第15話 修行の延長と座学の開始3:世界の読み替え
> 『知識とは、世界を解きほぐす鍵。そう言うと格好いいけど、実際は……ちょっと焦げたり、爆ぜたり、目が痛くなったりもする。これはそんな“ちょっと大変な”実験の記録である。──アリス』
グレイの庵。
木漏れ日が差し込む窓際の作業台には、なにやら怪しげなアイテムたちがずらりと並んでいた。乾いた灰緑の薬草、指先ほどの金属片、そして薄青く光る魔力結晶──いずれもグレイの私蔵品らしく、うっかり落とすと雷鳴のような叱責が飛んでくるらしい。
「これが……“錬金術”の材料、か」
ジャックは少しだけ身を乗り出して、まるで祭りの屋台を覗き込むような目つきで素材を見つめた。だがその表情には、すでに“遊び”ではなく、“学び”の色が宿っている。
グレイは顎ひげを軽く撫で、いつもの無駄のない調子で言った。
「錬金術は、世界を“別の形”に読み替える技術だ。根源は“理解”と“再構成”──ただ混ぜればいいというものではない」
その言葉に、ジャックの眉がぴくりと動いた。理解。そして再構成。まるでソースコードの最適化処理だ。
(なるほど、分子レベルの関係を“見立て”で書き換える……そんなイメージか)
「課題はこれだ」
グレイは乾いた薬草を一房つまみ、机の上の小瓶に入れた。「この枯れた薬草から、“揮発性の香気精”を抽出しろ。使うのはこれだ」
彼が差し出したのは、瓶を固定する金属製の器具、熱源となる石板、そして魔力を注ぐための細工杖。
「失敗すると?」
「……この狭い庵が、良い香りと煙で満ちることになるだろうな」
グレイはうっすら笑ったが、目は笑っていない。
開始。
ジャックはまず薬草を刻み、瓶に詰め、石板に設置。魔力供給の調整を始める。
(温度上昇……ゆっくり。魔力、ほんのわずかずつだ)
だが次の瞬間、瓶の内部で泡立つような反応音がし──
「うわっ!」
パン!という小気味良い破裂音とともに、ガラス瓶が吹き飛んだ。香ばしいというより、草を焦がしたようなにおいが鼻を突いた。
「うーん……混ざりすぎたかも」
ジャックは眉間をつまんでつぶやく。
《この反応、混ざりすぎてる……アリス、再計算して》
> 『温度偏差が3.6度。魔力量の供給が不均等です。0.2秒ごとの変動に揺らぎあり』
「なるほど……“調和”が崩れてるんだ。もう一回」
今度は慎重に、細かく魔力量を調整する。熱板の温度はアリスの監視下で安定を保ち、瓶の中でほんのり淡青色の霧が立ちのぼる。ほのかな甘い香りが広がり、グレイが一瞬、目を細めた。
「……成功だな」
「これ、使えそう」
ジャックは手をかざし、立ちのぼる霧を透かして見つめる。「あれ? これって、魔道具に応用できない? 例えば香気を感知したら、光が点く仕組みにするとか……」
「そうやって、つなげていけ」
グレイは言った。何気ない一言に聞こえたが、その声には小さな満足が滲んでいた。
この子は“結果”ではなく“応用”を考える。知識を、点ではなく線で捉えようとしている──
(……やはり面白い素材だ。あの村の農家の子とは思えん)
> 『世界は、見えるままに存在しているわけではない。ジャックは、それを知っている。だからこそ、彼は問い続ける。「これは何か?」ではなく、「これはどう変わるか?」を。──アリス』




