第14話 1年間の修行と妹の誕生日3. 成果の確認
> 『ふふん、どう? 我が分析主――じゃなかった、ジャックの成長っぷり。もはや「ただの子ども」などとは誰も呼べまい。もちろん、魔力量は測れないから村の人たちにはバレてないけどね。今朝のグレイ師匠の顔? 記録済みです。しっかりと、目尻に0.5ミリの笑いジワが……! これはもはや事件だよ、事件。』
秋の終わり。森の葉はすでに赤銅色に染まり、風が吹けばはらはらと葉が舞い落ちる。庵の裏手にある苔むした平地、そこがジャックの修行場だった。
今日の空気はやけに澄んでいる。背筋を伸ばして立つ少年の眼差しは、かつてよりも鋭く、どこか静かな自信を帯びていた。
「始めるか」
グレイがぼそりと呟いた。これまでと変わらぬ無骨な言い方だが、どこか試すような響きがあった。
「はい」
一拍置いて、ジャックは右手をかざす。
「《プラズマオーブ》」
魔法式の起動はすでに身体に馴染んでいる。手のひらに、ふわりと光球が浮かび上がった。透き通った膜の内側に閉じ込められた電光は、微動だにせず、まるで思考そのものが球体になったかのような静けさだ。
「うむ」
グレイが短く唸った。
光の明滅は一切なく、照度も安定。かつてはチカチカと瞬いていた球体が、今やまるで夜のランタンのように安らぎを与えている。
「次だ」
ジャックは小さくうなずくと、指先を少しだけ上に向けた。そこに、枯れかけた野草が一輪。赤く染まった花弁が風に揺れている。
「《ガストブラスト》、局所指定・方向調整――いけるかな」
掌を突き出す。魔力の流れを極限まで絞り、狙いを一点に集中。
パッ、と風が走った。
ほんの一瞬、花の端だけがふわりと浮かび――散った。
花の芯はそのまま残り、周囲に微かな風の渦が起こる。残された茎が、心地よさげにゆらゆらと揺れていた。
「おぉ……」
小さく、呟くようなグレイの声。たぶん驚いている。たぶん。
「最後だな」
師の声に、ジャックはうなずく。呼吸を整え、目を閉じる。耳に集中。
森のざわめき、遠くで小鳥の声。足元の落ち葉を踏みしめる音。そして――微かに、草むらを這う小さな存在の気配。
「《マジカル・コーミング》」
術式を展開。音が、少しずつ消えていく。風の音さえ、やがて遠のく。
残るは、自分の心音。そして――
「……ピピッ……アリス、確認して」
> 『了解。対象は野ネズミ、体温正常、魔力微弱。鼓動と魔力の同期、完了しました』
その小さな命が、ジャックの手のひらから放たれる“静けさ”に同調するように、呼吸を落ち着けた。ピクリとも動かず、まるで膝の上で眠るリリィのように、無防備で穏やかだ。
「……これで、全部です」
静かに目を開いたジャックが、グレイを見上げた。
しばらくの沈黙。
風に吹かれた師のローブが、さらりと音を立てる。グレイは目を細め、長くなったひげを指で軽く撫でた。
「まあ……人に当てるもんじゃねぇからな……だが、よくやった」
無骨な声のまま、けれどその目元が――少しだけ、わずかに、緩んでいた。
それは、グレイという男が見せる、最大限の“笑み”だった。
「……!」
ジャックの胸に、ぽうっと温かいものが灯った。言葉では言い表せないけれど――自分の努力が、届いたのだと確かにわかる。
一年間の魔力制御、理論の記録、日々の小さな発見。すべてが今、この瞬間のためにあった気がした。
ジャックは、深く、静かに頭を下げた。
> 『……記録終了。うん、まさしく“積み重ね”の成果。知識と鍛錬が、優しさと創造へと昇華する――なんてね。私も少しだけ、誇らしいよ。ねえ、ジャック?』