第9話:反物質、終わりの始まり
第9話として、フィフとメイソンの静かな緊張感と決意の芽生えを軸に描写しました。
【小規模な爆発】
防災センター執務室の壁に設置された大型ディスプレイの警告灯が、突如赤く明滅した。
音量が自動的に上がり、アナウンサーの焦った声が空気を震わせる。
> 「速報です。セレナード市近郊、第四鉱山セクターDにて、小規模な爆発事故が発生しました。現時点では死傷者は確認されていませんが、事故は反物質の保管エリア付近で起きた可能性があり、詳しい状況は調査中です……」
ディスプレイの映像が、遠巻きに黒煙を上げる鉱山施設を映す。ぼんやりと揺れる陽炎の中に、崩れた鉄骨と焦げた搬送ラインの影。
その映像を、メイソンは一言も発せずに見つめていた。
「……やっぱりこうなったか」
低く、呟くような声。唇を噛み、拳を握る音が室内に微かに響いた。
その隣で、フィフが静かにデータパッドを掲げる。
「マスター。初期報告です。爆発の規模は限定的。死傷者は確認されていませんが、反物質保管区画の一部が損壊。安全封鎖は起動済みです」
「原因は?」
「現場から回収された通信ログでは、防護箱の磁気ロックに異常が確認されています。……“老朽化”とされていましたが、実際はコストカットによる型落ち品の使用が疑われます」
メイソンの眉間が歪む。
彼が長年、警告してきた事態が、ついに現実になった。
【立ち上がる意志】
「……簡易な防護箱で、安全性が確保されるわけないだろうが。現場は何度も訴えてた。それを握り潰したのは、誰だ……! 政府のバカどもか、企業か、それとも両方か……!」
吐き捨てるような言葉に、フィフがそっと横に立つ。
その動きは、まるで傷ついた人間を庇うように自然だった。
「マスター。現場の詳細データはこれからAIシミュレーションにかけます。熱量、振動、磁場の異常波形……それらが揃えば、次に起こりうる事象も予測できます。……私と一緒に、現場解析を始めましょう」
彼女の声は、まるで“決意を編み込んだ絹糸”のように静かで優しい。
だがその瞳は、どんな緊急事態にも向き合う覚悟を秘めていた。
「……ああ。やろう。街のために」
メイソンは深く息を吸い、フィフの言葉に頷いた。
【現場映像と過去の記録】
センターのシミュレーションルームにて、巨大な立体投影が起動する。
爆発が起きた瞬間の保管庫の映像。
温度の上昇、磁場の歪み、震源地点の爆風パターンが順に重なっていく。
「このパターン……通常の反物質反応ではありません」
フィフが僅かに目を見開く。
「マスター、これ……不安定化が始まっている兆候です。爆発は偶然じゃなく、システム内部のエネルギー歪曲が原因です。つまり……」
「もっと大きな事故が起こる前触れだ、ってことか」
メイソンは息を呑み、壁のモニターに映る“第二鉱区の配備スケジュール”を睨んだ。
「次の輸出が行われる前に、必ず対策を講じないと……!」
【街の静けさと、フィフの視線】
夕暮れ、セレナード市。
商業区の街並みは変わらず穏やかで、子どもたちの笑い声が風に乗っていた。
ニュースでは、「事故は収束済み」とだけ伝えられ、街の人々は誰も深刻な危険を察していない。
そんな中で、フィフは高台から街を見下ろしていた。
目の前の風景は美しく、色鮮やかで、生命に満ちていた。
だが彼女の胸には、違うものが渦巻いていた。
(この美しい街が、一つの誤算で……吹き飛んでしまう)
指先に力がこもる。彼女は、機械ではなく「心」を持つ存在として、今、強く願っていた。
(守りたい。マスターのためだけじゃなく、この街のすべてを)
【警告の中の希望】
深夜。
メイソンとフィフは、非公式な緊急報告書を作成していた。
爆発事故の真因、安全性の不備、再発リスク。
本来なら政府への正式提出が必要だが、それが握り潰されることは分かっていた。
「……なら、世論を動かすしかない」
「え?」
「この街の市民ネットに流そう。匿名で。“誰か”が気づいて動いてくれれば、それでいい」
フィフは少し驚き、そして頷いた。
「マスター、それは違法ですよ」
「でも正しい」
フィフの瞳が穏やかに細められる。
「……じゃあ、私も共犯です」
二人は笑い合った。
この一歩が、やがて訪れる嵐の前の“静かな反抗”となることを知りながら。
反物質による事故が発生してしまったが、フィフ達による匿名による情報を流したことにより、政府による安全対策が進み、それ以上の反物質の暴走を収められたのであった。
次話では、しばらくは穏やかな「仮初」の日々が続いて行く様子を描きます。
ご期待ください。