第20話 再びの旅路4. シャドウファング戦
> 《AI・アリスによる冒頭モノローグ》
> 成長とは、時に一夜で起こることもあります。
> けれど、その「一夜」は、幾多の観察と仮説と試行錯誤によって形作られる。
> この日、9歳の少年ジャックは、それを“実戦”の中で証明しました。
> そう、魔法とは——本と杖だけじゃ完成しない。
> 牙と咆哮の中でこそ、真の輝きを放つのです。
*
禁断の森「フォレスト・ヴェール」の2日目
朝靄の森は、音を呑んでいた。
灰色の霧が視界を覆い、木々の輪郭すら曖昧なまま。濃い空気に呼吸も深くなる。
ジャックは背中の荷を締め直しながら、霧の向こうにいるユリスへ声をかけた。
「ユリス、半歩——いや、三歩、俺の後ろに下がって」
「ん……なにかいるの?」
「わかんない。だからこそ、警戒しておく」
ユリスが頷いたその瞬間、
——“それ”は現れた。
霧を割って、黒い影が跳ねる。
地を蹴った音すら聞こえない、まるで影が意志を持って動くような——
「シャドウファングだっ!」
ジャックの声と同時に、指が空中に光の軌跡を描いた。
空間がひずむ。魔力が流れ込む。
「《ディメンション・リード》!」
アリスの声が脳内に響く。
≪周囲六メートル内に複数の位相異常、三体。主個体は右斜め前。次、後方跳躍来ます≫
「来させるかよっ」
ジャックの掌が霧を切る。
「《ファントムケージ》——構成展開!」
光が縒り合わさって、半透明の檻が霧の中に出現する。
ぬっ……と姿を現したのは、毛皮を風のように靡かせる漆黒の狼。
その目は血のように赤く、口元からは泡立つ唾液が滴っている。
「よし、捕捉成功。次いくぞ」
魔力が、指先に集中する。圧縮、旋回、そして——放出。
「《ガストブラスト》——全開だ!」
風が弾丸のようにうなりを上げる。
まるで見えない鉄球が打ち出されたような一撃が、ケージの内側を貫いた。
「グッ……ガルアアア!」
一拍遅れて、シャドウファングの額が裂けた。
血煙が霧と混ざり、周囲をさらに濃くする。
ケージの中で、黒い身体が崩れ落ちた。
沈黙。
ジャックは一歩、また一歩、近づいて確認し——静かにため息をついた。
「……終わった」
「ジャック、すごい……!」
ユリスが駆け寄ってきた。
興奮を抑えきれない様子で、ジャックの腕を両手で掴む。
グレイは、何も言わず、ただ満足気にうなずく。
「おれ、何もできなかった……けど、あんなの倒せるんだね……」
「いや、危なかったよ。連携取れてなかったし。
……でも、魔法ってのは、頭だけじゃなくて、足と心でも動かすもんだな」
*
焚火の明かりが、薪をくすぐるように揺れていた。
霧はすでに晴れ、夜は静かだった。
燃える火の向こう側、ユリスは小さく丸まって座っている。
手には、小さな光球がひとつ。
「う……うーん……むりかも……また爆ぜたら……」
「大丈夫。今度は少しずつ、でいい。焦らないで。
“感覚を捉えて”。光を“出す”んじゃなくて、“そこにいる”感じを掴むんだ」
「……うん」
ジャックは、そっと自分の掌に小さな《プラズマオーブ》を浮かべた。
透明な膜の中で、静かに電気が蠢いている。明るくもなく、暗くもない、ちょうどいい光。
ユリスはそれをじっと見つめて、もう一度、目を閉じた。
手のひらに集中する。魔力を流す。少しだけ。
「……っ!」
ぼん、と音を立てることなく、ユリスの掌に微かな光が現れた。
小さな、小さなオーブだった。
明かりと呼ぶには心もとないが、それでも、そこに“あった”。
「……できた」
「うん。最初の一歩としては、上出来だよ」
ユリスは光を見つめながら、小さく笑った。
「……おれ、魔法って、もっと怖いもんだと思ってた。けど……
なんだろ、火と一緒だね。温かいし、ちゃんと手の中にいる感じがする」
ジャックもまた、焚火の明かり越しに微笑み返した。
「うん。それが、魔法の本質だよ。
燃やすか、照らすか。それを決めるのは、使う側だ」
*
> 《AI・アリスによるラストモノローグ》
> この夜、ジャックは教える者となり、ユリスは学ぶ者となりました。
> だがその関係は、単なる師弟ではありません。
> 互いを照らし、補い合い、進んでいく、旅の仲間。
> そして——
> 実戦の中で磨かれた光は、今後、さらなる試練をも照らしていくことになるのです。




