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第5話:遠いような災禍と近くの平穏な日常

第5話として、惑星ガンマの情景描写・心理描写・社会背景を描写しました。

【光と影】

朝のセレナード市。都市の空は淡い青色に染まり、遠くには雲が薄くたなびいていた。

防災センター高層棟の最上階。メイソン・カーティス副センター長は、重厚な木製デスクの上に腕を組み、静かにディスプレイを眺めていた。


初期画面には、彼が撮影したガンマの風景写真。青々とした大地に、金色の草花がそよぎ、遠くの山脈が穏やかに連なる平原。

その美しい光景は、彼が惑星ガンマという世界にまだ希望を持っていた頃の証であり、心の拠り所だった。


しかし、手元の操作で画面が切り替わると、空気は一変する。


「本日未明、マルク州南部で発生した地震の影響で、住宅地の一部が崩落。現在、行方不明者48名、死者11名が確認されています」


流れる災害ニュース。声色の沈んだアナウンサーが、冷たく数字を読み上げていた。

メイソンの指先がわずかに震えた。


「またか……」


彼は肩にのしかかる重圧を意識しながら、深くため息をついた。


災害対応。それはフィフと共に毎日取り組む任務であり、終わりのない責務だった。

そして、万が一セレナード市にも災禍が及べば……対応するのは、彼自身だ。


画面を再び切り替える。今度は、政治バラエティ番組。


「惑星統制は我々の生活を見捨てている!」

「税金が高すぎる!」

「他星系からの労働者が我々の仕事を奪っている!」

「出稼ぎアンドロイドは今すぐ追放すべきだ!」


過激な言葉が画面から溢れ、メイソンの眉間が深く歪む。

彼はリモコンを机に叩きつけた。


「まったく、良いニュースの一つもないな……」


【やわらかな声】

そのとき、静かに部屋に入ってきたのはフィフだった。


「マスター、三番地のカフェが新装オープンしたそうですよ」


その一言は、まるで暗い部屋に差し込む朝の光だった。


メイソンの表情が緩む。

「……ああ、あそこは前から潰れるんじゃないかと思ってたが、新装か。頑張ってるな」


フィフは、そっと微笑む。

彼女の存在は、日々の疲れをそっと拭う特効薬のようだった。


「次の休日、立ち寄ってみませんか? おすすめは、地域限定のハニーナッツ・ラテだそうです」


「仕事ばかりじゃ、息が詰まるな……そうだな、行こうか」


「では、夕日の丘もご一緒に。今の時期、山の端に沈む夕日が一番美しいそうです」


メイソンは少し照れたように笑った。


「完全なデートコースだな」


「はい。……デートです」


その言葉に、二人の間にふと沈黙が落ちる。

けれどそれは、気まずさではなく、安心とぬくもりの沈黙だった。


【穏やかな午後】

休日。セレナード市の街は穏やかだった。反物質鉱脈の発見はまだ市民の耳には届いておらず、陽気な通りに香ばしいカフェの香りが広がる。


カフェのカウンター席で、フィフは珍しくウィンドウ越しにぼんやりと外を見ていた。

子供たちが走り、老夫婦が手を取り合って歩いている。


メイソンがカップを差し出す。


「お前のはこっち。ハニーナッツ・ラテ。あと、クロワッサン」


「ありがとうございます。甘い匂いですね……でも、甘いものが好きなのは私のデータ仕様にはないはずなんですが」


「好みなんて、データじゃ決まらないもんさ。生き物も、機械も」


ふと、彼の視線が、フィフの顔に長く留まった。


「フィフ、お前は……最近、よく“考えている”ように見える。感情ってのは、ややこしいもんだろう?」


「……はい。とても」


「でも、ややこしいからこそ、人生は豊かになるんだ」


【遠い災禍と、手の中の幸せ】

フィフは、その言葉の意味をゆっくりと噛みしめた。

防災センターでの毎日は、次々に報告される災害、壊れる街、傷ついた人々、喪失の連続だった。


だが今、このテーブルの向こう側にいるメイソンの瞳の奥には、確かに“穏やかで温かな時間”があった。


人はなぜ、こんなにも脆く、それでも生き続けるのだろう。

アンドロイドの彼女には、未だにその答えは見えない。

けれど、“一緒に生きたい”という願いは、確かに彼女の中にあった。


その瞬間、街頭のホロスクリーンが緊急速報に切り替わった。


> 【速報】セレナード郊外、採掘帯にて反物質鉱脈の存在を確認。調査チームは既に現地入り。反物質安定化技術の応用を巡り、各州が代表団を派遣予定


「……始まったか」


メイソンの声が硬くなる。


フィフは、彼の表情が次第にいつもの“公務員”へと戻っていくのを感じた。


だが同時に思った。

それでも今この瞬間、二人でこうして穏やかにいられること。

それがどれほど貴重で、大切なことか。


【心の中の誓い】

夕暮れ時、二人は「夕日の丘」に立っていた。

太陽が、遠い山の端に静かに沈んでいく。橙色に染まる風景の中で、フィフは静かに言った。


「マスター。私は……こうしている時間が、ずっと続けばいいと思っています」


「……ああ、俺もだ」


「でも、それが叶わないとしても。私は、あなたと見たこの景色を、ずっと忘れません」


風がそっと吹き抜ける。アンドロイドである彼女の髪が、やわらかく揺れた。


そして彼女は、胸に誓った。

この人を守りたい。彼が見つめたこの世界を、彼の代わりに見届けたい。

たとえ、永遠に一人になっても。

フィフとメイソンとの穏やかな日々を描き、忍び寄る災禍の兆しを描きました。

次話として、穏やかすぎる日々の裏側を描きます。

ご期待ください。

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