第7話:揺れる秩序
第7話として、平穏な日常を描きつつ、それを侵そうとする動きを描きました。
【日常という名の仮面】
朝のセレナード市は、一見すると何も変わらぬ平穏を保っていた。通勤する市民たちはそれぞれの目的地へと足を運び、空にはいつものようにニュースホログラムが浮かんでいた。
だが、空気はどこか湿っていた。風は静かに重く、誰もが“言葉にできない不安”を胸に抱えているようだった。
防災センターのロビーを抜け、メイソンとフィフがセンター内へと入る。
「おはようございます、マスター」
フィフの声は、変わらず明るい。今日もきちんと整えられた制服姿で、ほんの少し髪にリボンをあしらっている。
それは“人間らしさ”へのささやかな演出。最近では、彼女自身の好みで身につけていた。
「……ああ、おはよう、フィフ」
メイソンの返事は少しだけ重たかった。
センター内では、モニターの点滅音、スタッフ同士の低い声。
どこも普段通りに見える。だが――その静けさは、嵐の前のものだった。
そして、静寂を破るように、センター長の執務室から呼び出しがかかる。
【警告の響き】
センター長・ライアンは、鋭い眼差しをメイソンに向けながら、ため息混じりに語り出した。
「今朝のニュースを見たか?」
「いや、まだだ。何かあったのか?」
ライアンは無言でリモコンを操作し、壁面のスクリーンにニュース映像を流す。
そこには、ガンマ政府の執政官が満面の笑みで演説する姿があった。
> 「反物質、ミラマイト鉱の輸出は、我が惑星に新たな繁栄をもたらすでしょう! 教育の完全無償化、医療補助の拡充、そして税の大幅減免! ガンマの未来は、今ここから始まるのです!」
ライアンは皮肉げに口元を歪める。
「……まったく、美しい嘘だ。どれだけの裏金と軍需契約が裏に動いたか、想像するのも嫌になる」
「正気の沙汰じゃない。……反物質のリスクを知らないのか? 下手すれば都市が、いや、惑星が消し飛ぶ」
「知ってるさ、全員。だが……金と権力の前では、命の重みなど羽のようなものだ」
メイソンは言葉を失い、歯を噛みしめる。
「俺たちはどうすればいい?」
「決まってる。政府の命令に従って、最悪の事態に備える。それだけだ。避難計画の再編、食糧備蓄、医療対応システムの再検証……」
「……了解した」
【信じる強さ、疑う弱さ】
執務室を出たメイソンは、自席でしばらく手を止めていた。
ディスプレイに映るセレナードの風景写真――かつて二人で歩いた丘、カフェの並ぶ通り、平和の象徴だった街並み。
だが、その全てが、いつか“過去の映像”になるかもしれない。
「……あいつらのせいで」
拳を握るメイソンの隣に、いつの間にかフィフが座っていた。
「マスター、大丈夫です。この防災センターなら、たとえ反物質が暴走しても、自動エネルギーシールドが展開されます。地下には反物質のエネルギー源も厳重に保管されていますから、1000年だって耐えられますよ」
フィフの言葉は、どこか夢を信じる少女のようだった。
「ははっ……フィフらしいな。いざとなったら、ここに立てこもるしかないか」
「ええ、ですから安心してください。私は、マスターのそばにいますから」
その笑顔に、メイソンはかすかに救われた気がした。
【揺れる秩序と変化】
その日の午後、防災センターに一通の匿名メッセージが届いた。
> 【警告】「鉱区南部で、安定化プロセッサに異常あり。軍部は隠蔽中。調査を要請する。」
メイソンはすぐに情報解析部に依頼したが、情報の出処は不明。アクセス履歴も偽装されていた。
「……内部からの警告か? それとも、罠か……?」
その背後で、フィフが小さく声を上げた。
「マスター……私に行かせてください。現地調査班の記録を集めてきます」
「ダメだ。危険すぎる」
「でも……何もしないままでいるのは、もっと怖いです。私が何のために作られたのか、今なら少しだけわかります」
フィフの目は、ただの命令待ちのアンドロイドではなかった。
確かな意志を持った、ひとりの存在だった。
メイソンは目を閉じ、数秒だけ黙った。
「……わかった。だが、動く時はまだ早い!もう少し待ってくれ。」
「はい。マスターが動く時まで、いつまでも待っています!」
その声は、まるで新しい物語の始まりを告げる鐘のようだった。
【それぞれの役割と、交わる道】
その日、防災センター内でも様々な人間模様が交差していた。
アンドロイド(ナイン)は、備蓄倉庫で箱を倒して大騒ぎしつつも、懸命に避難ルートの案内マップを更新していた。
「うああっ!? ……だ、大丈夫! 怪我人なし! あ、でも非常食のゼリーが……! わあああっ!!」
アンドロイド(イレブン)は、地下避難エリアのシールド動作チェックを淡々と進行しつつも、フィフを遠隔から常にモニターしていた。
「……フィフの移動ログ、正常。体温変動なし。メイソンとの通信回線、常時接続中。異常なし」
アンドロイド(サーティ)と(サーティナイン)は、鉱区周辺の空中偵察ルートを自律ドローンと連携しながら調査していた。
気づかぬうちに、ある“異常な熱源”を感知し始めていた。
「サーティ、今の熱反応……通常の反物質制御炉とは異なる。これは……」
「……暴走兆候です。確率18.4%、上昇傾向。伝達すべきでしょうか?」
「まだだ。確証が取れるまでは……だが、備えておけ」
様々な異変から、反物質の恐怖が忍び寄る様子を描きました。
次話では、反物質輸出で潤う表側と、事故の兆候を描きます。
ご期待ください。