第一章 偶然と保身が招いた真実
――他国の皇帝を殺しても罷免になる方法ってないだろうか。
香月はそんな殺意を必死に隠しながら、斌区をうろついていた。
「少将ー、ここで合うてる?」
……西国皇帝達とともに。
(嵌められた!)
元来の予定に沿い、西の王の護衛業務を行う運びとなった。それで、王の外出に同行したまではよかった。しかし、彼が向かった先は、斌区のあの例の古書店。
外出をしたのは、最初から香月に同行するための口実。
(だから外出前に、事細かく事件内容を洗いざらい吐かされたのか)
王の要望とは言え、こんな治安の悪さを極めた場所に連れてきてしまった挙げ句、万が一にでも何かあれば上からのお咎めは免れない。良くて宮廷からの追放、最悪は西国の御人が一度望めば、断頭台送りにされても文句は言えまい。
「それでここからどうするん、少将?」
店は夕方だから開いておらず、周囲に人気もない。とはいえ、この店以外で浩然と落ち合える場所の心当たりはない。
「ここで例の少年を待ちます」
「その手間は省けたらしいで」
「へ?」
「ほら」
そう西国皇帝が指差した方向を振り向くと、そこには、驚いた様子で浩然が立っていた。
・
・
・
「お前1人で調べてるんじゃなかったんだな」
西の王がいるため人目を憚り、店内に入れてもらった。もちろん彼が王であることは浩然には伏せ、母親のことで報告したいことがあるという名目で。
店の中は、外見と客層に違わぬ内装で、近くで見ると店舗家具も全てボロい。机に上げられた丸椅子を試しに下ろそうとするが、脚を持ち上げただけで釘身が剥き出しになるほどグラグラで、今にも壊れそうである。
「それで……報告って」
「その前にほれ。お前が言ってた母親の馬笛はこれか?」
「あ!」
香月が例の馬笛を渡して見せると、浩然の表情が少し解れた。
「これだよ、母ちゃんの馬笛!」
「明林の馬笛に間違いないな?」
「ああ、間違いない! 誰が持ってたんだ? そいつが俺の母ちゃんを利用した犯人なんだ!」
「宮殿内で調べて分かったことは、お前の母ちゃんを利用した奴の正体は厳密には2人。その内の1人は、母ちゃんにその馬笛を贈った、宮中の吏部に所属する丹 燕雀という男」
西の王が馬笛を押した判の模様を見て、思い出したことがあった。香月が最初にあの馬笛の尾の模様に既視感を覚えたのは、以前見た欠員報告書の承認印に押された吏部長の印鑑に似ていたからだった。
それに気づいた香月は、斌区へ行く前に吏部の書類と馬笛の判を照合したところ、南天部分の一部が合致していた。
それから推測するに、恐らく馬笛は、賊と丹を繋げる勘合の役割を担っていたのだと、香月は考えた。
南天に入っていた奇妙な線や規則性のない配置は、おそらく対となるもう一つの馬笛の尾に、同様に判が彫られ、契約印代わりに使われていた。
しかし、明林が捕まったことで賊との繋がりの発覚を危惧した丹は、押収された明林の私物からあの馬笛を回収し、口封じに彼女を自殺を装わせて殺した。
「そしてもう1人の黒幕は――お前だろ? 浩然」
「…………は?」
香月が語る衝撃の真相に、その場にいた全員が言葉を失った。たった一瞬の静寂が長く感じてしまうほど、思い空気が漂う。
「少将、どういうこと? 母親の死に加担した、ってことなん?」
「いいえ、来儀様。そもそも、始まりから全て間違っていたのです。『母親』なる像など、最初から存在していなかった。全ては、宮廷内で探し者をしてくれる傀儡を手に入れる為の、『嘘』だった」
明林は、浩然の母親ではない。いや、そもそも明林は『母親』ですらない。
そう仮定すれば、すべての辻褄が合う。
「もう化けの皮は効かねーよ、浩然。お前が、賊の頭領なんだろう?」
「何を言う、香月。俺が頭領?」
浩然は、わざとらしく困った顔を見せてシラを切った。
「ガキが盗賊の頭なんてできるわけねーだろ! 馬鹿か!」
「ガキじゃねーだろ? お前」
「は?」
「見た目は誤魔化せても、目の色までは変えられねーもんな。お前は、あっしと同じ、月光の瞳を持つ者。特徴的なその矮躯も、そこまで極めればガキと変わんねーもんだ」
