第8話:暴走の序曲、偽りの沈黙
第8話として、セレナード市の穏やかな日々と反物質の暴走の序曲を描きました。
【穏やかな日々の破綻】
セレナード市の空は、今朝も変わらず穏やかだった。
陽光に照らされた歩道を歩く人々の表情には、かすかな余裕と安堵が戻りつつある。
その街並みは、今や見違えるように整備されていた。
道路は再舗装され、老朽化していたインフラも次々と更新され、新設の教育機関には子どもたちの笑顔が戻ってきていた。
ニュースホログラムには連日、経済成長の兆しが踊っていた。
> 「惑星ベータとの反物質取引、第三船団が出航。交換により、金属資源輸入量が前年比220%増加! 経済回復の兆し、税軽減政策も拡大へ――」
ホログラムの広告には、反物質によって得られた“豊かさ”が、幸福の象徴として飾られていた。
> 「ガンマの未来を照らす反物質。誇りと力を、あなたの手に。」
センターの食堂で朝食を取るフィフは、淡く微笑みながら報道に視線を送っていた。対面には、カップに口をつけたまま無言のメイソンが座っている。
「マスター、良いニュースもありますね。先週から学校給食が完全無償化されたそうですよ。特に郊外の子どもたちにとっては、大きな変化だと思います」
「……ああ、確かに。それはいいことだ」
メイソンは頷いたが、目は沈みその“光”の裏にある“影”を見つめていた。
「反物質の管理体制が緩んでいる。……これはもう、ただの怠慢じゃない。愚かさだ。だから、これは“代償の上に築かれた希望”だ。反物質を売ることは、命を担保に金を得るようなもんだ」
フィフは少し首を傾げ、静かに反論する。
「そうとも言い切れませんよ。ベータからの資源が増えれば、医療機器の部品も手に入りますし、輸送手段も増える。……経済が安定すれば、戦争だって減るかもしれません」
その言葉に、メイソンは思わず黙り込んだ。
「……お前は、優しいな」
「いいえ、私はただ、みんなが少しでも“生きやすくなる”道を考えたいだけです」
【安全対策の簡略化】
防災センターの副センター長・メイソンは、データタブレットを睨みつけるように見ていた。
その内容には、労働環境の急激な悪化、技術力の低下、安全措置の形骸化と、看過できない報告がいくつも並んでいた。
「防護処置の簡略化……? しかも“安全性が確保された”だと……? バカな……!」
彼の拳が震える。これほど明確な“危機の兆し”を、政府はどうして見落とせるのか、いや、見ようとしていないだけだ。
「……マスター、大丈夫ですか?」
静かに声をかけたのは、フィフだった。
今日も彼女は制服に身を包み、穏やかな笑顔をたたえている。だがその瞳には、いつもの柔らかさの裏に、不安の色が宿っていた。
「……ああ。だが、良くない兆候が揃い始めている。お前も、避難ルートの再検証を頼む」
「はい、すぐに着手します」
フィフは敬礼のように胸に手を当ててから、背を向ける。その背中はまっすぐで、どこか決意を帯びていた。
廊下を歩きながら、フィフは胸の中で“ざわめき”を抱えていた。
人々の笑顔が戻りつつあるこの街に、確かに幸福の波は届いている。けれどその波が、地盤の崩れかけた砂の上に築かれているとしたら――?
