俺にはヤンデレの幼馴染がいます
俺、柴崎大地は目を覚ました。まだベッドから起き上がらず、目だけを横に向けた。
「あっ、起きた」
そう楽しげな声を発したのはセーラー服を着た女子だった。彼女は手入れが行き届いていない髪を肩まで伸ばし、俺が寝ているベッドのすぐそばに佇んでいた。
俺はベッドから上半身だけを起こした。そして、辺りを見回した。電気は点っておらず、カーテンの隙間から少しだけ漏れる朝日だけが部屋の中を照らしていた。
薄暗い部屋で俺はベッドから立ち上がって、彼女を見つめた。
「なあ、栞里」
「どうしたの?」
俺が呼びかけると、栞里は俺を見てにっこりと笑った。普段は俯きがちで分からないけど、こうして向かい合っていると、彼女の顔立ちは整っていると再認識させられる。
「俺の部屋で何をやっていた?」
「大地君の寝顔を脳裏に焼き付けていただけだよ?」
そう言って、栞里は首を傾げた。その表情は何がおかしいのか分からないと物語っていた。
彼女の名前は富士見栞里。俺の幼馴染である。
「起きるのが遅かったね、大地」
リビングに入るなり、ソファに座っている母さんからそう言われた。俺としては目が覚めたらすぐにリビングに向かったから母さんの言葉は理不尽に思えた。
「いや、すぐに起きたつもりだけど」
「それにしては栞里ちゃんがあんたを起こしに行ってから、随分と時間がかかったようだね」
母さんは怪訝な顔を俺に向けた。その瞬間、俺は悟った。
恐らく栞里が俺を起こしに行くと母さんに言ったものの、実際は俺を起こさずずっと見ていたのだろう。そう犯人(栞里)が言っていたから間違いない。
「すみません、お義母さん。私も一生懸命呼びかけたんですが、大地君が中々起きなくて」
俺に続いてリビングに入ってきた栞里がいけしゃあしゃあと母さんにそう告げた。というか、今、さらっと俺の母さんのことを変な風に呼んでいた気がする。
「栞里ちゃんが謝る必要ないのよ。悪いのはうちの子なんだから」
母さんは栞里に向かって笑顔を浮かべた。そんなやりとりを眺めながら俺はため息を吐いて、リビングにあるテーブルの椅子に腰掛けた。
俺が椅子に座るや否や、お盆を持った栞里が近づいた。
「大地君、どうぞ」
栞里は俺の目の前にお茶碗やお椀を置いた。お茶碗には白いご飯が、お椀には味噌汁が入っている。
「ありがとうな。いただきます」
「うん、召し上がれ」
栞里は俺の隣の椅子に腰掛け、無言で俺を見つめた。じっと見られるのはとても食べづらいが、できるだけ気にしないように食べ進めた。
「美味しい?」
「美味しいよ」
「ふふ、良かった」
栞里は楽しげな笑顔を浮かべた。何故彼女がこんなことを聞いてくるかというと、我が家の朝ご飯を作っているのが他でもない栞里だからだ。
母さんと栞里との間にどういう話があったか知らないけれど、数年前からそうなっている。母さんは朝にゆっくりできると喜んでいた。
「卵焼きもあるから食べてね。今日はだし巻き卵だよ」
栞里は卵焼きが載せられたお皿をテーブルに置いた。箸で少しだけ切って、口に運ぶと、出汁の効いた風味が口の中に広がった。
「これも美味いな。でも、どうして今日はだし巻きなんだ?」
「今日の大地君はだし巻きが食べたいかなと思ったからだよ」
栞里は平然とした顔でそう答えた。どうしてそう思ったのか聞こうと思ったけど、どういう答えが返ってくるか分からなかったため、やめておいた。
「ご馳走様でした」
俺は栞里に見つめられながら、朝ご飯を食べ終えた。じっと見られることを除けば、栞里の作るご飯はとても美味しい。じっと見られることを除けばだけど。
「お粗末さま。食器は片付けるね」
栞里はお椀等を持って、台所へ向かった。
「本当に栞里ちゃんが朝ご飯をやってくれるから助かるわ。早くウチへお嫁さんに来ればいいのに」
母さんはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「何を言ってんだよ、母さん」
「だって本当じゃない。朝起こしに来てくれたり、ご飯を作ってもらったり、これはもう結婚してるでしょ」
「いや、結婚してないから」
そう口にしつつも、母さんから改めて事実を突きつけられるとそう思われても仕方がない。
