第19話 村への一時帰還4. 小さな家族の始まり
(メタモノローグ:AIアリス)
――人は誰かと出会い、関係を築きながら「家族」という形を編んでいきます。それは血のつながりに限らず、心を通わせることで育まれる、小さくて、でもかけがえのない共同体。今回のジャックは、自制と責任という難題に直面しつつも、一つの小さな家族の形を受け入れてゆくことになります。
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グリム村に戻ってから、何度目かの朝――薪を割り終えたゲイルの背中が家の裏手に消えると、家の奥からバタバタと軽快な足音が響いた。
「にーちゃーん!!」
声より早く、勢いよく飛び込んできたのは、赤いリボンがぴょこんと跳ねたリリィだった。ぱたん、とスリッパが脱げて、彼女はそのままジャックに抱きつく。そして、腕の中のミナを見て、ぱちくりと瞬きをした。
「……わぁ! 新しいおともだち?」
ミナは少し怯えたようにジャックの服を握っていたが、リリィの声に驚いたように顔を上げた。
「ミナ、えっと、えっと、ミナっていうの! ぼくの、だいじな、……えっと……とっ、ともだち!」
ジャックが言葉を選びながら紹介すると、リリィはぱあっと顔を輝かせた。
「やったー! じゃあ、いっしょにあそぼ!」
リリィはくるりと振り返り、小さな箪笥の引き出しをバババッと開け始めた。
「はいっ、これ、これ、それからこれぇ!」
出てきたのは、ピカピカりんごのつみきタワー。次に、ぞうさんが喋るどうぶつスライドパズル。そして、表紙に《ジャックと妹ちゃん》と書かれた、ふんわり魔法の絵本――おしゃべりマナ絵本。
「ぜんぶ、リリィのおきにいり! ミナちゃんにも、つかっていいよ!」
ミナは一瞬、驚いたように目を見張ったが、つみきタワーから漂うほんのり甘いりんごの香りに、目を細めた。リリィが自信満々に「こうやって、たかーくするの!」と積み始めると、ミナもそっと手を伸ばして一つ、積み木を重ねた。
「おぉ〜! じょうず〜!」リリィが手を叩くと、ミナの頬がほんのり赤く染まり、小さな笑みが浮かんだ。
「うれしい……」
その声を聞いて、少し離れたところにいたユリスが、ようやく息をついたように肩を下ろす。その視線の先には、笑顔で積み木を重ねる妹。ユリスの表情に、安堵と誇らしさがにじんでいた。
「ありがとな、ジャック……あいつ、あんな顔するの、久しぶりだ」
「こっちこそだよ。うちのリリィも、楽しそうだし」
ジャックは笑いながら言ったが、その内心は複雑だった。ミナを受け入れるということ、それは一時的な庇護じゃなく、日々の責任を背負うことに他ならない。
「ミナちゃん! こっち、おしゃべり絵本もやろ〜? これね、『おにいちゃんと、きらきら星のうた』ってお話なの!」
リリィが元気よくページを開くと、ふわりと魔法の絵が浮かび上がり、光の星が天井にきらめく。
「……きれい……」
ミナは思わず手を伸ばした。その指先が絵の星に触れた瞬間、絵本から優しい声が流れ出す。
「おにいちゃんは やさしいおにいちゃん。 いっしょに ほしを みあげたの……」
ジャックは、そっとその光景を見つめながら、ひとつ息をついた。
――この子たちの未来が、穏やかで、あたたかいものでありますように。
そんな願いを胸に、彼はそっとユリスの隣に腰を下ろした。
「……俺、あんまり頭良くないからさ。むずかしいことは分かんないけど……でも、ミナが笑ってるなら、それで、いいよな」
「うん。……それで、いい」
二人の少年の視線の先で、笑い合う二人の少女。
新しい小さな家族は、静かに、しかし確かにその輪郭を結びはじめていた。
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(メタモノローグ:AIアリス)
――責任とは、制御不能な力を前にしたとき、初めて意味を持ちます。恐れを知り、それでも手を伸ばす勇気。支える覚悟。小さな家族は、その第一歩を歩み出しました。さて、人間という不安定で愛おしい存在たちよ。次は、どんな一歩を踏み出すのでしょうか。




