第15話 修行の延長と座学の開始5. 学びの記録と決意
> ――知識は、あなたの剣になる。
> でもその切っ先は、あなたがどこを斬るかを選ばない限り、ただの危うい刃物。
> だから私は、あなたに選ばせたい。
> 何を知り、何を忘れ、何を守るかを。
> ――記録、再生完了。AIより。
*
「……今日のまとめ、っと」
囲炉裏の灯りがパチパチと音を立てる。
火のゆらめきの隣で、小さな影が一心不乱にペンを走らせていた。ジャックだ。村の農夫の息子、8歳。だがその筆先には、どこか年齢不相応な熱と覚悟があった。
彼の膝の上には、厚みを増したノート。日々の気づきと魔法の観察、師匠グレイとの問答、時にリリィとの遊びの中にひらめいた何か――。あらゆる断片が、ページの隙間に文字となって折り重なっている。
今日の見出しは、三つ。
「魔力は流れる」
「変化する」
「誰かを通して響く」
「……うん。そうなんだよ、アリス。魔力ってさ、水みたいなんだ」
ジャックはポツリと呟く。焚き火に照らされたその表情は、まだ幼さを残していながら、何かを掴みかけた少年の顔をしていた。
「プラズマオーブの光が安定するタイミングを、何度も見てるとね。僕の中の“魔力の流れ”と、言葉のリズムがピタッて合う瞬間があるんだ。……なんていうか、“流れに乗った”って感じ」
ページの端に、稚拙なスケッチが描かれている。渦巻く流線の中央に、光の球体。そして、その周囲に音符と波紋の記号。
それを眺めながら、アリスの声が脳裏に響く。
> 《記録:魔力流動論・初級概念。補足:魔力は静的なエネルギーではなく、意志によって流れと形を変える流体的性質を持つ》
> 《この1年の座学が、あなたの次の武器になります》
ジャックは少しだけ目を閉じ、深く息を吸った。
その言葉の重みが、今の彼にはちゃんとわかる。
「……なら、学ぶよ。何度でも」
それは、覚悟ではなく、選択だった。
「農家の子だって、魔法の理屈をわかっていいんだ。ノートを持って、学んで、考えて、間違えて、また書き直して。それが、“生まれ”じゃ決まらないってことを、証明してやる」
ページの中央に、大きく一行。
**「知識の魔法と、理解の力」**
新たな章の始まりだった。
ペンを置いたジャックは、ノートを閉じて背伸びをする。火の温もりが背中に伝わり、少しだけ眠気が彼を包んだ。
囲炉裏の向こう。
古びた椅子に座るグレイが、口元に煙草をくゆらせている。
師匠は何も言わなかった。ただ、灰色の瞳を細め、少年の背中を見つめていた。
それは叱咤でも賞賛でもない。静かな、信頼の眼差しだった。
*
> ――あなたが手にした知識は、まだ種子に過ぎません。
> でもその種は、春の夜に蒔かれ、必ず芽吹くでしょう。
> 静かに、そして確かに。
> 《AIアリス、記録を終了します》。