(マスターの表情……あれは“恐れ”ではなく、“怒り”だった)
アンドロイドであるはずの彼女が、メイソンの感情の動きを“読めてしまった”ことに、フィフ自身が少し驚いていた。
【計画の裏で、忍び寄る影】
防災センターでは、連日続く避難計画の更新作業が続いていた。
アンドロイド(ナイン)は今日も地図を逆さに持って「あれっ?」と慌てふためきながら、地下シェルターの案内標識を張り直していた。
「も、もうっ、今度こそ完璧に……って、逆ぅ!?」
その様子を遠隔から監視していたアンドロイド(サーティナイン)が呆れた声を上げる。
「ナイン、案内標識は“上”を指すように貼ってください。3回目です」
「は、は~いっ! ごめんなさーい!」
一方、サーティとサーティナインは、鉱区周辺の監視ドローンを運用しながら、システムログに目を光らせていた。
「サーティ。今朝、南端の鉱区セクターDに通信障害が出ていたわ。誰か、アクセスログを偽装してる」
「サーティナイン、それは……内部犯か」
「調査中。今はまだ、決定的な証拠がない。でも何かが動いてる。静かすぎるのが怖いよ」
【報告と決断】
「これが、現地労働者のインタビュー記録です」
フィフが、慣れない手つきで端末を操作しながら、メイソンに映像を見せた。
> 『防護箱の蓋、最近は磁気ロックだけで済ませてる。前は多重封印だったのに、時間がかかるって理由で変えられてさ……なんか、嫌な予感がするんだ』
「警告は何度もあったのに、運営側は“現場が騒ぎすぎ”って……!」
フィフの声は震えていた。自分が関わった情報が、大きな事故の予兆かもしれないことに、彼女は初めて“職務の重み”を知り始めていた。
「よく調べてくれた、フィフ。お前の情報で救える命があるかもしれない」
メイソンの言葉に、フィフの目が潤んだ。
「……私、もっと頑張ります!」
【ドローンが見た“沈黙"】
アンドロイド(サーティ)と(サーティナイン)が操る偵察ドローンが、セクターDの地下掘削施設に近づいたとき――異常な静けさが広がっていた。
「サーティ、音声センサーが周囲のノイズを検出できない。まるで、音が吸い込まれているような……」
「これは……空間圧縮の兆候だ。反物質の不安定化時に見られる症状」
ドローンの視界に、焼け焦げた作業ロボットの残骸が映る。
「これは……事故がすでに起きている」
サーティはすぐにセンターへ報告を送信した。
> 【セクターD地下区画にて局所的な反応暴走の兆候を確認。即時封鎖と対策を要請。】
サーティナインが補足するように呟いた。
「……でも、なぜ警報が鳴らない?」
【偽りの沈黙、そして決壊】
夕刻。メイソンは、市当局への緊急通報の準備を進めるも、意外な妨害に遭う。
「副センター長、その報告は“誤認の可能性が高い”と、市当局から差し戻されました」
「何……!?」
「“市の経済回復を妨げる恐れがある過度な報告”として、封印されました」
“偽りの沈黙”――それは、事故を隠蔽するために、上層部が意図的に作り出したものだった。
「ふざけるな……!」
メイソンは机を叩き、即座にフィフへ連絡を飛ばす。
「フィフ、ドローンが反応暴走の兆候を掴んだ。市当局は報告を潰した。……もう俺たちで動くしかない!」
「了解です、マスター。避難信号のローカル起動を申請中です。職員の手動誘導も私が行います!」
【始まる暴走、走る影】
そのとき――地下の鉱区にて、重厚な機械音と共に“ある音”が響いた。
キィィィィィン――
それは、かすかながら耳を刺すような異音。
反物質が空間を歪ませるとき、必ず現れる“臨界振動音”。
防災センターに緊急アラームが響き渡る。
> 【警告:セクターDにて重力異常波を検出。反物質封印シェルに亀裂――】
その瞬間、フィフの瞳に強い光が宿った。
「……やはり、始まってしまった」
彼女は駆け出す。廊下を、階段を、一気に駆け下りていく。
(私が、みんなを守らなくちゃ……!)
制服の裾が翻る。髪が揺れる。
その姿は、まるで光の中を走る“影”のようだった。
破滅への序曲を奏でいるのを聴きながらも、演奏を止められない憤りを描きました。
次話では、鉱区で小規模爆発が発生する様子を描きます。
ご期待ください。