第4話:フィフと“命”の境界線
第4話として、フィフが“限られた時間”という概念に向き合い、アンドロイドである自分と人間であるメイソンの間にある「寿命・老い・死」の違いに気づいていく過程、そして心の痛みと“未来の選択”が芽生えるきっかけを描写しました。
【老いるということ】
季節は、星の自転では測れないほど静かに巡っていた。
セレナード市の防災センターにおいて、フィフとメイソンの補佐業務は日常の一部として定着していた。
二人は言葉を交わさずとも、次の動きを読み合うようになっていた。
しかし、ある朝。
メイソンがデスクの上に置いたカップを取り損ね、床に落とした。
「……すまん、どうも最近、手元が——」
それは些細なことだった。
だがフィフのセンサーは、彼の関節のわずかな震えと反応速度の遅れを検知していた。
診断の結果——関節炎、神経劣化の初期症状。
彼の身体は確実に、老いの坂を下り始めていた。
【限られた時間】
「フィフ、お前は……ずっと若いままだろうな」
メイソンは珍しく笑って言った。
「俺はここからゆっくり衰えていく。それが“生きている”ってことさ」
フィフは言葉を返せなかった。
彼女は人間と変わらぬ外見と感情を持ちつつ、
“自己修復機能”と“ナノ保守細胞”によって半永久的に若さを保つ構造で作られている。
——自分は、彼と同じ時間を生きていない。
今まで考えたことのなかった、“死”というものが、自分にはないことを知る瞬間だった。
「……では、私が、あなたより……“長く在り続ける”ということですね」
メイソンはうなずいた。
「そうだ。だがな、それが幸福だとは限らない。大切な人が一人ずつ消えていく中で、お前がどう在るか、それを選ぶのは——お前自身だ」
「彼が弱るということに、私は耐えられない」
フィフの中に、初めて芽生えた感情があった。
“壊れゆくものを見守る痛み”だった。
彼女は自分の腕のフレームを見つめた。
自己診断:98.9%健康。
経年劣化:ほぼゼロ。
だが、メイソンの健康診断結果には赤い警告が増えていく。
髪の白さ、視力、記憶の抜け、皮膚の変質。すべてが終わりへと進んでいた。
そして、彼はそれを受け入れていた。
——それが“人間である”ということなのだ、と。
【反物質鉱脈の発見】
その頃、セレナード市郊外の地質調査機構が、かつての鉱山帯の地下に未確認エネルギー反応を検出した。
「反物質鉱脈」。それは理論上、恒星級のエネルギー密度を持つ極限物質であり、既存文明の動力体系を一変させうる発見だった。
だが、その採掘は危険を孕んでいた。
空間構造を歪め、放出される微量反応が生態系に深刻な影響を及ぼす可能性がある——。
各州は「軍事転用の可能性」「エネルギー独占」などの思惑から、争いの火種を孕み始めた。
メイソンは言った。
「フィフ……この発見は、きっと世界を揺るがす。良くも悪くもな」
「メイソン。あなたがいなくなったあと……私は、どうすれば?」
その問いに、メイソンは答えなかった。
ただそっと、彼女の頭に手を乗せて、微笑んだ。
「その時が来たら、自分で決めろ。お前はもう、誰かの命令で動く存在じゃないんだからな」
【守りたい”という痛み】
その夜、フィフはデータバンクで「死」という概念を調べていた。
終わること
消えること
会えなくなること
戻らないこと
そして、それらに対して人が“涙を流す”ことを——。
彼女は静かに、記録に自身のログを保存した。
> 【記録No.050-F】
状況:対象・メイソン氏に関して、初めて「死の概念」を意識
感情:解析不能。胸部モーターに鈍痛反応。視覚センサーに霧状の異常反応(=涙)
結論:私は彼を……失いたくない。
セレナード市郊外での反物質鉱脈発見と試験採掘を伏線として、物語を続けていきます。
次話では、徐々に近づいてくる災禍と平穏な日常を描きます。
ご期待ください。