第21話 カラノスからティレッタへ1. 境界の街・カラノス
> 【AI『アリス』の語り】
> 境界とは、線であり、壁であり、あるいは通路である。
> この世界には、国と国、言葉と言葉、文化と文化を分かつ“境”がある。
> けれどそれは、決して切断を意味しない。
> むしろ、異なる何かが“混ざる”場所。
> そしてジャック少年にとって、この日見た境界の街は、ただの通過点ではなかった。
> ――情報が、静かに錯綜する場所だった。
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「わ、すごい……!」
カラノスに入った途端、ジャックの目が丸くなった。
街道が開け、正面に広がる石造りの門と塔――まるで無骨な要塞がそのまま街になったようだった。
門は二重になっており、灰色の岩でがっちりと組まれた外壁が空に溶け込むように高くそびえている。
塔の上には見張り兵の影。槍の穂先が風に揺れていた。
「見ろ、あれが『境界監視塔』だ。昼も夜も交代なしで見張っておる」
そう言ったのはグレイ。旅の疲れも見せず、落ち着いた足取りで石畳を踏んでいく。
「そっか……。これが、国の端なんだね」
ジャックはつぶやきながら、石の色や、建物の形状をじっと見比べる。
街道沿いの建物はどれも機能性重視。外壁に余計な装飾はなく、斜めに張り出した屋根や小さな煙突が目立つ。
灰色の岩を積んだ壁は冷たく、どこかよそよそしい。
「……なんか、みんな警戒してる気がする」
「当然だ。ここは“通り過ぎる者”と“見張る者”が出会う場所だ」
グレイが短く答える。ユリスはと言えば、目をぱちくりさせながら街のあちこちを見回している。
彼にとっても、ここは未知の光景なのだろう。
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宿は「旅の羽根亭」という名だった。
名の割に、羽根も旅人も見当たらなかったが、外観はしっかりした石造りで、軒先には一応、羽根を模した小さな看板がぶら下がっている。
中に入ると、木製の床が軋む音。部屋は簡素だが清潔で、窓の外には砦の外壁が見えた。
「お、お風呂あるかな……」
「たぶん“お湯桶”のレベルだな」
ジャックとユリスは荷をほどき、少し休んだあと、夕方の街を散策することにした。
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市場に入ると、香辛料の匂いと鉄のにおいが入り混じっていた。
王国製の布が色とりどりに並び、そのすぐ隣ではオルネラ製の金属器具が無造作に積まれている。
店主らの言葉には、王国語に混ざってオルネラ方言が混ざる。
看板には「交換換算票」なる紙が貼られていた。
《金貨=ノムル》
《銀貨=デュア》
《銅貨=サルダ》
見慣れた王国通貨の名前が、他国の通貨単位と並べられている。
その意味は、ただの価格ではなく、“異なる価値観”のすり合わせなのだと、ジャックはぼんやりと感じた。
「……国の端って、どこか“ごちゃ混ぜ”な感じがするね」
「うん。でも、見てて面白いよな」
ユリスはいつになく楽しそうだった。人の波に流されながら、兄弟のようにふたりは市場を歩き回った。
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その夜、三人は宿の食堂で食事をとった。
皿には豆と肉を煮込んだシチュー、硬めのパン、そして地元の保存食らしい干し果物が並ぶ。
グレイは、窓の外をじっと見つめながら、ゆっくりと言った。
「……情報は、移動する。人も、物も、魔力も。
境界とはつまり、情報が“こぼれ出す場所”なのだ。
だから学びには向いている。混ざるものを見よ。そこに違和と発見がある」
ジャックはその言葉を反芻した。
カラノスの街は、確かに“何かが交わる音”がしていた。
それは警備兵のブーツの音であり、商人の声であり、言葉にならない空気だった。
「……僕も、もっと“移動”を観察してみたい」
グレイはそれに答えず、代わりに口元だけで微笑んだ。
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> 【AI『アリス』の語り】
> 境界に立つ者は、ただ一方を見ていてはならない。
> 両側に目を向け、その中間にある空白にこそ、真実が眠る。
> ――情報とは、静止しているものではない。
> それはいつも、誰かの背に乗り、道を越え、言葉の裏に隠れているのだから。




