プロローグ
「ただいま、シュウ」
「我が主よ、おかえりなさいませ」
我は土人形。
主の土魔術によって創られた存在である。
土人形といっても、我は完成度が高い。
見た目は少年のような姿で、人間とほとんど見分けがつかないほど変わらない。
我はかれこれ二年ほど、主に仕えている。
主に仕え、生涯を共にし、時には命を懸けて護る。
それが我が使命で、たった一つの存在意義だ。
しかし主は、頑なに我を戦いに連れてはいかない。
「いってて…シュウ。背中の傷、処置してくれるか?」
「承りました」
主は今日もボロボロだ。
職業は“冒険者”とやららしい。魔物を狩り、その成果で報酬を得る仕事だという。
我が願うのは、ただ主を護ること。それなのに、主はいつも自分だけ傷だらけで帰ってくる。
救急箱を取り出し、服をめくる。
そこには痛々しい、深く鋭い裂傷。まるで獣に引っかかれたような傷跡があった。
あの日のことが脳裏によぎる。
暗い雨の日、森の中で大型の魔物に遭遇した。
クマのように大きな体に、鋭い爪と眼光。
「ぐあっ!!」
魔物は走る主の背を裂き、辺りの土に血を滲ませた。
「逃げろ、シュウ…!」
主は唇の端をゆがめ、命じるように言葉を紡いだ。
我はこれまで主に背いたことはない。
胸が熱くなり、雫が頬を伝った。
この時、我の中で何かが崩れた音がした。
腰にこさえた剣を手に取り、無心で振るった。
一閃、また一閃。
いつもは鉛のように重い剣が主を想えば軽く思えた。
血が舞い、散る。
気づいた時、そこには巨大な魔物の屍と、肘から先が失われた左手。
右手に持った剣を納め、我は急いで主に駆け寄る。
『初級土創世魔法 ドン・クリエイト』
主は我に向けてその魔法を使い、我の左手を創世してくれた。自分の傷の具合も省みず。
主も大変な状態なのに。
指摘すると、主は微笑んで言った。
「大丈夫。俺のしたかったことだから」
「…ありがとうございます」
これまで誰も見た事のない、土人形の目から滴る雫。
主はそれを目の当たりにした。
「不思議なやつだな」
微笑んで、頭を撫でた。
その温もりを今も覚えている。
確かに土でできたはずのこの胸が熱を持った。
奇跡か、はたまた魔術か。
「…シュウ?」
「!申し訳ありません」
「ああ、いいんだいいんだ。傷の具合はどうだ?」
「……深いです。かつての傷が開きかけてしまっているように見える。回復魔術を使用します」
「え、いやそこまでじゃ──」
「使用許可をお願いします」
「…分かった、ありがとう」
両手を傷にかざし、目を閉じて呟く。
『中級回復魔法 メガヒール』
柔らかな光が包み込み、傷口がゆっくりと閉じていく。跡も残らないほど、傷は完全に癒えた。
「温かいな、シュウの魔術は」
「お褒めに与り、光栄です」
そのまま、主は倒れ込むように眠ってしまった。
そんな主をそっと抱きかかえて寝床に運ぶ。これもまた、我の仕事だ。
「おやすみなさいませ」
呟いて、静かに家を出た。
心地いい夜風が吹いている。
いつもより少し冷気を帯びていた気がした。