「それは違いますよ、お義母さん」
台所からリビングに戻ってきた栞里がそう言った。俺はてっきり母さんの言葉に強く肯定するかと思ったから、彼女の反応は意外だった。
「あら、そうなの?」
「はい。私と大地君は今年で18歳になります。『まだ』結婚できません」
何故だろうか、栞里が『まだ』の部分に力を込めているように聞こえた。俺の聞き間違いだろうか。
「それはそうね。じゃあ、その時が来るまで楽しみにしているわね」
「『ぜひ』楽しみに待っていてください」
今度は『ぜひ』が力強く聞こえたような気がする。俺の耳はまだ寝ぼけているに違いない。というか、母さんの冗談を真面目な顔で返さないで欲しい。
なおも会話を繰り広げている栞里と母さんを置いて、俺は学校へ出かける支度をすべく席を立った。
「はい、大地君。お弁当だよ」
学校の昼休みになってすぐに栞里は俺の席へ一直線にやってきた。一応言っておくと、俺と栞里は別々のクラスである。
「ああ、いつもありがとうな」
俺はお礼を言って、栞里から弁当箱が入った手提げ袋を受け取る。
「3時間目が体育だったから、いつもより多めにおかずを入れといたからね」
「分かった」
栞里に俺のクラスの時間割を話した覚えはないが、きっと俺のクラスメイトから聞いたのだろう。彼女が学校で俺以外の人と仲良く話す姿を見たことがないが、きっとそうなのだろう。
「弁当箱を返すのは家に帰った後で大丈夫だよ」
「分かったって。大事に食べるよ」
俺の言葉に栞里は満足そうな顔をして、教室から出ていった。
「本当に大地は富士見さんから愛されているな」
友人である高松浩志は後ろの席、つまり俺の方を振り返って、そう言った。浩志は先程までの俺と栞里の会話を聞いていたらしく、苦笑いを浮かべていた。
「羨ましいなら代わってやろうか?」
「頼むから勘弁してくれ」
浩志は即座に両手を上げた。彼は中学の頃からの仲で、俺と同じサッカー部に所属しているため、俺と栞里のことをよく知っている。もう少し正確にいえば、栞里の異常性についてよく知っている。
「大地はよく耐えられるな。富士見さんから離れようとか考えたことがなかったのか?」
「そんなことは考えたことがなかったな。それに」
「それに?」
「そんなことしたらどうなるか分からないからな」
浩志は「あー」とどこか納得したような声を上げた。
「頼むから富士見さんを怒らせないように気をつけてくれよ。大事な時期だからな」
「おう。って、一応言っておくけど、あいつから何かされたことはないからな」
「そうなのか?」
俺の言葉に浩志は目を丸くした。
「てっきり富士見さんから刃物を向けられたり、監禁されたことがあるとばかり思っていたよ」
「おい、どこの漫画やゲームの話だよ。そんなことはないからな」
昔の記憶を探ってみても、どこぞのゲームのバッドエンドのような思い出は一つもない。
栞里が包丁を手にするのは料理中だけだし、俺が外出する時も必ず見送りに来てくれる。
「むしろ栞里には助けてもらってばかりだ。ご飯を作ってくれたり、勉強を見てもらったり、……まあ、部活のサポートもしてくれるしな」
「そこだけ聞くと献身的で健気な幼馴染なんだけどなあ」
浩志はそこで言葉を切って、続きを言うことはなかった。それでも彼が言わんとしていることは俺には理解できた。
間違いなく栞里は俺に好意を向けているのだろう。それ自体は恥ずかしくもあるが、とても嬉しいことだ。けれど、その好意を示すために行動のベクトルがおかしい。
昔友人の一人から言われたことがある。俺の幼馴染はヤンデレだと。
放課後、俺はサッカー部の練習に参加していた。高校3年生という受験が控えている俺にとって、勉強のことを考えずに体を動かせる部活の時間はとても楽しい。
それに今年の大会で結果を残せたらサッカーが強い大学への推薦をもらえる可能性がある。そのため、今年は今まで以上に身に力が入っていた。
「よし、一旦休憩だ」
コーチからの指示があり、練習は一時中断になった。俺たちサッカー部員はコートを離れ、コート外にあるベンチへと向かった。
「お疲れ様、大地君。これどうぞ」
体操服に着替えた栞里は俺の元へ駆け寄る。その手にはスポーツ飲料水が入ったプラスチックの容器が握られていた。
「ありがとうな」
