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第一章 月は華を手折る咎人也


「さあ、あとはお前だ。浩然」


 最後の一人を仕留める頃には、埃っぽかった店内は、すっかりと血の池地獄と化した。

 残る相手は、月華を持つ浩然のみ。

 

「ハッ。あの愚帝の許可がなければ月華を解放できないくせに、俺を殺ろうってか?」

「安心しろよ。命までは獲らねーよ」

「はは! 生け捕り宣言なんざ、随分余裕だなぁ!!」

「余裕だけど?」

 

 浩然の煽り文句に、香月は表情一つ変えることなく、まるで当たり前のように言った。あまりに当然のように肝が据わった言い方に、「ハァ?」と浩然の表情が大きく歪む。


「拍子抜けだ、少将。お前はこの短期間で、困っている俺様に大いに貢献した。それに免じて、バカなりに俺の隠し駒として利用できれば両腕を握りつぶす程度で済ませてやったものを……。こんな簡単を戦況を見誤るバカは、ただの駒でも役に立たねぇ」

「見誤ってねぇよ。あっしの敵は、一介の兵士ごときに月華を使う()()()。わざわざあっしが斬らずとも、テメェへの()()()は、法の裁きだけで十分だろ」


 月華を使う桂人相手に、減らず口を叩きながら、静かに呼吸を整え刀を構える香月。

 その悠然とした態度は、自身が桂人で、いざとなれば月華を使えば良いという慢心から来るのではなく、――兵士としての矜持そのもの。どんな敵を目の当たりにしようと、背を向けないと決めたからには、必ず討ち取るという覚悟と自信そのもの。


「浩然、あっしを殺してみせろ」

 

 返り血で赤く染まったその身に反し、彼女の琥珀色の瞳は、まるで獲物を狙う虎のようにギラついていた。

 彼女のその煽動に、浩然は一瞬怯んだような表情を見せるが、それを誤魔化すように口角をニィッと上げた。

 

「いい度胸だ。やれるものなら、やってみろ……!」

 

 次の瞬間、浩然の瞳が月光の如く金色の強い光を宿し、その目に三つ葉の紋様が浮かび上がる。


『月は華を手折る咎人也』

 

 これが、月華の能力解放を告げる詠唱。

 髪は、瞳の色と同じ、神々しい金色に変化を成し、三葉の紋様が瞳に映る。子ども姿だった彼の身体は肥大し、上背も筋肉量も増し、大人の男性と同じ姿に。

 だがその姿は、誰がどう見ても人智の域を凌駕していた。増量しすぎた筋肉は、服に留まらず肉までを割いて露出し、肥大した心臓も拍動が視認できてしまうほどの剥き出し具合。その様はまさに、拷問で皮を剥ぎ取られた罪人と同じだ。

 

「俺の月華は、七変化。内臓含む自身の身体を自在に変化ができる能力。増幅させた筋肉を硬化すれば、握るだけで岩をも砕く怪力を発揮する。俺がお前の頭を掴んだ時点で、脳ごと握り潰して終わりだ!」

「うっそー、まさかの肉弾戦? 刀構えて格好つけたのに」

「月華を使って国に殺されるか、今この場で俺に殺されるか、好きな方法で死ね!」


 一度でも身体を掴まれてしまえば終わり。

 浩然が勘定台席の卓を掴んだだけで、卓の木材がひび割れ粉砕し、その粉砕木片を香月目掛けて投げつける。避けた木片は、悉く床や壁に刺さるほどの殺傷性があった。


「あっぶねぇ!」

 

 浩然の怪力度合いを目の当たりにし、あからさまなドン引きの表情をする香月。

 彼女の頭に掴みかかろうと襲いかかる浩然の魔の両手から逃れながら、香月は自身の月華を封じる斜陽石の指輪を取り外した。


「少将! 月華を使うな!!」


 香月が指輪を外したことに気づいた西の王が、焦った様子で叫ぶ。彼も、彼女が月華を使うには東国皇帝の許可が必要であることを覚えていたのだ。


『私を含む衛兵隊の桂人は、東国皇帝の許可なく月華を使用することを許されておりません』


 しかし、西の王の制止の声は、虚しくも浩然が暴れる騒音によって搔き消された。

 浩然が一度拳を振り下ろし、地面を叩いただけで、地響きが起きたかのように家屋全体が大きく揺れる。この調子では、決着が着く前に建物が保たない。それなのに……


「ちょ、おまっ!」


 浩然もそれを分かって、盛大に暴れ回る。道端の石を拾うように仲間の死体を片手で持ち上げ、まるで球遊びをするかのように、死体を千切って豪速球で投げつける。

 香月が攻撃を避ける度、店内の物が壊れた弾みで舞う砂埃が視界を奪い、肉片や脂混じりの血が床に広がって足場も徐々に悪くなる。


「俺を生け捕りにするんだろう?! 早くやれよ!!」


 焦りを急き立て挑発しながら、手当たり次第に死体を投げ続ける。

 だが、それが功を奏し、浩然からは死体に紛れて香月の位置は正確に認知できていないはず。それ故、大体の位置は特定できたとて、死体の重みも相まって、狙いは徐々に正確さが欠けている。


(狙うなら、今!!)


