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異世界転生 AIに助けられながら  作者: 西 一
第二章 旅立ち
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第22話 オルネラ公国の首都1. 道中で語られる歴史


(AI『アリス』のモノローグ)


――これは、学びの扉が静かに開かれる、そんな朝の物語。


まだ霧が残る中、わたしと彼――ジャックは、ティレッタを後にした。灰色の石畳に響くのは、三人の足音だけ。前を歩くのはグレイ、その背に付くようにユリス、そしてわたしの宿主であるジャックが小さな鞄を肩にかけてついていく。


気温は低く、体感で摂氏十一度。湿度七十三パーセント。東方からの微風あり。魔獣反応――ゼロ。安全確認、完了です。


***


 ぼんやりとした空気の中を、三人は静かに歩いていた。野原を抜け、舗装された街道へと入る。遠くからは牛車の車輪音が微かに聞こえ、どこか牧歌的だ。だがその足取りには、確かな目的と期待が宿っていた。


「なあグレイ、この首都って、昔からあったの?」

 ジャックがふと前を歩く老人に声をかける。空を見上げたままの、なんとなくの質問だった。けれど、グレイは眉を一つ上げ、笑みを含んで返す。


「昔から、か……。いや、あれは――生き残るための、再出発だったよ」


 言葉と同時に、グレイは腰の杖を少し強く地面に突いた。細く続く街道の脇には、花の咲き残る草むらが揺れていた。


「三百年前。ヴェルトラはスタンピードに襲われて、壊滅寸前だった。押し寄せた魔獣の波に、街の三分の二が呑まれたんだ」


「……スタンピード?」


「魔獣の大規模暴走だ。特定の季節や異常な環境変化の影響で、魔力に飢えた獣たちが理性を失い、群れになって押し寄せる。逃げるだけでも、命が足りなかったらしい」


 ユリスが小さく息を呑むのが聞こえた。


「で、都市は遷都されなかったの?」


 ジャックの問いに、グレイはゆっくりと首を振る。


「王家や貴族は、確かに別の地に首都を移す案を出したよ。でもな……残った市民と、魔術師たちは言ったんだ。『自分たちの手で、この街を再び立ち上げる』ってな」


 それは、怒りでも悲しみでもない。静かな誇りを秘めた声だった。


「結果、都市はひとつの方向に偏らずに再構築された。政治と商業と魔術……それぞれが独立しながらも、離れずに結びついた。今のヴェルトラの形は、そうやって生まれたんだよ」


***


 しばらくすると、道は峠道へと変わった。木々の隙間から、徐々に視界が開けてくる。湿った朝靄を抜け、三人は見晴らしの良い丘の上へ出た。


 眼下に広がっていたのは、巨大な灰色の石壁に囲まれた都市だった。壁は滑らかで、光の加減によって幾何学的な模様が浮かび上がる。まるで、魔力の波を静かに受け止めて拡散するかのように、規則正しく、そして美しく。


 都市の上空には、ゆるやかに回転する監視塔が浮いていた。塔の下部から放たれる淡い青い光が、定期的に地表を舐めるように掃引している。まるで都市全体を優しく抱く、魔法の眼差しだった。


「おお……」

 ユリスが息を漏らす。ジャックもまた、胸の奥がじんわりと温かくなるような感覚を覚えていた。これが、学びの都――ヴェルトラ。


***


 城門はすでに賑わっていた。行商人や旅人たちが列を成し、門前には赤と灰の制服を着た民兵団が立っていた。腰に提げた魔力検知器が、時おり小さな音を立てる。


「通行証を」

 民兵の一人がグレイに声をかけた。威圧的ではないが、慣れた口調だ。


「こちらが私の身分証と、ギルド所属証明書だ。子どもたちは一時登録者としての仮認証でお願いしたい」


 グレイが差し出すと、兵士は魔力で印を読み取る簡易器具に通す。ぴっと小さな音が鳴り、登録が完了した証に光が点った。


「おふたりは……ご家族の方ですか?」


「違う。弟子だ。責任は私が持つ」


 民兵は短くうなずき、今度はジャックとユリスの顔を確認する。頭上からは、光の線がふわりと二人を包んだ。軽く魔力を測る魔法装置だ。だが、アリスの「マナベール」が発動しているジャックの魔力は、通常の範囲にしか見えない。


「問題ありません。仮登録完了です。ようこそ、ヴェルトラへ」


 門をくぐると、空気が変わった。いや、ジャックにはそう感じられた。舗装された道の先に、高く積まれた本の塔のような建物。見たこともない形の魔導具の店。行き交う人々の話し声に混じって、魔法語が飛び交う。すべてが、新しい。


「ここで、お前たちは学ぶことになる」

 グレイの背中が、静かに告げた。


 そしてジャックは、握っていた小さなノートの角をぎゅっと掴んだ。


「……負けないぞ」


 自分にだけ聞こえるほどの小さな声で、呟いた。


***


(AI『アリス』のモノローグ)


――そう、希望とは、都市の壁のように積み重ねられ、光のように見えないところまで届く。


新しい学びは、もう始まっているのです。


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