以前、香月が西の王に説明していたように、桂人にはいくつかの身体的特徴がある。
1つは、誰もが恐れる人智を凌駕する月華と呼ばれる不思議な力を宿していること。そして、上背が高くないこと。
――もう1つは、月光を閉じ込めた様な琥珀色の瞳。
「……チッ。バレねぇと思ったのによ」
見た目はガキのままだが、冷めた笑みを浮かべながら浩然は観念した。
「最初っから無理があったんだよ。馬笛がないだけで、ただのガキが『盗まれた』って発想ができることにな。それにガキが固執するなら、形見である馬笛を取り返すか復讐目的が自然だ。だが、お前は最初から母親を利用した貴族を特定することだけに固執した。だからずっと引っかかってたんだ」
「そうだ。お前が俺の話に食いついてもらうためには、確実に釣れる餌を用意する必要があったからだ。宴の黒幕を特定できるという利点がな」
「知らなかったんだろ? 協力関係にあった貴族がどいつなのか。顔を繋いでいたのはいつも副頭領だったらしいからな」
「向こうは、名前も明らかに偽名を使っていたからな」
そしてその副頭領が処刑された。契約の証である勘合も手元になく、自力での特定は不可能に近かった。だけど、失敗に終わった計画を立て直すためには、もう一度丹と繋がる必要があった。
しかし、丹はそうは行かなかった。計画が失敗したことで、自身が黒幕であることがバレるのを恐れて、早々に盗賊との縁切りを始め、無関係を装った。
「明林が死んだおかげで、綿密に立てた計画がすべて台無しだ。これまでは首謀者だけを処刑し、残党は放置していた。頭をなくした盗賊は成り立たなくなり、自然消滅することが多いからな。だが、あの愚帝の気まぐれで今回の騒動に限って全員捕らえられた。そこまでは想定内だった。万が一に備え、処刑を免れるために下っ端共には上の情報を差し出すように言っておいた。上に近いやつは拷問に架けられるが、死ぬまでの時間は稼げるからな。だから丹に協力させ、脱獄させる予定だったんだが……」
「ケツを捲った丹が、明林を殺ってしまった」
「そうだ。俺の右腕を殺しても、自作自演してまでも、丹は俺たちとの関係をなかったことにしたかった」
「その馬笛の印から察するに、馬笛自体が勘合代わりにでもなってたんだろ? それが証拠とならないようにするために、丹は部下を使って一芝居打った」
「ご名答。こちらとしては貴族と組むには、それなりにリスクが高いからな。あいつと組む時、言質代わりに誓約書を作成し、誓約印にあの馬笛を使った。その控えを互いに持っている」
「馬笛を盗まれたことにすりゃあ、勝手に印を使われたとほざけば、真実を誤魔化すことができるってわけだ」
「証拠はすべて精算しない限り、俺達に怯えているような腑抜けだからな」
盗賊と繋がろうとする金持ちには、ありがちな話だった。盗賊もそうと分かっていて組んだのだから、すべては承知の上だったのだろう。むしろ、脅迫材料を作ってでも、貴重な駒を逃すまいと思っていたに違いない。
「一つ聞きたい。何故お前は、丹は愚か、賊の前でも身を隠した」
「理由は二つ。お前も同じ桂人なら分かるだろ? 見た目が貧相に見えるとそれだけで単細胞は食ってかかって、取れる統率も取れず手間がかかる。だからいつも、表立った行動は明林に任せ、俺は下っ端の形で内側から統制を図った。もう一つは、今回のように計画が失敗に終わった際、再起の布石を作るためだ」
「布石?」
「上に立つ人間は売られやすい。上が丸ごとやられちゃあ、計画の立て直しはできねぇ。金がないこの国は、首謀者を捕まえて潰しちまった方が圧倒的に効率がいい。味方にも姿を晦ませ、万が一の時に逃れれば賊は離散せずに済む」
「なるほど。じゃあ結局、明林はお前達に利用された事実には変わりないってことか」
「割と気に入ってたんだぜ? 腹の中でガキを殺さなくてもいい国にしたいと息巻いていた、イタイ女だったがな」
明林のことを見下しつつも、彼女のことを語る度に浩然の視線が若干下がって行っていることに、きっと本人は自覚していない。
「丹は今頃仲間が捕獲しに行っている。後はお前を潰せば一手柄ってわけだ」
「丹は捕まんねーよ」
ガタン!!




