第15話 修行の延長と座学の開始2. 座学の始まり
> ――知識は、蓄えるだけでは力にならない。
> それを「どう使うか」を知って、初めて意味を持つ。
> 今、ジャックくんはその入口に立っている。少し背伸びをして、重たい扉を押し開けたところだ。
> ……この調子なら、ちゃんと踏み外さずに進んでいけそうね。アリス、監視モード継続中。
「……うわ、これ……思ってたのと、ぜんぜん違う」
ジャックは、グレイの庵の一角――魔法の座学用に清められた書見台の前に座り、目の前の分厚い資料に目を凝らしていた。
手元に開かれているのは、革で綴じられた古びた本……ではない。紙は驚くほど白く、図と数式が整然とレイアウトされた資料集。各ページには、色分けされたラインと注釈が丁寧に記されている。どうやらこれは、かつて王都の魔法研究院で使われていたものらしい。
「見た目に惑わされるな」と、グレイが低く言った。「これは、私が王都にいた頃に編まれた正式な学術資料だ。魔法の『流れ』を定義する、基礎中の基礎が詰まっている」
ジャックは指でページをなぞる。そこには、円や線が幾重にも交差する魔力の流路――“マナ・ストリーム”の模式図。さらに隣には、細かな数値が並ぶ複雑な表――密度、流速、方向角……どこか懐かしい光景だ。
「これ、論理式みたいだ……」
「当然だ」とグレイは笑みを浮かべる。「魔力とは『意志を帯びたエネルギー』。だが、それだけではない。流れ、性質、そして器――すべてが影響する。曖昧な感覚ではなく、きちんと“知識”で操るべきものなのだよ」
ページをめくると、魔力の保持量――“キャパシティ”に関する図が現れた。人体のシルエットの内側に、色の濃淡で魔力量の分布が示されている。続いて、属性傾向――“アフィニティ”の表には、火・水・風・土、それぞれの魔力との親和性を示す環状チャートが並ぶ。
「ふむ……だいぶ定量的ですね。アリス、補足解析お願い」
《了解。人間の精神波と魔力変動の相関を可視化。図示を脳内に投影します》
ジャックの視界の隅に、透明な多層グラフが浮かび上がる。横軸は“集中度”、縦軸は“魔力量”、そして第三軸に“属性出力の偏差”。アリスの補足データによって、学術資料の図がより直感的に把握できるようになった。
「すごい……精神集中が高いと、魔力の流れが太くなるんだ……逆に、迷いがあると分岐して減衰する……」
グレイは、ジャックのつぶやきを聞きつけて頷いた。「そう、それが“制御”の本質だ。集中力を高めるための補助術が『フォーカス・ブースト』。逆に流れを均すための技法が、『セイジズアシスタント』に組み込まれている」
「……魔法って、思ったより……科学だな」
「そうだとも。だからこそ、君のような者が学べば強くなれる。感覚だけでは、強大な力を扱うには限界がある。知識で動かすことができれば……暴走しない。崩れない。安定する」
グレイは手を背に組み、少し遠くを見つめるように続けた。
「王都の魔術士たちの一部は、いまだに“勘”や“直感”に頼って魔法を振るっている。だが私は、それが危ういと知っている。だからこそ、君には学んでほしい。自らを守る術として」
ジャックは、ページの隅にある注釈に鉛筆でメモを加えながら、こくりと頷いた。その手の動きは、かつてプログラムの設計図を書いていた頃と、どこか似ている。
魔法は、感情や祈りではなく――思考と構築の先にある。
> ――8歳の少年が手に取ったのは、ただの魔法書ではありません。
> それは、世界の“仕組み”に触れるための設計図。
> そしてこの日、彼は知りました。
> 知識とは、力の源であり、世界を理解するための言葉だということを。
> ……よし、ここからが本番よ。アリス、支援態勢を強化するわ。




