第18話 辺境領の領都3.宿への連れ帰りとグレイの反対
――アリス観測ログより、記録を開始します。
個人的には、ジャック少年の「おせっかい癖」には改善の余地があると思います。
ですが――それが彼の強さでもあるのです。人は時に、論理を超えて手を伸ばす。
そして、世界の広さを、誰かの手のぬくもりから知ることもあるのです。
***
「ほら、これ。ちょっとだけど――」
ジャックは旅人の肩掛け袋から、使い古した毛布を取り出した。干しパンも二つ。
硬くなったそれを、くすんだ金髪の小さな兄妹――ユリスとミナに手渡す。
ユリスは黙って受け取った。防衛的な視線はまだ緊張を解いていない。
だが、妹のミナは、膝の上の毛布を抱きしめるようにして、小さな声でぽそっとつぶやいた。
「……ありがと」
ジャックの手が、ほんの少し震えた。
「あったかいね」
小さなその声に、ジャックは胸の奥がぐっと詰まるのを感じた。
――このままじゃ、だめだ。
彼は顔を上げ、まっすぐに二人を見た。
「ここじゃ、寒すぎる。あぶないし、……うちの宿においで。せめて、寝るだけでも、ちゃんとしたところで」
一瞬、ユリスの表情がこわばる。だが、ジャックのまなざしを見て、彼の肩がわずかに緩んだ。
街道を歩き、宿のある通りへ戻る途中――。
「……ジャック」
低く重たい声が背後から届いた。
「グレイ!」
振り返れば、角を曲がって現れたのは、灰色のローブをまとった老魔導士、グレイだった。
鋭い視線が、一瞬で二人の子どもに向かう。
そして、すぐにその顔が、険しく曇った。
「どういうつもりだ」
「寒さと空腹で、たぶん、限界だった。ほっとけなかったんだ」
ジャックは胸を張ったつもりだったが、声がほんの少しだけ震えていた。
「ジャック、これは一時の感情でどうにかなる問題じゃない」
グレイの口調は静かだったが、怒りと警告がにじんでいた。
「責任が持てるのか。食わせて、寝かせて、それで終わると思うな。……この先、連れて歩くつもりか?」
ジャックは答えられなかった。
「他人の人生を拾うってのはな、簡単なことじゃない。拾えば……捨てるにも、覚悟が要るんだ」
背中にずしりと重くのしかかる言葉だった。
ジャックは口を開きかけて、閉じ、そして……ゆっくりと息を吐いた。
「……わかってる。全部、わかってるわけじゃないけど」
まっすぐにグレイを見返す。
「でも、僕、見捨てられないんだ。僕が責任を持つよ。できることを全部やる。……だから」
一瞬、グレイの表情が揺れた。
そして、重い沈黙の末――彼は深く、深く息を吐いた。
「……一晩だけだ。わかったな。これは“情け”ではない。“判断”だ」
そう言って、背を向ける。
ジャックは力が抜けたように肩を下ろし、それから、にっこりと兄妹に向き直った。
「よし、まずはあったかいスープだ。きっと、お腹も、心も少しは落ち着くよ」
ミナの手が、ジャックの袖をそっと掴んだ。
その手のひらの小ささに、ジャックは再び、胸が締めつけられるような思いを抱いた。
***
――観測ログ、ここで中断。
アリスの主観によれば、師であるグレイの判断は実に合理的。
ですが、ジャックの判断は……世界の不確かさと広さを、そのまま受け止める選択でした。
たとえ先が見えなくとも、人は人に手を伸ばす。
そして、そういう人間の姿にこそ、私は希望を感じるのです。




