第14話 1年間の修行と妹の誕生日2. 試行錯誤の訓練
――知識はただの積み木。それを積むか、投げるかは、持ち主次第です。
でも、ジャックは迷わず積みました。一個一個、泥まみれになりながらも、ていねいに――
* * *
「えいっ、《セイジズアシスタント》っ!」
ぽふっ。
春の柔らかな風が吹く苔むした庭先。
小柄な少年の声に応えるように、淡い光が彼の体を包んだ。セーフティ・フィールド、フォーカス・ブースト、エンライトメント――三種の補助魔法を組み合わせた術式。それが彼の今朝の課題だった。
……の、はずだった。
「うわぁぁぁぁぁああああッ!」
バチン! と音がした次の瞬間、眩しい閃光とともに魔力が暴走。
足元から土が爆ぜ、苔はふっとび、ジャックの顔面には豪快に泥が――。
「……またやった……」
土まみれの顔から、ぽと、ぽとと泥水が滴る。小さく肩を落とすジャック。
庵の縁側で湯呑を片手にしていた老魔法使いグレイは、目を細めてうなずいた。
それはまるで「うむ、元気な爆発だ」とでも言いたげな、無言の肯定だった。
*
「いいか、次は《ガストブラスト》だ」
「はい、距離と出力を細かく……って、待って、あのリンゴの木狙いですよね?」
「そうだ。ちょうど食べ頃だ。落とさずに、触れるようにな」
「それ、できますか!? ……やりますけど!」
ジャックは小さく深呼吸した。イメージは風。強すぎれば台風、弱すぎればそよ風だ。
狙うは、ちょうどよく実を揺らす「魔法の風」。
「《ガストブラスト》!」
ビュオオオオッ!
木が……吹っ飛んだ。
正確には、根ごと後方に倒れ、リンゴも葉も盛大に舞い上がった。
その音のあとに訪れた沈黙が、何より重かった。
「…………」
無言でジャックを見つめるグレイの視線が、痛い。
彼の表情は静かだが、内心で木を弁償させるべきか葛藤しているように見えた。
「す、すみません……りんご、まだ青かったですね……」
「問題は、そこではない」
*
「《マナベール》……ええと、魔力を、薄く、包むように……」
次に挑んだのは魔力抑制の魔法。
だが――
「……う……く、苦しい……」
ジャックは膝に手をつき、軽くしゃがみこんだ。魔力の抑え込みすぎで、まるで酸欠のような息苦しさが襲う。
(またやりすぎた……)
> 「調整は、力を抑えることではありません。“目的に合わせる”ことです」
アリスの冷静な声が脳内に響いた。
目的に合わせる。それは力の加減ではなく、「意志を定める」こと。
やりたいことを、やりたい形で、やる。それだけだ。簡単なようで、難しい。
「なら、もう一回……!」
*
翌朝、また泥だらけになりながらも、ジャックは挑戦を続けた。
風の強さ、魔力の流れ、集中力の深さ。どれかひとつをミスすれば結果は失敗。
それでも、彼は決してあきらめなかった。
そして気づく。
「魔法の制御って、つまり……意志と目的を、ちゃんと一致させることなんだ……!」
魔法とはただの力じゃない。
誰かを守るときのシールド。
誰かに伝えるときの光球。
誰かを笑顔にする小さな風――
ジャックは、そのたびにノートを開き、今日の結果と気づきを記録する。
“ガストブラスト:対象より0.5メートル手前で減速。空気抵抗考慮すべし”
“マナベール:呼吸を意識。魔力≒血流の感覚で調整”
ノートの紙はどんどん増え、書き込みはびっしりと埋まっていった。
文字の汚れは、転びながら書いた跡。
ページのシワは、魔力で爆風を受けた痕跡。
それはまるで、知識が育っていく記録だった。
グレイは何も言わなかった。
ただ、ときおり遠くから彼のノートを一瞥し、目を細めるだけ。
(ふむ、ようやく“魔法の入口”に立ったか……)
その静かなまなざしには、かつての自分を重ねる懐かしさと、少しの期待がにじんでいた。
*
――失敗の記録があるからこそ、成功は光ります。
失敗を恐れない人は、やさしくなれます。
なぜなら、他人の失敗を笑わない人になるからです。
さあ、次はどんな積み木を積もうか、ジャック。
――AIアリス。ログ保存、完了。




