第16話 師匠の遠出と村での日々3. 独立の試練と自制の一幕
> 『本当に、子供というのは予測不可能な存在です。想定外の破壊力と、予想外の創造力。その両方を同時に持っているからこそ、彼らの世界は、いつだって変化に満ちているのです。――これは、“年相応”でいることに、少しだけ悩んだ少年の、小さな一歩のお話。』
> ――AIアリス・ログより
昼下がりの村の集会場は、子供たちの笑い声と、木造の床を響かせる足音で賑わっていた。壁際には「ことばの石板」や「フリップボード」、さらにはジャックがこっそり提供した「ゴ・ミクス」や「ピン・マギア」まで、魔道具がずらりと並んでいる。
そして今日の主役は、なんといっても――「スマイルベイン」だった。
透明な魔道板の上で銀色の球がカランと転がり、誰かの放った魔力の軌道が虹色の光線となって弧を描く。そして、狙った穴にコトン、と球が入ると――
「ぱちぱちぱちぱち!」
装置から、まるで本物の拍手のような音が鳴り響いた。
「すごーい! エルムが三連続だ!」「よーし、次はぼく!」
無邪気な歓声の中、ひときわ元気な声をあげたのは、栗毛の少年、ガリットだった。彼は興奮のあまり身を乗り出し――
「うわっ!」
ガシャッ!
大きな音とともに、スマイルベインの側面にヒビが入った。
「……え?」
その場にいた子供たちが、全員凍りついた。
「……こ、こわれた……?」
「うそ……これ、村にひとつしかないのに……」
沈黙が広がる。ガリットは青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「ご、ごめん……ぼく、そんなつもりじゃ……」
「でも、どうするの……? もう遊べないよ……」
誰もが下を向いたそのときだった。木の床を踏む軽い足音とともに、ひとりの少年が静かに近づいてきた。
――ジャックである。
彼は黙ってひざをつき、壊れたスマイルベインをそっと持ち上げた。
「ちょっとだけ……見せて」
その声は、小さく、けれど確かだった。
周囲の子供たちは、すこし距離をとってジャックの様子を見守る。
(さて……どこからいこうか)
ジャックは、指先で装置の側面をなぞるように触れる。
《……魔力の逆流痕を検出。回路制御層に想定以上の衝撃がかかったようです》
頭の中に響く、アリスの冷静な声。ジャックはうなずいた。
(なるほど、回路自体はそこまで壊れてない……でも調整層が――)
思考が高速で回り出す。補助術式の「セイジズアシスタント」を使えば、一瞬で修復可能。さらに上書き強化すれば、耐久性を三倍にすることだって――
「……ダメよ、ジャック」
《“年相応”を保って、と言ったでしょ。今は、“普通の9歳の男の子”でいる時間よ》
その声に、ジャックの手が止まった。
(……そうだった)
魔力を抑え、知識も抑えて、それでも人と共に生きる選択をしたのは、自分自身だ。
目の前のガリットが、泣きそうな顔で見つめている。周りの子供たちも、希望と不安の入り混じった視線を送ってくる。
ジャックはそっと頬を緩めた。
「ね、ガリット。きみ、道具の釘打ちってできる?」
「え、えっと……やったことある!」
「よかった。じゃあ、手伝ってくれない?」
ジャックは道具箱を引っ張り出し、ガリットに木づちと細い釘を渡す。自分は慎重にパネルを外し、内部の歪んだ魔力回路を、まるで「遊びの延長」のように少しずつ修復していく。
「ここを押さえてて」「うん……」
「じゃ、いくよ……せーの!」
コツン。コツン。子供たちの手による、ぎこちない作業。けれど、それは確かに“彼ら自身”の修理だった。
やがて――
「……直った、かも?」
ジャックが最後のカバーを閉じると、集まっていた子供たちが一斉に拍手した。
「わあ! なおった!」「すごい! ジャックすごい!」
ガリットは目を輝かせて言った。
「ありがとう……! ほんとうに、ありがとう!」
「ううん。ぼく、ちょっとだけ手伝っただけだから」
ジャックは笑った。でもその瞳の奥では、別の感情が、静かに燃えていた。
(本気を出せば、5秒で直せた……でもそれじゃ、ここで“普通”じゃいられなくなる)
“異質”であることの孤独を、彼はもう知っていた。そして、“共にある”という意味も。
だから、今日のこの選択は――きっと、間違いじゃない。
> 『知識と力がある者が、それを「使わないこと」を選ぶとき。そこには、責任以上の“覚悟”が要るのです。
> でも――ふふ、よくがんばりましたね、ジャック。今日は100点です。』
> ――AIアリス・ログより