第17話 師匠との旅5. 村での変化
> 『人は不在の中にこそ、存在の意味を見出すものです。
> ……とはいえ、彼が残した“おもちゃ”を侮ってはいけません。そう、それはただの遊具ではありませんでした。
> 村人も、そして偶然の訪問者も――やがて知ることになります。あの子が見ていた“世界の入り口”を。』
> ――AIアリス
ジャックとグレイが旅立って数日が過ぎたある日、グリム村に、ひときわ派手な幌馬車が到着した。牛車のくせに車輪がやたら金属製で、何やらキラキラ光っている。馬車の側面には「カリスト・マギア商会」の紋章が燦然と輝き、村の子どもたちはそれを見て「おお~!」と声をあげて走り寄った。
「おお、今日は珍しいお客じゃな!」
長老セスタスが集会場の縁側で茶をすする手を止める。
村に年に数度しか来ない行商人のうち、この男――カリスト・マギア商会の下級代理人、ドレク・バルドネスは、ひときわ異彩を放っていた。背は低いが、帽子が高い。話がくどいが、目が鋭い。そして、見るからに“嗅ぎ分ける”タイプの商人である。
「さてさて……今回は少々、変わった噂を耳にしましてな」
ドレクが腰を曲げながら、にやりと笑った。
「グリム村に、“しゃべる魔道具”があるとか、ないとか――。しかもそれを作ったのが、子供?」
セスタスは軽く笑った。「はてさて、なんともまあ、よくある噂じゃよ」
だがその目は、じわりと細められる。
ドレクは構わずに、集会場の奥へとずかずか進んでいく。村人たちは「おお、また来たか」「この間の塩、ちっとしょっぱすぎたぞ」などと口々に言いながらも、歓迎の態度を隠さない。だがドレクの目は、すでに展示棚の奥にある、小さな木の板に吸い寄せられていた。
「……これ、ですね。ことばの石板」
彼はしゃがみ込み、まるで祈るように両手でそれを持ち上げた。
木板に刻まれた凹みに、文字の形をしたパーツをはめると、板がぽうっと淡い光を灯す。
「……反応がある。これは単純な魔力感知機構ではない……否定ではなく、無反応で誤答を処理する。心理的抵抗を最小化する設計……」
ブツブツとつぶやきながら、ドレクの目がどんどん見開かれていく。
「……これは……教育魔道具の革命的進化形だ……! いや、それだけではない。文字と魔力の一致点を設計思想に盛り込んでいる……!」
一通り試し終えると、彼は今度は、やや雑にその隣に並べられていた“どうぶつスライドパズル”に手を伸ばした。
「ぞうさん! おっきい〜!」
「うわっ、しゃべった!?」
ドレクは一瞬驚いたが、すぐに頬を引きつらせて笑った。
「……これは……魔力認識と音声出力の連動……しかも……幼児の心理に合わせて、“間違いを励ましに変換”してる!? これは……ただの遊具じゃない!」
あわてて背後のセスタスに振り返る。
「この製作者は……どこに!? 今すぐ会わせてください! いや、できれば契約を――!」
だがセスタスは、すぅっと茶をすすり、ぽつりと答えた。
「そやつは、今は旅に出ておるよ。魔法使いとともにな」
「旅……? あの子が……? こんな辺境から、そんな発想を持った子が……」
ドレク・バルドネスは、あごに手を当て、数瞬の沈黙ののち――ぽつりと、まるで呟くように言った。
「……世界は広い……いや、広がりつつある……」
その目は、グリム村の外――まだ見ぬ地平線の向こうを、確かに見据えていた。
> 『知識が力であるなら、想像は未来を変える歯車です。
> ジャックが遺した“遊び”は、無意識のうちに、誰かの中で歯車を回し始めたようです。
> 世界は思っているより、案外こちらを見ているものですね。』
> ――AIアリス




