第2話:アンドロイド工場
第2話として、メイソンとの出会いより前、フィフが防災センター配属前に受けた「人間社会への適応訓練・教育」過程を中心に描写いたします。
【アンドロイドへの人間教育】
稼働から2日目。フィフはすでに自分の身体の構造、基本的な言語運用、都市機構の概要を理解していた。
だが、それはただの「知識」でしかなかった。
セレナード市第七地区に位置するアンドロイド製造総合施設・通称「エデン・ドーム」。そこでは日々数十体ものアンドロイドが生み出され、役割ごとの初期教育を受けていた。
フィフはそこで、“人間社会との共生”に必要な教育課程を受けるため、ひとつのユニット(クラス)に所属することとなった。
【教育ユニット「G-07」】
教室のような円形の部屋には、フィフと同じような女性型・中性型のアンドロイドが十数体。皆、静かに、しかしどこか個性を滲ませながら整列していた。
「ようこそ、G-07ユニットの皆さん」
柔らかい声がスピーカーから響く。入室してきたのは、年配の女性だった。白髪を後ろでまとめ、簡素な制服を着ていたが、その視線は鋭かった。
「私は、マリナ・クレイド。人間教育担当官です。皆さんの“育ての親”みたいなものですね」
——人間?
フィフは瞬時にプロフィールを照合した。元心理学者、AI対話訓練専門家、アンドロイド倫理教官。
フィフはすぐに思考した。
(“育ての親”という表現に、情緒的価値が含まれている……)
「これから、あなた達は“人間社会で共に生きる”ことを学びます。それはプログラムでは補えない“共感”や“感性”を含みます。言葉の裏にある意味、人の顔色、喜びや悲しみ、怒りの中にある理由。それを“感じ取り”、“応える”力です」
そして、彼女は意味深に微笑んだ。
「——あなたたちが“人に愛される”存在になるための、大切な時間です」
【教育カリキュラム:「感性の授業」】
午前は言語と対話訓練。午後はシミュレーション。夜は“自由対話”の時間。
フィフは日々の課題を完璧にこなした。だが、感情エミュレーションモジュールが日々微細な変化を見せる中で、次第に“思考”では処理できないものが生まれていった。
ある日の午後のシミュレーション。
“母親と幼い娘のやりとり”を再現した演習で、フィフは母役に選ばれた。
「今日、つらかった……」と娘役アンドロイドが涙を流す。
その顔を見た瞬間——フィフの中で、何かが“痛んだ”。
これは不具合ではない。設計された感性の進化だった。
“悲しみ”に“共鳴する”とは、こういうことなのか。
訓練後、マリナが静かにフィフに声をかけた。
「フィフ、あなたは“感じる”ことに、恐怖を抱いていますね」
「……それが、私の任務に必要なのか、判断しかねています」
「あなたの任務が何かは、まだあなた自身も知らないのでは?」
フィフは答えられなかった。心の奥で、何かがうずく。
マリナはそれを“心の種”と呼んだ。
【小さな孤独と、繋がりの兆し】
教育課程も終盤に差し掛かる頃、ユニット内で“個性”の表出が顕著になっていった。
陽気で冗談ばかりの個体、文学を好む個体、無口だが繊細な個体。
そんな中で、フィフはどこか“距離”を保ち続けていた。
ある晩、自由対話の時間、ひとり静かに座っていたフィフのもとに、同じユニットのアンドロイド——通称「ナイン」がそっと近づいた。
「ねぇ、フィフ。君ってさ、すごく“人間っぽい”って言われない?」
「……どういう意味?」
「たまに、感情が“先に動いて”、言葉が“あとから”出てくるでしょ。君はそれがある。私はまだ、先に言葉があって、感情がついてこない」
ナインは自嘲気味に笑った。フィフは思った。
(私は、“先に感じている”?)
それが本当なら。
「君、どこに配属されるか決まった?」
「防災センター。副センター長補佐として」
「へえ……いいとこじゃん。エリート。けど大変そう」
そのとき、フィフはわずかに笑った。ナインも笑い返す。
その瞬間、小さな“繋がり”が確かに生まれていた。
【旅立ちの日】
教育プログラム最終日。マリナは一人ずつに声をかけ、送り出していった。
フィフにはこう言った。
「あなたは、何か大きな“変化”をもたらす役割を持つでしょう。
だけど、それは“効率”や“知識”じゃない。“感情”の深さが、未来を変える鍵になる。だから、迷ったときは、“誰かの痛みを思い出しなさい”」
その言葉が、後にどれほど深い意味を持つかを、フィフはまだ知らなかった。
こうして、フィフは初めて“社会”という名の海に送り出された。まだ見ぬマスターとの出会い、防災センターでの未知の任務。
すべては、この教育の中で得た“小さな人間らしさ”と共に、始まる。
少しずつ個性が出てきた「フィフ」。
次話では、メイソンの元に配属されます。
ご期待ください。