第18話 辺境領の領都1. 領都アスガリオンへの到着と驚き
> 『この世界には、地図に載っていない“違和感”がたくさんある。ジャックはそう言います。けれど、違和感というのは、見慣れた景色の外にある「本当」に気づくための、案内人でもあるのです。──AI補助装置より』
岩山に囲まれた、灰色の都だった。
夜のとばりが降りるころ、ジャックとグレイは《アスガリオン》の城門をくぐった。辺境領の領都──それは“町”というより“砦”だった。高く積まれた石壁は苔むし、鋭い角度の見張り塔が、無言の監視者のように夜空を睨んでいる。
門番に通行証を見せるグレイの横で、ジャックは無言であたりを見回した。
「でっか……」
つい、口から漏れる。
山に育った農民の子としては、こんなに人や建物が密集しているのを見るのは、初めてだった。馬のひづめ、荷車の軋み、叫び声、香辛料の匂い──雑多な音と匂いが、次々と襲ってくる。
グレイのローブの裾を握りながら、ジャックは必死で目をこらした。アスガリオンは広かった。建物の高さも、道の広さも、グリム村とはまるで違う。
「ほら、ついて来い。迷子になるぞ」
「うん……!」
ほどなくして、一行は城壁近くの古びた木造の宿屋に辿り着いた。看板には《風抜き亭》とある。名前のとおり、風がよく通る──というか、隙間風がすごい。
ギイ……と音を立てて扉が開くと、懐かしい木の匂いと、鼻を刺すような乾いた空気が迎えてくれた。
「へぇ……二階建てか。すごい造りだね」
ジャックは感心して、柱や階段を見上げた。梁が交差する天井、軋む床板、うねる廊下。グリム村の直線的な家とは比べものにならない、複雑な構造。
「材は古いが、工夫はしてある。魔道具の暖房も入ってるぞ」
そう言いながら、グレイは魔法で鍵を閉め、宿の小部屋の中へ入った。
木製のベッドが二つ、壁際に並び、その横には温風を吹き出す小さな《魔道具》が設置されていた。薄青く光る魔紋がゆらめいている。
「あったかい……けど、なんか……」
ジャックはごほっと咳き込みながら、喉を押さえた。
「……乾燥しすぎて、喉が痛いね。熱の逃げ方が工夫されてない。これ、燃費悪そう」
「察しがいいな。領都でもこれが限界さ」
グレイはローブを脱ぎながら、軽く肩をすくめる。
だが、ジャックはその言葉に、わずかなひっかかりを覚えた。
(領都“でも”?)
何かを誤魔化すような響き。王都なら、もっとすごい設備があるのか? それとも……。
アリスが、静かに補足を入れてくる。
> 『現在位置:アスガリオン。居住人口は推定八千。産業は鉱石加工と簡易魔道具製造が中心。城壁内の技術水準は“中等下級”。ジャック様の評価と照合しても、おおむね正確です』
「ありがとう、アリス」
口の中で小さく呟いて、ジャックは窓の外を見た。
遠くの石塔が、ぼんやりと明かりを灯している。その光は、まるで星のかけらのように、夜の都を飾っていた。
世界は、広い。
こんな都が、地平線の向こうにも、きっとある。そう思うだけで、胸が少し熱くなった。
「……リリィも、来たらびっくりするだろうな」
ふいに浮かんだ妹の顔に、ジャックはそっと笑みをこぼした。
> 『この世界の広さに、ジャックはまだ気づきはじめたばかりです。ですが、彼の歩む道は、確かに“真実”へと続いています。──AI補助装置より』
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