俺は栞里から容器を受け取り、その中身を飲んだ。先程まで全力で走っていたため、全身が水分を欲していた。水分が体中を駆け巡るのを感じた。
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。大地君の役に立って良かった」
そう言って、栞里は嬉しそうに笑った。ちなみに言っておくと、栞里はサッカー部のマネージャーではない。正規の女子マネージャーはちゃんと他にいる。俺は話したことがないけど。
本来ならば部外者の栞里がここにいるのはおかしいはずだが、部長もコーチも誰も何も言わない。
高校に入学した頃、サッカー部に入ると栞里に話したことがある。その時彼女にサッカー部には女子のマネージャーがいるのと尋ねられた。俺がいると答えた翌日に、彼女は部活動中の俺の世話をするようになった。
それ以来ずっと栞里は俺だけをサポートしてくれる。それ自体はとてもありがたいのだが、当然のように栞里が認められて、いや、黙認されている状況が恐ろしく感じる。
「休憩は終わりだ。次は試合形式の練習をするぞ」
再びコーチの声がかかり、俺はコートに向けて歩き出した。
「頑張ってね!」
「ああ」
背後から栞里の声が聞こえ、俺は彼女の方を振り返って、手を上げた。栞里からの応援されて悪い気はしない。
もう少しで大会が始まる。絶対に大会で活躍して大学への推薦を勝ち取って見せる。俺は決意を固めて走り出した。
とてつもなく痛い。まず感じたのはそれだった。次に感じたのは爽やかにも感じる空の青さだった。しかし、そんな空模様とは裏腹に俺の心は焦燥感に駆られた。それがコートで仰向けになった俺が感じたことだった。
「大丈夫か、大地!」
そう叫ぶ浩志の声が耳に届く。浩志以外の声も聞こえ、さらに、いくつもの足音が地面から背中に伝わって響く。
サッカー部員たちが俺の元へと駆け寄った。俺は起きあがろうとしたが、右足が焼けるように痛く感じた。
「痛っ!」
「無理に動かすな! 今、コーチが来るからじっとしてろ!」
部長の声が響き、俺は言う通りにすることにした。右足から感じる痛みが尋常ではない。最悪なことになった。思わず俺は両手で顔を覆った。
地区大会初戦のことだった。俺たちの高校は運悪く優勝候補の高校と当たってしまった。
試合は激しさを極め、相手の高校との実力差を痛感した。それでも俺たちは諦めずに必死に食らいついた。
その甲斐もあり、なんとか同点まで持ち込んだ。そして、試合の残り時間も少なくなった時、相手の高校にボールが渡った。
ここで向こうにゴールを決められたら、一巻の終わりだ。焦った俺は相手の高校の選手が保持しているボール目掛けてスライディングをした。
その時俺とボールの間に別の選手が割って入ってきたのが見えた。その瞬間、衝撃が俺を襲った。そして、気がついたら、コートに仰向けで倒れ、右足にものすごい痛みを感じた。
全治1ヶ月の捻挫。それが俺に下された診断だった。あの後、俺は救急車で試合会場から近くの病院へと運ばれた。
「捻挫って、試合は? サッカーはどうなるんですか!」
「残念ですが完治するまで控えていただきます」
病院の先生は気遣わしそうに俺を見ていた。治るまでサッカーができない。その事実に俺は足元から崩れそうになった。
頭の中で今までの部活の日々が駆け巡った。けれど、今それは色褪せて見えた。
「それから完治した後もしばらくの間は安静にしていてください。捻挫は再発する危険がありますから」
そう告げる病院の先生の声は随分と遠くから聞こえた。
こうして俺の高校生最後の大会は呆気なく終わった。俺たちの高校は俺が抜けた後、一同奮起して、奇跡の逆転勝ちをし、一躍有名になった。恐らく俺たちの高校はこの先も勝ち進んでいくことだろう。
けれど、そんなことは今の俺にとってどうでも良かった。何故なら、俺が試合に出ることはもうないからだ。
両親も友人もサッカー部員たちも憐れむような目で俺を見ていた。周りの人からそんな目で見られて、俺は固く拳を握りしめた。
これから先どうしたらいいのだろう。俺の高校生活はほとんど部活に費やしていた。将来、プロのサッカー選手になるために大会で結果を残したかった。
その夢はもう叶わない。俺の目の前の道は真っ暗になってしまったようだ。
