第16話 師匠の遠出と村での日々2.妹の誕生日準備と魔道具づくりの日々
(アリスのモノローグ)
日常という言葉は、あまりに退屈そうに聞こえるかもしれません。しかし、“準備された日常”は、それ自体が立派な魔法のようなものです。特にそれが、誰かの笑顔のために作られているのなら──。
囲炉裏の火が、ぽうっとやさしく揺れている。
ジャックはその前の“研究スペース”に正座して、真剣な顔でノートと魔道具に向き合っていた。
広げられているのは、妹リリィのために作った最新作──《おしゃべりマナ絵本》。
表紙には、ふんわりした筆跡で『ジャックと妹ちゃん』と書かれている。淡い色合いの絵本は、開くとふわっと魔力の波が広がり、絵がやわらかく動きながら語りかけてくる。
「うーん、このセリフ、ちょっと違うなあ……」
ジャックは羽ペンで何度目かの修正を試みていた。
「『だいじょうぶだよ、妹ちゃん。お兄ちゃんがまもってあげる!』……って、うーん……くさすぎる?」
《否定はしませんが、対象年齢三歳としては少々劇的すぎるかと推定します》
アリスの冷静なツッコミが脳内に響いた。
ジャックはふっと笑って、またペンを走らせる。
「じゃあ……『こわくないよ。ぼくがいっしょにいるからね』……これならどう?」
《感情のこもり具合、対象年齢との親和性、語彙レベルすべて良好です。保存します》
ジャックは満足げにうなずくと、隣に置いた小さな魔石のスイッチを押す。すると、絵本の中の小さな兄妹が草原を駆けるアニメーションがふわっと動き、アリスの落ち着いた声が響いた。
「『こわくないよ。ぼくがいっしょにいるからね』」
リリィが聞いたら、絶対に笑う──そんな確信がジャックの胸に温かく広がった。
研究スペースの壁際には、もうひとつのプロジェクトの山。
子供たちに大人気になりそうな“遊魔道具”の試作品がずらりと並んでいた。
まずは《フリップボード》。
魔石の光と影を使って盤面がリバーシのように反転する。「カチッ」「パッ」という切り替わる音と共に、光がピカッと点灯する設計。
「うん、これで白のターン……次に黒が返って……っと、あれ? うわ、また盤面が逆になったー!」
自作ながら、ひとりで遊びながらツッコミを入れているジャックは、どこか楽しそうだった。
その隣には、キラキラした小さな魔符が組み込まれた《ピン・マギア》が置かれている。
ボールが転がって魔符に当たるたび、「ピョンッ!」「ピカーン!」と光と音が弾ける。
「うん、反応速度も良し……アリス、音のラグはある?」
《平均0.03秒以内。人体の感覚閾値を下回っています。魔符の再起動時間も最適です》
「さすが、アリス!」
《当然です》
さらにジャックは、木枠で組んだ《スマイルベイン》に金属球を落とす。
球が穴に吸い込まれると──「わああ〜っ!」と拍手と歓声の音が鳴り響いた。
「よし、村の子どもたちの脳が沸騰するな、これは」
翌日。
ジャックは、それらの魔道具を袋に詰めて、グリム村の広場へと出かけた。
日差しは明るく、風は軽やか。広場には数人の子どもたちが、木の棒で地面に落書きをして遊んでいる。
「やあ、遊んでるとこごめん。新しいのできたから、一緒にやらない?」
ジャックがそう言って、魔道具を取り出すや否や──
「やるやるー!」「これなに!? ひかってるー!」「ジャック兄、これすごいよー!」
数分もたたないうちに、広場は子どもたちの歓声で満たされた。
《リフレクター》を手にした子が、勢いよくヨーヨーを投げると、空中で弧を描いてぴたっと静止する。
「とまった!? なんでとまるの!?」
「うごいたー! きゃー!」
「もういっかいやるー!」
ジャックはにこにこしながら見守りつつ、頭の中では冷静に魔力量の放出制御をしていた。
《マナベール》と《フォーカス・ブースト》を内側で重ね合わせ、設計上の“天才っぽさ”を保ちつつ、子どもにも理解できる“遊びの科学”を演出しているのだ。
《……現在の魔力量は子供の平均値から1.8倍以内。精密に調整されています》
「ありがとう、アリス。“あくまで9歳の農家の子”として見せないと、だめだからね」
ふと、道の向こうで立ち止まる大人たちの姿が目に入った。
「……あれ、ジャック君じゃないかね?」
「ああ、見てごらん、子どもたちに囲まれて遊んでいる」
「なんというか……あの子、やっぱり天才じゃないのか?」
「農夫ゲイルさんの子とは思えん……」
そんなささやきが、風に乗って聞こえてくる。
だがジャックは、気づかぬふりで子どもたちの輪の中へ戻った。
「ほら、次は《バトルスピン》やってみよう! 属性エフェクトつけると、こうなるよ! 『ウィンド・チャージ!』」
その瞬間、小さなベーゴマがくるくる回りながら、風をまとって広場を駆け抜けた。
「かっこいい〜〜!!」
「おれもそれやりたいー!!」
今日もまた、日常の魔法が広場を包んでゆく。
(アリスのモノローグ)
未来はいつだって、不確かで、予測不能です。
けれど、誰かの笑顔を願って準備された一日が、誰かの記憶に残るのなら──それこそが、最も確かな“創造”なのかもしれません。
そしてその少年は、魔法のような日常を、着実に紡ぎ始めています。