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戦禍に足掻く【A】

全部で3話の短いお話です。

よろしければ最後までお付き合いください。

 魔力の制御に集中しすぎて、いつの間にか息を止めていた。眼下には黒く焼け焦げた元草原。一部は畑だった土地だ。まだ炎があちこちで燻っている。焦げた地面に点々と転がる塊が元は何だったかは考えないことにして、ゆっくりと息を吐く。


 集中が切れたことで感覚が戻り、遠くの声が耳に届いた。一瞬で広範囲を焼け野原にした私への畏怖……いや、ただの怯えだ。それに嫌悪と蔑みの声。


「これをひとりで、か……化け物だな」

「あいつ、敵国からは『悪夢』と呼ばれてるらしいぞ」

「確かまだ14歳だろ?」

「第三王子も気の毒に。これが婚約者とは」

「しかも孤児だもんな」

「本当に人間なのかねぇ」


 全部聞こえている。魔法士たちは声をひそめる気がないのだろうか。

 私はため息をついて、自分の喉元に手を触れた。そこには厳つい首輪がある。装着した相手を隷属させる、呪われた魔導具だ。


 戦場を見下ろす崖の上。大規模攻撃魔法を使用するために、私はここに連れてこられた。離れて立っている魔法士たちは、ここに人がいることを魔法で誤魔化し、結界を張って私を守っていた……はずだ。


 本当にその必要があるのかは知らない。ちゃんと仕事をしているのかも知らない。と言うか興味がない。


 足音が聞こえた。こちらに近付いて来る。

「エル」

 呼ばれて振り返ると、第三王子のユージーン殿下が立っていた。

「大丈夫かい?」

 気遣わしげに聞かれて、思わず顔を顰めた。


「気持ち悪い。吐きそう。全然大丈夫じゃない」

 見目麗しい婚約者がフフッと微笑む。

「良かった。思ったより元気そうだ」

「どこが?」

 私が睨んでも、ジーンの表情は穏やかだ。

「行こう、エル。もうここにいる必要はないでしょう」









 私が前世の記憶を思い出したのは5歳の時だった。自分に膨大な魔力と神様の加護があると気付いてまずいと思った。私が生まれたこの国は、隣国と戦争中だったから。


 私が力を隠しきることはできなかった。孤児院から少年兵として徴用されて、魔法士としての優秀さがバレて。気付いた時には第三王子の婚約者にされていた。魔力が多い子供を期待されているのだ。家畜の交配みたいに。


 私に隷属の首輪を装着させたのはこの婚約者である。美しい第三王子。持っている魔力はとても多いのに制御に難があって、魔法士にはなれない青年。


 この首輪、実は全然効果がない。私がこの王子様の支配下にあるということを示すためのものだけど、形だけ。


 なんでこんなものを着けているかと言えば、私が一度、王太子を締め上げたから。二度と王家に逆らわないと示さなければ、私は処分されていたかもしれなかった。


 だけどこっちは悪くなかったと思うんだよ。年端もいかない女の子に手を出そうとした変態が悪いだろう。それも弟の婚約者だぞ?


 まだ子供のうちに兵士にされて、まるで移動式の砲台か何かみたいな扱いをされて、味方からも遠巻きにされて、結婚相手も勝手に決められて。それでも、私とジーンとの仲は悪くなかった。


 兵器になんてなりたくなかった私と、王族の地位も権力も欲しくなかったジーン。腹を割って話したら、案外意気投合して、お互いに他の誰かをあてがわれるよりは婚約者でいようということになっている。









「エル」

 ジーンに真剣な顔で呼ばれて、私は周囲に遮音の結界を張った。

「帝国と話がつきそうだ」

「本当に?」


 ジーンはどうにか戦争をやめさせたくて、影で奔走していた。今の国王陛下に退場してもらうことも考えた。けど、ただ玉座に座る人間を入れ替えただけで、和平が結べるかどうか。


 だから大国を頼った。後ろ盾が欲しいと頭を下げた。帝国の庇護を受けることで、この国の土地と人を守れるかもしれない。ついでに王子であるジーンも生き延びられるかも。


「ただ……帝国の協力を得るなら、僕が国王になることが条件だ」

「やっぱりね」


 交渉をしたのはジーンだし、信用を勝ち取ったのもジーンである。帝国があの王太子の後ろ盾になるはずがない、当然の話だろう。


「血塗れの茨の道だ……ついて来てくれる?」

 それはこのまま私を伴侶にするということか。

「私は殺しすぎたでしょう。なのに、王妃なんて」


「エル、エルヴィラ。僕には君だけだ」

 この王子様、いつからこんなに私に執着するようになったんだろう。


 私はそっとため息をついた。

「そこまで言うなら、側妃も愛妾も持たないんでしょうね?」

「もちろん」


「あなたの親兄弟なんだから、私にだけ働かせるつもりはないよね?」

「当然だろう」


「その偽装ももうやめるんだよね?」

 ジーンの視線がわずかに揺らいだ。

「…………偽装って?」

 私は婚約者を睨んだ。


「あんた本当は魔法使えるでしょうが。わかってんのよ」

「え? いや……え。いつから」


「いつから、なんて覚えてないけど。私の隣に立ちたいって言うなら、あんたもちゃんと血塗れになりなさいよ」


 優しい第三王子が泣きそうな顔で笑った。

「エル……ごめん、ごめんね。もう殺さなくていいとは、僕は言えない。けど……」


 これから国王になろうという王子が、眉を下げ情けない顔で懇願してくる。

「……僕も一緒に背負うから。お願い、僕の隣にいて。君が必要だ」


「ああもう。仕方ないなあ」

 抱きついてきた青年の背中をさすった。

「お互い安眠はできないだろうけど、隣には居てあげる」


 私はこの顔の綺麗な王子様に、とっくに絆されていたんだ。共犯者になってもいいと思うくらいには。






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