「大地君?」
ふと顔を上げると、栞里が俺のそばに立っていた。今俺たちがいるのは学校の教室だ。俺は母さんが迎えに来るのを待っている。
「大丈夫? ボーっとしているみたいだけど」
栞里は俺の顔を覗き込んでいた。俺が怪我をしてから彼女は今まで以上に俺の世話を焼いてくれた。
松葉杖なしでは歩けない俺を栞里が支えてくれた。松葉杖があるから大丈夫だと言った俺に「私が大地君の松葉杖だよ」と至極当然の顔で言われたけど。
あとトイレや風呂にも当たり前のようについていこうとした。流石に母さんと俺が必死に止めた。
「いや、なんでもない」
「そっか」
栞里はそう短く返事をした。栞里はより一層俺を助けてくれること以外何も変わらない。
俺が怪我をして大会に出られなくなった時もただ「残念だったね」と言っただけだった。
そんな栞里の態度が有難く感じた。正直ご飯を食べさせようとしてきたり、ベッドに潜り込もうとしてくるのはやめて欲しいが、それを差し引いても怪我をする前と何も変わらない栞里に居心地良さを感じていた。
「それじゃあ勉強をしようか。お義母さんが来るまでの少しの間だけど」
「は?」
困惑する俺を他所に栞里は隣の席に座り、鞄から教科書を取り出した。
「大地君は数学が苦手だったよね? でも、受験には必要だよ。私も教えるから、きちんと覚えようね」
「受験? 何の話だ?」
「? 大学受験だけど」
栞里は首を傾げてそう答えた。何故そんなことを聞くのか分からないという顔をしているが、それは俺も同じだった。
「悪いけど、今はそれどころじゃないんだ。勉強なんてやる気になれない」
「でも、勉強しないとダメだよ」
栞里はなおも俺に勉強させようとしてくる。俺は彼女の態度に少し苛立った。
「うるさいな! どうして、そんなに言ってくるんだよ?」
「だって、大地君は〇〇大学に行きたいんだよね?」
栞里の口から出てきた言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。彼女が言ったのは確かに俺の志望大学だった。その大学はサッカーの強豪でプロの選手を何人も輩出しているところだ。
けれど、今の俺にはそんなところに行く気は微塵もなかった。
「俺がどうやってその大学に行くんだよ? もう推薦なんてもらえないぞ」
補欠どころか試合に出場できない俺が推薦なんてもらえるはずがない。
「勉強して一般入試で入ればいいんだよ」
思わず俺は栞里を見つめた。彼女はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「そんなことできるわけないだろ」
俺は勉強よりもサッカーをする方が遥かに好きだ。俺の行きたかった大学は偏差値も高く、俺の学力では合格することは難しい。いや、不可能だ。
「お前も俺の学力がどれくらいかなんて知っているだろ」
テスト期間中俺は栞里に勉強を教えてもらっている。だから、彼女も俺が一般入試で合格できるかどうか分かっているはずだ。
「大丈夫。大地君なら合格するよ」
なおも態度を変えようとしない栞里に俺は苛立ちが募る。昔から何を考えているのか分からないところがあったけど、今は過去最高に意味不明だった。
「どうしてだよ……」
「え?」
「どうして、そんなことが言えるんだよ!? 俺が、俺なんかができるってどうして思えるんだよ!?」
俺は今までにないほど声を張り上げた。正直俺のしていることはただの八つ当たりだ。
サッカーができなくなったことや将来が不安なこと、周囲から可哀想な人と見られていることに対してのイライラを全て栞里にぶつけている。
そんな自分に対しても情けなくなる。
「……俺はもうどうにもできないんだ。今までサッカーだけを頑張ってきたのに、それがダメになって、一体俺はこれからどうしたらいいんだ」
俺は栞里から顔を背けて、視線を落とした。彼女も俺の弱音を聞いて、何を思うだろうか。
どう見ても俺に好意を持っている栞里が今の俺を見てどう感じるだろうか。幻滅するだろうか、それとも慰めてくれるだろうか。
「大地君は大丈夫だよ」
俺の耳に届いたのは普段通りの栞里の声色だった。そこには残念がる気持ちや憐れむ様子は全く篭っていなかった。