 浩然が投げられる死体がなくなる前に、一気に距離を縮めて、香月は勝負に出る。

 近づけば狙いの精度は上がるが、動きが機敏じゃない分、当たらなければ威力は殺せた。


「オラ"ァア!!! ……チッ。どこに」


 浩然が最後の死体から手を離した瞬間、奴の足元で身を潜めていた香月は、彼の口内を目掛け、ある物をぶち込む。


「んぐっ!?」


 そして吐き出してしまう前に、空かさず鞘を打ち込んで、顔を上げさせ、そのまま飲み込ませた。


「何をウッ!」


 香月が浩然に呑ませたのは――指にはめていた斜陽石の指輪。 

 石の効果で、彼の月華の能力は強制解除され、みるみるうちに肥大した体や筋肉が萎み、あっという間に元の子どもの姿に戻ってしまった。


「な、なんで!?」

「あっしの斜陽石を呑ませたんだ。うんこで指輪が出てくるまでは、月華は使えないはずだ」

「な!!?」

「さーて。『生け捕り』だから、()()()()()()()()いいんだもんな?」



 

 ――その後、衛兵隊が駆け付け、股座を絞り閉じた浩然を無事回収してもらった。

 手柄を立てたと自負し、自慢気に浩然の身柄を引き渡すと、駆け付けた雨露に香月はめちゃくちゃどやされた。説教の内容は主に西の王を巻き込んだということについてだった。

 とは言え、これにて宴襲撃の事件は片が付き、東国のなけなしの体裁を西の前で保つことができたことに、香月は胸を撫で下ろした。

 

「少将。お疲れさん」


 安堵できたのも、束の間のこと。

 王が先導したとは言え、他国の王を戦闘の渦中に引き込んでしまったことは、列記とした責任問題に問われる。

 例え香月に過失があろうとなかろうと、今回のことで彼女には何らかの罰則が下る。

 

「お心遣い痛み入ります。それよりも、陛下の御身を危険に晒してしまった不手際、深くお詫び申し上げます」

「少将が謝ること何もないやん。戦っとるところ、格好良かったで」

「いいえ。陛下を危険に晒すなど、護衛としてはあるまじき失態です。如何なる理由があろうとも、その責任は取らねばなりません」

「まさか……私の護衛、降りる気なん?」


 香月は、少し残念そうな笑みを見せるだけで、それ以上何も言わなかった。――いや……言えなかった。


(っしゃぁああああぁあ!! これでつまんねぇ仕事から解放される! 通常業務に戻れる!!!!)

 

 香月の考えはこうだ。

 西の王を騒動に巻き込んだことついて咎めはあるものの、反乱分子の逮捕に近衛隊の誤認逮捕を未然防止したことへの褒賞は明々にはできないものの、あると思われる。その際、西の王への責任も兼ねて、護衛降任を尊陛下に強請れば、要求が通ると考えた。


(対桂人の適任兵士は第五部隊以外にいないため、多少の不祥事如きで降任は実質難しいだろうが、褒美となれば条件操作くらいは可能なはずだ)


 しかし、そんな浮足気分も、束の間のこと。


「大丈夫。少将、君は何があっても護衛は降ろされへんから安心して」

「・・・・・・・・・ん?」


 予想外の一言に、分かりやすく香月の笑顔が引き攣った。

 

「陛下? それは、どういう……」


 聞きたいようで、聞きたくない。そんな気持ちが香月の声と唇を思わず震わせる。

 

「私が護衛を要望した目的には、実は裏主訴があってな」

「裏主訴、ですか?」

「東国へ来る前、尊陛下にお願いしてたんや。記録や報告の偽装や装飾、梃入れされた架空の国の姿やなくて、記録には載らへん、真の東国の国風を見たいって。それに伴い、この国を細部まで知る案内人になり得て、如何なる状況に於いても戦闘に立てる人物を護衛についてもらうようお願いした」


 つまり、西の王のこの話が何を意味するのかと言うと……


 ――あんの尊陛下(クソ親父)、外堀を埋めていやがった!!


 宮中と宮の外の両方の情報に精通している人間は少ない。

 香月は皇女時代に培った経験のお陰で、その貴重な人材の一人であることには間違いはなかった。加えて役職付の現役兵士であり、月華を有し、いかなる戦闘にも対応できる人材ともなれば、御人の護衛に抜擢しない理由がないことは明白。


「尊陛下が斡旋した人選や。そう簡単には外させへんから安心して?」

「左、様、ですか」


 解任を気にしていると思われている香月への気遣いか、それとも解任を期待している香月への圧なのか。西の王はショックを受ける香月の目を見て、にこりと微笑む。


 ――護衛を辞められない!

 

 並大抵の不祥事では、西の王との縁に終止符を打てないことを悟った香月は肩を落とす。


 『少将! 月華を使うな!!』


 ――……まあ、もう少しくらいならいいか。

 

 始まりは、ただの興味本位で『月華を見せろ』と言っていた。護衛業務も疎かに、他の連中に押し付けて、名前とサボり癖しか知らないはずの自分に、王は「月華を使うな」と命令した。

 「死ぬな」と、あの窮地で桂人になることを止めようと、西の王の必死の顔が思い浮かんだ。……悪い気は、しなかった。


「はあ……っし!」

 

 ため息一つ。西の王の情の厚さに免じ、面倒くさいが、もう少しだけ側に使えることを、香月は腹を括った。


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