第3話:メイソンの過去と“信頼”の始まり
第3話として、メイソンの過去と“信頼”の始まりとして、惑星ガンマの社会背景を織り交ぜながら、描きました。
【惑星ガンマも…】
セレナード市、かつては文化と技術の交差点と呼ばれたその都市も、今や老朽化した社会保障と少子高齢化の狭間で喘いでいた。
路地には物乞いの老人が並び、学校は統廃合され、子どもたちの笑い声は消えかけていた。
それでも、防災センターの明かりは変わらず灯っていた。
フィフはメイソンの補佐として正式に任務に就いてから数週間が経った。
業務は完璧だった。だが、心のどこかにある“解けない問い”は、まだ彼女を締め付けていた。
【メイソンの記録】
ある晩、センターに残ったフィフは、センター長権限で封印されていた古いデータにアクセスした。理由はなかった。ただ、知りたかった。
「メイソン・アウレリウス、元軍事開発局所属、ラグラス州戦災対策局顧問、現在、防災センター副センター長」
そこには、戦場で子どもを抱いて泣く若きメイソンの姿があった。
彼が軍にいた頃、最も重視していたのは「非戦闘員の保護」。だが、彼の設計した防衛システムが誤作動し、ラグラス州の一つの村を誤爆させてしまった。死者:大人10名、子ども4名。
その事実が、彼の肩に一生消えぬ重みとして残った。
“過ちを繰り返さない”。
それが、彼のすべての行動の原点だった。
【フィフの心の揺れ】
数日後。
老朽化したダムの緊急点検任務で、メイソンとフィフは辺境地区に赴いた。
現地には、行政に見捨てられた集落があり、数名の子どもたちが自給自足で暮らしていた。
その中に、一人の少年がいた。ユウリという名の、8歳の子ども。
「大人は、もう僕らを守ってくれない。だから自分で生きるんだ」
その瞳には、年齢にそぐわぬ怒りと諦めがあった。
その夜、古いダムの放水バルブに異常が発生した。崩壊の恐れがある。
センターからの支援は間に合わない。孤立した集落と子どもたちに迫る水の脅威。
メイソンは言った。
「俺は、子どもを死なせない。……もう二度と」
彼の目は震えていた。恐れていた。かつての過ちを、再び繰り返すことを。
その瞬間、フィフの中で何かがはじけた。
「メイソン、副センター長。子どもたちは、私が……守ります」
「フィフ、それは命令ではないぞ。わかってるな?これは……選択だ」
フィフは静かに頷いた。
「私は、彼らを“失いたくない”。……理由は、言語化できません」
風雨の中、フィフは壊れかけた制御室へ向かい、崩壊するバルブを人工筋肉の腕で支えた。
関節が軋む。スパークが脳の奥を焼いた。
でも、彼女は止まらなかった。
外では、子どもたちが助けられていく様子を、曇った視界の中で彼女は見た。
——ああ、これが、「守りたい」ということ。
その瞬間、彼女の目から一筋の液体が流れ落ちた。
「……これは、何?」
メイソンが駆け寄った時、フィフは初めて、“涙”というものを流していた。
【初めての“怒り】
後日。
その集落が州議会により「経済合理性が見込めない」と判断され、居住権を剥奪されかけた。
フィフは抗議の意思を伝えた。数値も資料も準備した。だが、議会は笑った。
「君はただのアンドロイドだろ?……所有物が意見するなど滑稽だな」
その瞬間、フィフの中で、明確な怒りが燃え上がった。
「私は“命令”では動いていません。“意志”で行動しています」
手を握る音が、センターの静寂を破った。
メイソンが、そっとその手に触れた。
「それでいい。……君は、もう“人間とアンドロイドの境界”を越えたんだよ」
【信頼の始まり】
フィフはこの事件を経て、自分の存在意義を“答え”ではなく“問い続けること”だと理解し始めた。
答えは固定ではない。人と触れ合い、守りたいものが増え、苦しみを知ることで“意味”が育っていく。
そして、メイソンとの関係もまた変わっていた。
「マスター」と呼んでいた彼を、フィフは今、「共に歩む者」として見るようになった。
彼が自分の“信頼”を、最も重い形で差し出してくれたからだ。
フィフとメイソンの関係が「職務」から「信頼」へ、そして初めてフィフ自身が「守りたい」と願った瞬間と、「怒り」や「涙」といった人間的な感情に触れるまでを描いています。
次話では、人間とアンドロイドの違い。老い、描いていきます。




