夜の斌区を観光しながら宮殿に戻っていた道すがら。

 香月がふと視線を落とすと、王の右手の甲にうっすら赤い線が入っていることに気づいた。


「陛下」

「ん? どしたん?」

「少し失礼します」

「え」


 王の手を取り見てみると、案の定擦り傷があった。大した傷ではないため、あれだけ物なり死体なりが飛び交っていたため、恐らく破片でも掠ったのだろう。


「埃も舞っていましたし、すぐに清潔な水で洗いましょう。他にお怪我は」

「いい!」


 怒った……わけではなさそうだが、西の王は驚いた様子で突然大きな声を上げ、強引に香月の手を振り解いた。

 

「ですが、傷口から雑菌でも入れば破傷風に」

「大した傷ちゃうし!」

「へ、陛下? どうかされましたか?」


 王の顔が見る見るうちに赤くなる。元々雪肌のように白い肌が、あまりに急速に耳の先まで赤く熱を帯びるため、香月は熱発を疑った。


「首、失礼します」

「へ?」

 

 王の首元に指を当て、熱がないか確認しようとしたところで、再び熱を測る香月の手が振り払われた。


「いいって」

「ですが」

「さ、先帰るから!」

「陛下!?」


 赤面した顔を隠すよう、西の王は逃げるように宮殿の方へ走って行く。

 様子がおかしい彼を斌区で一人にしておけないと、後を追おうとしたところ、王の側近である天籟に引き留められた。


「ここは一旦、あたしたちに任せてチョーダイ。香月サマは先に帰ってて」

「しかし」

「大丈夫。陛下はあたしたちが必ず連れて帰るから、宮殿で先待っててネ」

「かしこ、まりました……」

 

 ここは一先ず、言われた通り、西の王のことをよく知る天籟と世話係の浮光に任せることにした。

 熱もないのに、なぜ王にそのような生理現象が起こったのか全く見当がつかない……ほど、香月は勘が悪いわけではない。


「西の王が、まさかねぇ……」

 



 

 ――――びっ、くりした。


『陛下、少し失礼します』


 突然の出来事で頭が真っ白になり、咄嗟に手を振り解いて逃げてきてしまったことに、王はそれは深く後悔し、路地裏で一人落ち込んでいた。


「こんなところにいたのネ、()()

「なんや、天籟か」

「悪かったわネ、あたしで。今のは流石にマズいんじゃナイ?」

「うるさい。分かってる」


 拗ねた子どものように蹲っている来儀を見て、呆れたようにため息を吐く天籟。

 

「ホンマ、情けへん男やなぁ。好きな人から触られて、嬉しすぎて腰でも砕けたか?」


 追い打ちを掛けるかの如く、浮光が言った。

 香月の前で見せるしおらしい姿ではなく、不敬上等な素の態度で。

 

「ちょっと触られただけで、耳まで真っ赤にする恋する乙女ちゃんじゃ、この先持たないんじゃナイ?」

「お前ら、仮にも主人が落ち込んでんの目にして、慰めもせんと……いくら幼馴染とは言え、こういう時くらい少しは気ぃ遣うてくれてもええんちゃう?」

「タコみいな顔して何言うてんの。ダッサいな!!!」


 慰めるどころか、顔を上げた彼を改めて見た浮光が吐き捨てる。

 とは言え、彼女達が呆れる気持ちも分からなくはない。来儀自身も、たかが手を触れられただけで咄嗟に逃げてしまう自分の不甲斐なさに絶望した。

 今だって、彼女に触られた感触が手と首に残っている。香月の体温に、向けられた視線……思い出せば出すほど、心臓の音がバクバク大きくなって、周囲の雑音が聞こえなくなるほどに耳がうるさい。


 

 ――()は、ずっと香月のことが好きだった。


 

「はあ〜〜触ってくるのはホンマ反則……」


 心の声を漏れ出さずにはいられない。


「どうせやったらそのまま押し倒すくらいの根性見せな! 官僚(どうでもいいおっさん)達との交渉はできるくせして、肝心な時にその外交力発揮させんと。さっきの飲み屋でも、天籟に嫉妬して、器が小さいったらありゃせんわ!」

「こーら、浮光。さすがに言い過ぎヨ。来儀だって頑張ってるの。護衛に乗り気じゃない姫サマが離れて行かないように、さっきだって繋ぎ止めたじゃナイ」

「半年しかないんよ? それもこの恋愛弱者が、たった半年で姫様堕とさなあかんのに、絶望しかないわ!」

 

 浮光の言うことは正論だ。

 しかし、時間の縛りがあれど、8年間片想いしていた来儀の身としては、無自覚な身体接触だけでも刺激が強過ぎる。

 

(ただでさえ、平静を装って話すのでさえも精一杯やのに……)

 

 護衛の件も、一緒にいる時間を確保しようと必死に繋ぎ止めてはいるが、内心いつ辞められてしまうかビクビクしている。

 

「ホントしゃんとしてよな。来儀が始めた計画やろ!」

「……ごめん」


 西国が東国に来た目的は、弱体化したこの国が西国の保護国になるにあたって、半年間に及ぶ調査と準備を行うこと。――しかし、それはあくまで名目であり、本懐ではない。


「次からは上手くやるから」

 

 彼らが東国に来た真の目的は――西国皇帝と東国の姫との婚姻を結ぶこと。

 そしてその姫こそが、来儀が8年間恋焦がれていた、現衛兵隊少将を務める香月元皇女。


「アンタのせいで私のお人形を手に入れられんかったら、絶ッッ対許さへんからな!」


 特に浮光は、香月が妃になることへの期待が大きく、来儀のミスを決して容赦しない。

 香月に並べた護衛の理由は、全部周りや彼女を納得させるために適当に作った嘘。全ては、少しでも来儀の側にいさせるための、ただの口実だった。

 

 ――彼女には、僕のことを好きになってもらう。絶対に。


 

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