「え?」
俺は再び栞里に目を向けた。彼女は先程俺が声を張り上げた時と全く変わらない笑顔だった。
「大地君は私と一般入試で合格して、大学でサッカー部に入って、そこで活躍する」
栞里は目を輝かせてそう言った。その目には俺だけが写っていた。
「それで、私と結婚した大地君はプロのサッカー選手になって、ワールドカップに出場して、日本を勝利に導く。絶対にそうなるよ」
その時俺は悟った。栞里が俺に対してどう思っているのかを。
彼女は一片たりとも俺を疑っていない。絶対に100%確定的に栞里が語った未来を俺が叶えると信じている。両親や友人、部活の人たち、果ては俺自身さえも諦めていても栞里だけは俺のことを信じ続けている。
それは最早信頼や期待しているわけではない。盲目的で病的で狂気的な俺への愛情からくるものだった。
「だから、大地君」
栞里は俺の肩に手を置いた。俺のことを決して目を逸らさず見つめていた。
「一緒に頑張ろう。私がいつでもそばにいるからね」
俺は栞里と見つめ合っていた。彼女から目が離せなかった。
「どうしてだよ?」
「え?」
「どうして俺なんかのことを信じてくれるんだよ? 俺ができるってどうして信じられるんだよ?」
「大地君はいつも私に格好いいところを見せてくれるから」
俺の問いかけに栞里は間髪入れず答える。
「格好いいところ?」
「そう。幼稚園の時はいじめられている私を助けてくれた。小学校の時は縄跳び大会で引っかかった私をクラスの人から庇ってくれた。中学校の文化祭の時は一人でいる私の手を引いて一緒に回ってくれた」
栞里は頬を染めて俺との思い出を語る。彼女の様子は愛おしいものを抱きしめるかのようだった。
「まだまだ語り尽くせないほど大地君の格好いいところはたくさんあるよ。そんな君ならこれぐらいのことなんて必ず乗り越える」
栞里は当然のように話す。何故なら彼女にとってそれは特別なことでも何でもないからだ。
普通だったらそんな異常な愛情なんて、真っ当な信頼や期待と呼べるようなものじゃないものなんて、拒絶するだろう。
けれど、俺の中には別の気持ちが湧き上がっていた。ようやく俺は自分の気持ちに気づいた。
「栞里……」
「どうしたの?」
栞里は俺の言葉を待っていた。俺が立ち上がるのを待っていた。俺が折れてしまうことは爪の先ほど考えてもいなかったようだった。
そんな彼女の気持ちに応えたいと思った。重苦しい愛情を受け入れたいと思った。俺がどんな風になっても慰めず離れずに俺を信じている栞里に報いたいと思った。
「俺は諦めない。勉強して、必ず〇〇大学に合格してみせる」
「頑張ろうね。それじゃあ、早速だけどやろう」
栞里は満面の笑みを浮かべた。彼女は椅子を俺の至近距離まで引き寄せた。そして、教科書を開いて、俺に見せる。
「なあ、栞里」
「何?」
「お前のことが好きだ。これからも俺と一緒にいて欲しい」
顔が熱くなるのを感じながら、俺は生まれて初めて想いを告げた。そんな俺の一世一代の告白を伝えられた栞里は。
「私も大地君が好きだよ。一生一緒にいようね」
照れた素ぶりも驚くこともせず俺の告白を何事もなく受け入れた。どうやら彼女は俺の気持ちすらも微塵も疑っていなかったようだ。
「あはは。そうだな。そうしよう」
「うん。もちろんその予定だよ」
俺と栞里は笑い合った。二人の笑い声が教室に響き渡った。
数年後、とあるスポーツ雑誌にあるサッカー選手のインタビューが掲載された。
「本日はワールドカップで見事逆転のゴールを決めた柴崎大地選手にお話を伺います。柴崎選手、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「柴崎選手といえば、ゴールシュートはもちろんですが、試合中どんな状況でもチームメイトを励ましていた姿が印象的でした。そんな柴崎選手の心の支えになっているものとは何でしょうか?」
「そうですね。もちろん応援してくれる観客の皆さんもそうですけど、俺の場合は大切な人がいるからです」
「大切な人と言いますと、もしや、最近ニュースになったあのことですか?」
「そうです。俺にはいつも支えてくれる献身的で健気な妻がいます。彼女の期待に応えようと思うと、体から力が湧いてくるんです」




