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第一章 不服


「少将!」


 刑部に向かう道すがら、聞き覚えのある声で自身の名前を呼ばれたとき、香月はすぐに後ろを振り返ることができなかった。


(げっ!)


 自分の予想に反した人物であることを心の中で祈りながら、強張った表情で恐る恐る後ろを振り返った。

 

「やあ」


 声を掛けてきたのは、偶然にも通りかかった西国皇帝だった。あの側仕えの二人も一緒だ。

 

 (何故ここに西の王が……!)

 

 焦りと混乱を抱きつつも平静を装い、香月は即座に拝礼を行った。

 

「ご機嫌麗しゅうございます、皇帝陛下」

「今私の顔見て、『げっ』って思ったやろ?」

「滅相もありません」


 どうやら顔に出てしまっていたよう。

 でも拝礼する間も惜しい今の香月からすれば、正直、察してしまったのであれば、いっそ早く通り過ぎてほしいと思っていた。


「どこ行くん? いや、その前にどこから来たん? なんか臭うんやけど」

「地下牢獄で収容者の尋問に同席し、これから刑部へ向かう所でございました」

「それなら丁度、自分らも刑部に向かうところやったから一緒に行こ?」

 

 ――神様お願い、嘘だと言って。


「ええやろ?」

「……もちろんでございます!」


 当然ながら、断る理由はどこにもなかった。

 

「ようこそ、西国皇帝陛下! お待ちしておりました!」

 

 陛下が刑部に到着した途端、刑部長(刑部で最も位の高い人物)が腰低く、満面の笑みで出迎えてきた。

 規定・規則に厳格な刑部長は、型に嵌らない兵士達を、いつも所構わず怒鳴り散らかしてた。もちろん、彼の笑顔を見た人間は、兵部の中では誰一人としていない。それ故、陰で付いた刑部長の異名は「閻魔」。

 不意にその閻魔の笑みを目の当たりにし、香月の目は思わずギョッと見開く。

 皇帝に媚びを売るというより、規則が大好きな刑部長にとって、規則を定める側の人間に媚びを売るのは自然なこと。それ故、香月のことなど眼中にない刑部長は、彼女を尻で押し退け、西の王を中へと迎え入れた。

 

 刑部長の人の変わりように呆気にとられつつも、西の王が刑部長の接待を受けている隙にと、香月は急ぎ正威の元へ向かった。


「いらっしゃい、香月さん。この間は折角来てくれたのに、失礼な態度を取ってしまって申し訳なかったね。そろそろ来る頃じゃないかと思って、書類の準備をしてもらっているよ」

 

 この温厚で物腰柔らかそうな男こそが、天使モードの正威。以前の堕天からは考えられない、人格の変わりようであろう。おまけに、不在時に来訪した客の要望を部下から聞きつけ、予め準備をしておくという本来の有能ぶりも発揮している。


「しかし、なぜ香月さんが彼女のことを調べているんだい?」

「きっかけは、母親の冤罪を訴えてきたガキ」

「冤罪? それはないよ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!」


 正威の話を聞き、香月は急ぎ裁判記録を漁り、その時の状況を辿った。

 彼女の素性が判明した理由は2つ。

 1つ目は、彼女が炎美門の門番を拉致して殺害する目撃者がいたこと。その時間帯、彼女が持ち場を離れていた裏も取れていたそうだ。

 そして2つ目は、仲間による裏切りだった。処刑を免れることを条件に、何人かにカマをかけたところ、8人が彼女の情報を易々と漏洩させた。

 だが、仲間に売られても尚、裁判中に明林は何も語らず、弁明さえすることはなかったそうだ。裁判終了後、彼女は拷問に掛けられ、さらにその二日後、原因不明の()()()を遂げた。


「獄中死?!」

「獄中死と書いてはいるけど、本当は拷問が死因ではないかと推測されているんだ。知らなかったの? てっきり近衛隊の鼻を明かすために調べてるもんだと」

「近衛への嫌がらせは魅力的だが、なぜ明林を調べることが近衛の鼻を明かすことに繋がるんだ?」

「重要参考人を死なせてしまったことで、近衛の連中は大変焦っていていね。ここだけの話、内通していた被疑者を早く検挙して帳尻を合わせようと躍起になっているから。だから衛兵にはこの事実、最初から共有していないんだよ」

「ちょっと待て。あっしが謁見の間で殺した、如何にも頭領風情の男は?」

「ああ。あれは違うよ。本物の姿は誰も知らないそうだ。普段、表立って姿を現さないらしくてね。副頭領が頭領の橋渡し役をしていたらしい」


 宴の襲撃を計画的に進めていたのに、顔も知らない頭領の命令を聞いていたというのか? そんな不透明なリーダー像だけで、明林は統制が取れない連中をコントロールしていたと。

 賊共と頭領、頭領と内通者間の潤滑油としての役割。そして、その証となっていたのがこの馬笛だ。盗賊内の全体的な橋渡しを担いながら、宮中に潜伏し、尚且つ母親業もこなしていた。

 それも、長年息子に賊の副頭領であることを気づかれずに? いや、副頭領であることも浩然は知っていて、それでも香月に縋りついたのか?


