第19話 村への一時帰還2. 調整と称賛
(*冒頭:AIアリスのモノローグ)
人は成長するたび、力の使い方に悩みます。
「できる」ことが「してよい」ことではないと知るには、
ほんの少しの失敗と、ほんの少しの成功が必要です。
これは、ジャックが“魔法の使い手”として、はじめて真に拍手を受けた日のお話です。
――それでは、記録を再生します。
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「前より……静かになったね」
森の奥、ひときわ陽の差さぬ湿った空間で、ユリスがぽつりとつぶやいた。
彼の手には、小枝でつくった即席の槍。けれど構える気配はなく、ただその眼は、茂みの向こうを見つめていた。
「来るよ。魔力反応、南東……接近中。前回の個体より一回り大きいわ」
アリスの声が脳内に響いた瞬間、ジャックの足が音もなく動く。
舞台は整っている。周囲の地形はすでに記憶済み、風向きも良し。
何より、今の彼は“力の調整”を知っている。
「ミナとユリスは下がって。リリィも静かにしててね」
腰に携えた魔力結晶を軽く叩く。
次の瞬間、空中に浮かび上がる《プラズマオーブ》は、まるで生き物のように、脈打つ光を放った。
「……出た!」
ユリスの声とともに、茂みを割って現れたのは、
巨大な黒毛の塊――《ランページボア》。
前回の戦闘で見せた無鉄砲な突進は健在だが、
ジャックの動きは、もはやその予想の外にあった。
「距離、8メートル。反応速度、補正済み。回避――左、今!」
アリスの導きに従って、ジャックの身体が弾むように地面を蹴る。
ほんの指先がかすめただけで、《プラズマオーブ》は獣の首元へ滑り込んだ。
「焼かずに、ただ通す」
ジャックの呟きと同時に、球体がごく短く閃光を放つ。
皮膚の表面は無傷。けれど、内側――神経節の奥、たった一点だけに衝撃が届くよう制御された一撃だった。
「……ッ!」
ランページボアの瞳が見開かれ、脚がもつれ、ぐらりと揺れる。
「今!」
二発目の《プラズマオーブ》がすかさず放たれ、
心臓の真上、致命点を寸分違わず貫いた。
――どさり。
重みのある音が、森に沈む。
それは、獣が倒れたというよりも、
その狂気が静かに終わったことを告げる音だった。
「…………すごい」
最初に声を上げたのは、ユリスだった。
手を打ち鳴らしながら、少年は目を丸くして言う。
「すごいよ、今の、すごい! ピカってして……でも全然こげてないし、すごい!」
「おにいちゃん、かっこいい」
ミナがそっと袖をつかみながら、控えめに笑う。
その笑顔は、恐怖を超えて、純粋な信頼に満ちていた。
ジャックも、ようやく緊張を解き、微笑を返す。
「うん、うまくいった。……アリス、ありがとう」
「制御成功。魔力量配分も精度良好。
あなた自身が“魔法の意味”を理解してきた証よ」
「ふむ……これが“理解”というものか」
木の陰から現れたグレイが、淡く光る瞳でそう言った。
深くうなずき、倒れたランページボアに近づく。
「肉を損ねずに仕留めたな。これなら村で分けられる」
「うん、前は焦って力を入れすぎたけど、今回は……ちゃんと考えてやれた」
そう言ってジャックは、自分の手を見つめた。
ただ火力を上げるだけなら、こんなに難しくはない。
だが、それでは“壊す”ことしかできない。
制御する。必要なだけ使う。
命を終わらせるときでさえ、その命に敬意を持つ。
それは――
「お兄ちゃん、つよいね!」
リリィの声が、どこか夢のように響いた。
いつの間にかミナの手を借りて、よちよちと歩いてきていた。
まだ幼い妹が、精一杯に両手を広げて、兄に笑いかける。
「……うん。ありがとう、リリィ」
ジャックはしゃがみ込むと、妹の額にそっと手を置いた。
小さな命を守るために、彼は力を振るう。
そしてその力を、誰かの笑顔のために使う。
それが、彼の選んだ魔法のあり方だった。
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(*ラスト:AIアリスのモノローグ)
力を得るとは、強くなることではありません。
それは、どこまで力を使わずにいられるかを知ることです。
ジャックは今、小さな家族の未来のために、
力を“選び取る”術を身につけはじめました。
――そして、それは彼がこの世界で歩み出す、
ほんとうの意味での第一歩なのです。