(頭領は貴族? 浩然は、頭領をあっしに見つけさせたかった? 獄中死であることを実は知っていたから……?)


 ()()()()、まだ繋がり方が綺麗にならない。

 香月は再び馬笛を取り出し、正威に差し出した。


「それは?」

「馬笛。明林の物らしいんだが、見覚えは?」

「見たことないよ。尾の部分になんか彫られてるね。これは……南天?」

「南天?」

「って思ったんだけど、違ったかな?」


 何を見て正威が尾の模様を南天と判断したのか、香月には分らなかったが、南天も朱雀も、東国ではどちらも吉兆の象徴とされていた。


「朱雀と南天、か……」

「家紋のこと?」

「へ!いか」


 考え事をしていたせいで背後から忍び寄る気配に気づかなかった香月は、突如として耳元で聞こえた優しい声に、思わず肩を跳ね上がらせた。


「ご機嫌麗しゅうございます、西国皇帝陛下」


 一方で、驚く香月とは違って西の王が来ていたことに気づいていた正威は、一人しっかりと拝礼を行った。

 

「陛下、なぜここに?」

「少将の方こそ。いつの間にかおらんかったから、探したで?」


 気配を消して近づいてきたこと、許可なく勝手に正威の執務室に入ってきたことなど悪びれることなく、西の王は話を続ける。

 彼の後ろには、王を接待したい刑部長が香月を恨めしそうに睨みつけていた。おそらく、自分がいないことに気づいた西の王が、刑部長の言うことを聞かずに探し回って、勝手にここにやってきたのだろう。それを察した香月は、そーっと刑部長から視線を反らした。


「少将は何調べてるん?」

「西国皇帝陛下、香月少将は取り込み中のようですので、その間刑部の案内の続きを」

「私は今、少将と話してんねんで」

 

 西の王は、刑部長の方を見向きもせずに言った。彼が「関わるな」という雰囲気を放った瞬間、一瞬でその場の人間が凍り付いた。方や、西の王の表情が見られる香月は、自分に対し、その美しい顔で優し気な笑顔を向けたまま刑部長を黙らせた彼にドン引きしている。

 取り付く島もない刑部長は、それ以上何も言うことはなく、拝礼をして黙って引き下がり、正威の執務室を後にした。

 

「少将? 何について、調べてるん?」

「……春暖の、宴での襲撃事件についてです」

「あのスリの男の子?」

「!」

「天籟から報告は聞いとった。明らかにその少年連れてから、少将殿は何かを調べることに夢中になっとったやろ?」

(まあ、側近が主人に何も言わないわけがないか……)

 

 正威の手から馬笛を取り、西の王はそれをじっと観察する。


「陛下?」

「ちょっと、朱肉借りてもええ?」

 

 尾の浮彫の模様を見た途端、王は何かに気づいたのか、尾に朱肉をつけ紙に押印した。

 すると、正威が言ったとおり紙には南天のような模様が。


「判子みたいやなぁって思ったら、この馬笛、ホンマに判子やったんや」

「判……子?」


 それを見た香月は、何か閃いたかのように、ハッとした表情を見せた。


「何か分かった?」

「はい、陛下のおかげです」

「お役に立てたようでよかった」

「私はこれで失礼いたします」


 王に軽く一礼し、香月は足早に執務室を後にしようとした。しかし、香月が扉の方に体を向けた瞬間、西の王が彼女の前に立ちはだかり、行く道を阻んだ。

 

「どこ行くん?」

「外出ですが……」

「少将は勘違いしてはるわ。確か今の時間、少将は私の護衛のはずやろ?」


 突然の晒上げに、香月の顔から血の気が引いた。


 ――ヤバい!


「その外出の用事って、私の護衛よりも大事なこと?」

「滅相もありません。ただ、陛下の安全にも関わることですので、急を要すると言いますか……。護衛は戊藩(ボハン)が代わりに」

 

 衛兵隊第五部隊に所属する内の一人 戊藩。彼も近くでこの会話を聞いているはずだ。

 

「護衛の任に着いてから、ずっと放し飼いされてて……そろそろ私とも遊んでほしいんやけどなぁ?」

「『放し飼い』なんてそんな……しかし今日は、先程陛下も仰られたよう、臭いもしますし」

「へぇ~。少将は私を言い訳にするんや」


 「くそ。的確に痛い所を突いてきやがって」と、香月は心の中で舌打ちした。


「……とんでもございません。ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」

「私が今、少将殿から聞きたい言葉はそれちゃうなぁ」

 

 この時、香月は思った。

 暴力も、怒号も、脅迫も用いない。況してや、金も権力も笠に着せることなく、ただの言葉ひとつで淡々と他人を思いどおりに動かせる人間はそういないだろう、と。


「ぜひ、ご一緒させてください」

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